【解説】 そもそもいったい誰がどうして首相になどなりたいのか 英与党党首選
ローラ・クンスバーグ、BBC番組「サンデー・ウィズ・ローラ・クンスバーグ」司会者

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いったいぜんたい、そもそもどうして、保守党の党首になって、首相になりたいなどと思う人がいるのだろう。
確かに首相になれば、たとえばロンドンのまんなかにある素敵なジョージ王朝様式の一軒家に住むことができる。何百人ものスタッフに支えられ、あちこちに専用車や専用機で旅行することができて、国王と毎週おしゃべりができる。
それだけではない。さまざまな良いことをして、多くの人の生活を楽にすることもできる。さらに、何がどうなったとしても、歴史に自分の名前を刻むことになる。
とはいえ今のこの状況で、トップになれるからといって、わざわざ党首選に臨もうなど、正気の沙汰(さた)と言えるだろうか。いったいどうして、そんなことをしようと思うのだろう。
首相官邸のベテラン職員だった人にこの質問をしてみると、「正直言って、答えられない」という返事が返ってきた。
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次のイギリス首相を待ち受ける案件の悲惨なリストの一番上にあるのは、経済だ。イギリス経済は大変なことになっているのだ。
この国はどんどん貧しくなっている。そして、国民はそれを実感している。あるいは、とある閣僚はこう表現した。「前からある問題は引き続きあるし、その上に経済危機がある」のだと。
あっという間に終わったトラス政権が作り出した騒ぎによって、今の混乱は保守党のせいということになった。トラス氏の判断と、その判断を撤回したことで、金融市場はとりわけイギリスをひどい目に遭わせている。
家庭も企業も今後さらにやりくりが難しくなるだろうし、その多くは厳しい経済状況は保守党のせいだと言うだろう。
そして、誰がダウニング街10番地の首相官邸に入るにせよ、公共サービスに使える財源は、実質的に目減りしている。
国民健康サービス(NHS)はぎりぎりの状態にあるし、高齢者や障がい者の介護サービスも同様だ。教育は、新型コロナウイルスの余波からなかなか立ち直れずにいる。
交通機関は老朽化が進み、住宅建設も難しい問題山積だ。そこへきて気候変動とエネルギー供給の問題もある。
これを読んでいる人を落ち込ませてしまうかもしれないが、ほかにもまだまだたくさんある。
列挙してきた課題は、単独でも政府の意識がそこに集中してしまうほどの大問題だ。
しかし、国民が必要としているさまざまな業務を政府省庁が実施するには、予算が必要で、その財政支出のための予算はこれからぎゅっと引き締められる。やがて訪れる緊縮財政の影響を、無視するわけにはいかない。
ジェレミー・ハント財務相が、今後は「難しい判断」をしなくてはならないと言うのには、理由がある。予算は減らされる。インフレ率があまりに高いのも理由の一つだ。
国外では、ウクライナ支援の約束をイギリスがなかったことにするなど、ありえない。しかし、戦争がいつまで続くのか、そしてどのように終わるのか、まだ答えは見えない。
ほかに、イギリスと同盟諸国は、中国との関係をどうするべきなのか。欧州連合(EU)とは、アイルランド国境をめぐるもめごとが、ブレグジット(イギリスのEU離脱)でいまだ残る課題の一つとして、不穏に続いている。


