【解説】 トランプ氏はどうやってガザの状況を打開したのか バイデン氏にはできなかったこと

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アンソニー・ザーカー北米特派員、トム・ベイトマン米国務省特派員
イスラエルがカタールにいたイスラム組織ハマスの交渉団を空爆したことは、その当時は、和平を一段と遠ざける、またしても状況悪化の事態だと思われた。
9月9日のこの攻撃は、アメリカの同盟国カタールの主権を侵害し、紛争を中東全域に広げかねないものだった。
外交は崩壊しているように見えた。
ところがこの出来事こそ、ドナルド・トランプ米大統領が打ち出した、人質全員解放に至る和平案の合意へとつながる核心的なものとなった。
人質の全員解放こそ、トランプ氏とジョー・バイデン前大統領が、2年近く追っていた目標だ。
ただし、永続的な和平という点では、これは最初の一歩でしかない。ハマスの武装解除、ガザの統治、イスラエルの完全撤退をめぐって、まだ詰めの交渉が残っている。
それでも、もしこの合意が持続すれば、トランプ氏の大統領2期目を象徴する業績になるかもしれない。バイデン氏と彼の外交チームが求めながらもついぞ実現できなかった業績だ。
今回の状況打破は、トランプ氏ならではのやり方と、イスラエルやアラブ各国との重要な関係があってこそ、実現したとみられる。
しかし、多くの外交的な業績がそうであるように、ガザをめぐってはトランプ氏にもバイデン氏にもコントロールしきれない要素があった。
バイデン氏は築けなかった親密な関係
トランプ氏とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、公の場では満面の笑顔を見せてきた。
トランプ氏は、イスラエルに自分たち以上の友人はいないとよく言う。一方、ネタニヤフ氏も、トランプはイスラエルにとって「ホワイトハウスにいる過去最高の支援者」だとしている。こうした温かい言葉は、行動と一致している。
トランプ氏は大統領1期目に、イスラエルのアメリカ大使館の所在地をテルアヴィヴからエルサレムに移した。そして、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区でのイスラエル人の入植は違法だとする、国際法にのっとった長年のアメリカの立場を転換した。
イスラエルが今年6月にイラン空爆を開始したときには、トランプ氏は軍に対し、イランの核濃縮施設を、最も強力な通常爆弾を使って爆撃機で攻撃するよう命じた。

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このようにイスラエル支持の姿勢を表立って示していたからこそ、トランプ氏は裏でイスラエルに圧力をかける余地を手にしたのかもしれない。報道によると、トランプ氏の側近スティーヴ・ウィトコフ中東担当特使は2024年後半、ネタニヤフ氏を脅し、人質の一部解放と引き換えに一時停戦する案を飲ませたとされる。
イスラエルが今年7月、シリア軍を攻撃し、シリア国内のキリスト教会も爆撃したときには、トランプ氏はネタニヤフ氏に方針転換を迫った。
トランプ氏は過去に例のないほど強い意志と圧力をネタニヤフ氏に示したのだと、米カーネギー国際平和財団のアーロン・デイヴィッド・ミラー氏は言う。「アメリカの大統領がイスラエルの首相に向かって、従わなければ大変なことになるぞと、文字通り言った例はなかった」。
一方、バイデン氏とネタニヤフ氏の関係は常に希薄だった。
バイデン政権の「ベアハグ(がっしり抱きしめる)」戦略は、舞台裏でイスラエルの戦争行為を穏健なものに変えるために、アメリカは表向き、イスラエルを受け入れなくてはならないというものだった。
その背景には、バイデン氏が半世紀近くにわたりイスラエルを支持してきたことと、ガザでの戦争をめぐる民主党内の鋭い対立があった。バイデン氏の対応の一つひとつが、国内の自らの支持層を分断するリスクをはらんでいた。一方、トランプ氏は、共和党の支持基盤が強固なおかげで、思うような行動を取りやすかった。
ただ結局のところ、国内政治や個人的な関係よりも、バイデン氏の大統領在任中にはイスラエルは和平の準備ができていなかったという単純な事実のほうが大きかったかもしれない。
中東では、イランが懲らしめられ、イスラエルのすぐ北のレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラは大きく勢力を弱め、ガザは廃墟と化した。
トランプ氏の2期目が始まって8カ月が経過した時点で、イスラエルにとっての主要な戦略目標は、すべて達成されていたのだった。
ビジネス経歴で湾岸諸国の支持を確保
イスラエルがカタールの首都ドーハに向けてミサイルを発射し、カタール市民を殺害した一方でハマス幹部に死者が出なかったことを受け、トランプ氏はネタニヤフ氏に最後通告を発した。戦争を止めなければならないと。
トランプ氏はイスラエルを、ガザで比較的自由にさせてきた。イスラエルがイランで軍事作戦に出たときも、トランプ氏は米軍の力を貸した。しかし、イスラエルがカタール国内を攻撃したのは、まったく別の話だった。これを機にトランプ氏は、アラブにとって最善の、戦争の終わらせ方へと近づいたのだ。
トランプ政権の複数の関係者はBBCが提携する米CBSに、トランプ氏はイスラエルのカタール攻撃をきっかけに、和平合意実現に向けて最大限の圧力をかけるようになったのだと話している。

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トランプ氏と湾岸諸国との密接な関係はよく知られている。同氏はカタールやアラブ首長国連邦(UAE)と、ビジネス上の取引をしてきた。大統領になると、1期目も2期目もスタート早々にサウジアラビアを公式訪問した。今年はドーハとアブダビにも立ち寄った。
イスラエルとUAEなどイスラム諸国との関係を正常化させたアブラハム合意は、トランプ氏の1期目最大の外交成果となっている。
米外交問題評議会のエド・フセイン氏は、トランプ氏が今年、アラビア半島の首都を次々と訪れたことが、その考えを変える一助になったとみている。中東歴訪の際にトランプ氏はイスラエルには寄らず、UAEとサウジアラビア、カタールを訪問。そこで、ガザでの戦争終結を求める声を繰り返し聞いた。
イスラエルによるドーハ空爆をめぐっては、発生から1カ月以内に、ネタニヤフ氏は自らカタールに電話して謝罪した。トランプ氏はその様子を、横で見ていた。そしてその日のうちに、ネタニヤフ氏はトランプ氏が示した20項目からなるガザ和平案に署名したのだった(この和平案は中東の主要なイスラム諸国も支持した)。
トランプ氏とネタニヤフ氏との関係があればこそ、トランプ氏はイスラエルに合意への圧力をかけることが可能になった。それと同様に、トランプ氏とイスラム諸国の首脳らとの間に過去の関係があったからこそ、イスラム各国はトランプ氏を支持し、和平案に合意するようハマスを説得することに乗り出したのかもしれない。
「明らかに起きたことが一つある。それは、トランプ大統領がイスラエルに対し、そして間接的にハマスに対しても、影響力をもつようになったことだ」。米戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・アルターマン氏はそう言う。
「それが違いを生んだ。多くの歴代大統領にとって、ハマス側の求めに屈せず、かつ自分のタイミングで行動するのは難問だった。しかし、(トランプ氏は)それを比較的うまくやっているようにみえる」
アルターマン氏はまた、イスラエルではトランプ氏のほうがネタニヤフ氏よりずっと人気が高く、トランプ氏はこのことも自分のためになるよううまく利用したと話す。
イスラエルは今回、同国の刑務所に収監しているパレスチナ人1000人以上を釈放すると約束し、ガザからの部分撤退にも同意している。
一方、ハマスは、残りの人質全員を生死に関係なく解放するとしている。人質は、ハマスが2023年10月7日にイスラエルを襲撃し、イスラエル人1200人以上の死を招いた際に、ガザへと連れ去られた人たちだ。