数字の上では新しい首相には、諸問題の解決に乗り出せるだけの政治的な力があるはずだ。今の保守党は下院で、歴史的な大差で多数を占めているので。
しかし、保守党のとんでもない内紛のせいで、その圧倒的な優位は実際には机上のものにすぎない。「今の党は統治不能だ」と、閣僚の1人は言う。
だからこそ、次の首相を目指す候補たちの人柄が、影響するわけだ(申し訳ない。人柄など関係ない方がいいと思う人がいるのは承知しているけれども、残念ながらそういうものなのだ)。
人柄という意味で特に派手なのが、ボリス・ジョンソン氏だ。今年の夏、同僚たちに首相の座を追われたばかりだが、当時はかなり多くの保守党議員が拍手でたたえて送ったし、泣きそうになっている人もいた。そしてその人たちは今や、ジョンソン氏こそ次の首相になるべきだと確信している。
(編集部注:ジョンソン氏は23日夜、不出馬を表明した)
ジョンソン氏を支持する閣僚の1人は「2019年にも我々の存亡がかかっていたし、今もそうだ」と言い、「ラザロ以来の最大の復活劇を企てている」のだとふざけた。ラザロとは、新約聖書でイエス・キリストが生き返らせた死者のことだ。
それが良案なのか、そもそもあり得ることなのか、すでに実に大勢が実にたくさんの原稿を書いている。ジョンソン氏の返り咲きが仮に、実現したとする。保守党議員の多くは愕然(がくぜん)とするだろうし、その退陣を公然と求めた多くの保守党議員にとっては(当時、彼を支持した議員たちにとっても)、きわめて居心地の悪い事態になる。
元閣僚の1人はこう言う。「党の半分が動揺して不快に思うだろうし、国の90%がそうなるだろう」と。
別の下院議員はこう話した。「自分は終わらない悪夢を見続けているのかと思うたびに、いやこれは現実なんだと気づく。君は記憶喪失にでもなったのかと、同僚議員に問い続けている」。
今の政界では、ボリス・ジョンソンが一番の有名人だ。それはまぎれもない。しかし、彼が有名なのは尊敬されているからではなく、その汚名ゆえだと、今や多くの保守党議員が考えている。

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前に党首だった時、彼は党をまとめられなかった。では今度こそできると、なぜ思うのか。聖書によるとラザロは生き返ったが、二度とほほ笑むことはなかったと言われている。
ただし、保守党議員たちの間では一番人気になりそうなリシ・スーナク元財務相にも同じリスクがある。
ジョンソン首相の失脚は、スーナク氏のせいだという人たちがいるからだ。そういう人たちは、スーナク氏が勝っても決して党首として完全には受け入れないだろうし、「リシのもとでは働かないという保守党員はかなりいる」と、消息筋は話す。
スーナク陣営もジョンソン陣営も、お互いを歪んで写す割れた鏡のようだ。どちらも、党内をまとめるのに苦労するだろう。「果てしない口論に次ぐ口論」が続くはずだと、閣僚の1人は言う。
そこにこそペニー・モーダント下院院内総務の勝ち目があるのだと、彼女の支持者は話す。苦々しい過去のあつれきがなく、全体をひっぱっていける優れたキャプテンとして、党をまとめられるだろうと。
しかし、誰にも憎まれていないからといって、必要なだけの人数に好かれるとは限らない。
加えて、支持率の問題もある。保守党の支持率は崖から転落したかのように急落した。再浮上できるのだろうか? もちろん、あらゆる可能性が残されている。
しかし、支持率が示唆するのは単なる一時的な不人気ではなく、悲惨な事態だ。ここから完全に復活するには、超人的な指導力が必要となる。
国民は当然ながら、政界の動きよりもはるかに面白いことをして、日々を過ごしている。しかし今回のドタバタには国民も気づいたし、大多数の国民は保守党が今までしてきたことに批判的だ。
ならばいったいなぜ、こんな仕事をやりたがる人がいるのか。
それこそが政治だ。奉仕したいという高邁(こうまい)な理想と、野心という低い欲望がないまぜになっている。
あるいは元閣僚が言うように、「自分こそが全員を約束された土地に導くことができるのだと、そう信じている人間が保守党には常にいる」のだ。

ジョンソン氏は?
(編集部注:ジョンソン氏は23日夜、不出馬を表明した)
これを書いている時点で、ボリス・ジョンソン氏が実際に出馬するのかはまだ不明だ。これはいかにも典型的なボリス・ジョンソン流だが、これに驚く人はあまりいないだろう。
本人はそうしたがっていると、仲間は確信している。同僚や熱烈ファンは、本人はそのつもりだと大喜びだ。けれども本人は確かにそうするとは公言していない。なぜか。
勝てずに屈辱を味わうのを避けるため、必要な人数が固まったと確信できるまでは、出馬を言明するよりはその可能性をちらつかせ、集まる注目を楽しむ方がいいのかもしれない。
もし決選投票の2人に残れなければ、「あはは、出るとは言ってないですし」と言えば、それで済む。「出るよう勧めてくれて、親切にありがとう。でも自分にそのつもりはなかったので。今はその時ではないので」と。