ガザでの戦争は、一帯を荒廃させ、6万7000人以上のパレスチナ人を死に至らしめた。いま、その終結が見えてきている。
ヨーロッパが影響力を行使
イスラエルのガザでの行動に対する世界的な非難も、トランプ氏の考えに影響を与えた。
ガザの状況は、パレスチナ人にとってかつてない破壊と人道的大惨事となっている。そうしたなか、ネタニヤフ政権はここ数カ月、国際的な孤立を深めていた。
イスラエルがパレスチナ人への食料供給を軍を使って管理し、さらにガザ市を攻撃する計画を発表すると、フランスのエマニュエル・マクロン大統領はじめとする欧州主要数カ国の首脳らは、イスラエルを明確に支持し続けるアメリカと足並みをそろえることはできないと判断した。

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イスラエルとパレスチナの紛争をめぐっては、外交の重要要素と先行きについて、アメリカとヨーロッパの同盟諸国の間で歴史的な分裂が起こった。
トランプ政権は、パレスチナ国家を承認すると表明したフランスを非難した。しかし、イギリスもフランスに続いた。仏英両国は、「2国家解決」の構想を救おうとした。だが、より根本的には、双方の極端な勢力を脇へと追いやり、イスラエルとパレスチナが共有する未来へと向かう、外交的な道筋を復活させようとしたのだった。
マクロン氏はその抜け目なさで、自分の和平計画にサウジアラビアを引き入れた。
トランプ氏は最終的に、ガザの長期的な将来像をめぐり、「ヨーロッパ・アラブ連合」対「イスラエルのナショナリストおよび極右」という対立構図に向き合うことになった。そして彼は、湾岸地域の友人側を選んだのだった。
フランスとサウジアラビアの和平計画に基づき、アラブ諸国は2023年10月7日のハマスによる攻撃について、前例のない非難を発表した。また、ハマスに対し、ガザ支配をやめ、独立国家としてのパレスチナ自治政府に武器を引き渡すよう求めた。
これはアラブとヨーロッパの国々にとって、外交的勝利だった。20項目からなるトランプ氏の和平案は、重要部分でフランスとサウジアラビアの計画を基にしていた。その一つには、あいまいで多くの留保条件がついてはいるものの、将来のパレスチナ「国家」についての言及も含まれている。
トランプ氏は、トルコ、カタール、エジプトに対し、ハマスへの圧力を維持するよう求めた。その一方で、ネタニヤフ氏を追い込み、戦争を終わらせるよう、過去になかったほどの圧力をかけた。
誰も、トランプ氏に「ノー」と言う側になるわけにはいかなかったのだ。
独特のスタイルが行き詰まりを打開
トランプ氏の型破りな手法は、今でも周囲に衝撃を与えられる。最初は威勢がよく大げさだが、やがて型にはまったものへと変化していく。
1期目では、対北朝鮮で最高指導者・金正恩氏を「小さなロケットマン」と侮辱し、「炎と激怒」で対抗すると警告。戦争の瀬戸際にあると思わせたが、その後、同氏と首脳会談に臨んだ。
2期目の開始当初は、ガザをめぐって、目玉が飛び出るような提案をした。ガザを国際的な臨海リゾートにするため、パレスチナ人の移住を義務づけるべきだというものだった。
イスラム教の指導者らは激怒した。中東のベテラン外交官らはがくぜんとした。
しかし、トランプ氏の20項目からなる和平案は、バイデン氏が合意させたかもしれないものや、アメリカの同盟諸国が長い間支持してきたものと、さほど変わらない。「ガザ・リヴィエラ」の青写真ではなかった。
トランプ氏は、型通りの結果を得るために、非常に型破りな道を選んできた。それは取っ散らかったものだし、米名門アイヴィーリーグの大学で教える外交とは違うかもしれない。しかし、少なくともこのケースとこの瞬間においては、効果を生んでいる。
ノーベル委員会は10日、今年の平和賞の受賞者を発表する。トランプ氏が受賞する可能性は低い。それでも、数週間前ほど低くはない。
追加取材:ケイラ・エプスティーン
(※編集注=今年のノーベル平和賞は、ヴェネズエラの野党指導者のマリア・コリナ・マチャド氏へ贈られることが発表されました)











