【東京五輪】 静かな反逆者、大坂なおみ選手は日本をどう変えているのか
マイク・ヘンソン、BBCスポーツ

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以下は、大坂なおみ選手の体験談だ。
場面は米フロリダ州。世界最高レベルの若いテニス選手が集まり、競い合っていた。
当時10歳くらいだった大坂選手は、権威あるオレンジ・ボウル大会で、試合前の準備をしていた。
すると、対戦相手の日本人選手の話し声が聞こえてきたという。
「彼女(対戦相手の日本人選手)は、別の日本人の女の子と話していた」と、大坂は米紙ウォールストリート・ジャーナルに語った。
「2人は私に(話の内容が)聞こえていることも、私が日本語ができることも知らなかった」
「(対戦相手は)誰が試合の相手なのか友達に聞かれて、『大坂』だと答えた。するとその友人は、『ああ、あの黒人の女の子ね。あの子、日本人なの?』と言った。私の対戦相手の女の子は『たぶん違う』と答えていた」
今でこそ、誰もが大坂選手のことを知っている。日本人の母親とハイチ人の父親の間に生まれ、アメリカで育った大坂選手は、東京五輪の「顔」だ。
東京都内のあらゆるバス停に、23歳の大坂選手の広告が貼りだされている。黒のスポーツウェアにネオンピンクのジャケットを着た大坂選手が、国内外の乗客を出迎えている。
広告のスローガンは半分が英語、半分が日本語だ。英語の「New」の文字の下にカタカナで「ワールド」や「パワー」と書かれている。
これは実にぴったりなスローガンだ。2019年に米市民権を放棄し、日本人のルーツを選んだ大坂選手は、タイトル以上のものを母国にもたらしているので。
大坂は、日本に「変化」をもたらしている。

大坂はいったい、どうやって日本社会に溶け込んでいるのだろう。彼女の幼少期を振り返るまでもなく、この疑問は当然のようにわいてくる。
大坂が女子テニス界のトップに躍り出ようとしていた2018年、現在日本女子ランキング2位(13日時点)の日比野菜緒選手は、「正直なところ、彼女は身体的にあまりにも違うので、私たちは少し距離を感じている」と話していた。
米紙ニューヨーク・タイムズの記事で日比野は、「彼女は違う場所で育ったし、日本語もあまり話さないので」、「純粋な日本人選手の(錦織)圭選手とは違う」とコメントしている。
発言や行動で「問題浮き彫りに」
混血や「ハーフ」のスポーツ選手について、日本でこうした疑問が取りざたされるのは、大坂選手が初めてではない。

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野球のスター選手だった衣笠祥雄氏や伊良部秀輝氏の時もそうだった。
衣笠氏や伊良部氏も、日本国民も、第2次世界大戦後に日本を占領したアメリカの兵士だった父親について、そして2人が直面した差別について、語ろうとしなかった。
しかし、大坂選手は違う。
「年かさの人の中には、日本の女性アスリートは公に何をどう言い、どう振る舞うべきか固まった考えを持つ人もいる」と、毎日新聞の和田浩明記者は説明する。
「大坂はそうした伝統的な型に、はまらない。日本の女性アスリートについてどんな思い込みがあるか、大坂は発言や行動で、問題を浮き彫りにしてきた」
「彼女のおかげで、人種とアイデンティティーがマスコミやオンラインで以前より話題に上るようになった。彼女は、人々に考えさせ、行動を促す存在だ」
マスクで人種差別に抗議
大坂選手は昨年の全米オープンでひとつの計画を胸に、感染対策のバブルに入った。7種類のフェイスマスクを、各ラウンドごとに1つずつ用意して。マスクにはそれぞれ、警察や人種差別的な暴力で死亡したとされる黒人のアメリカ人の名前が書かれてあった。
大坂選手は試合を勝ち進み、ジョージ・フロイド、ブリオナ・テイラー、トレイヴォン・マーティン各氏の名前が書かれたマスクを使い切った。そうやって、2度目の全米優勝を果たした。
日本は、地球上で最も民族的多様性に乏しい国の1つだ。そしてその日本は今なお、人種差別をめぐり悪戦苦闘している。

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日本の公共放送NHKは昨年、人種的平等を求める抗議活動を説明するアニメーションで、黒人の外見を誇張したとして謝罪した。また、抗議活動の主な理由として取り上げた内容についても、一部を撤回するとした。このアニメーションには筋骨隆々の黒人が登場し、黒人と白人の貧富の格差などが強調されていた。
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2019年には、インスタントラーメンなどを展開する日清食品がPRアニメで、大坂選手の肌の色を実際よりも白く描き、いわゆる「白人化」したと批判される事態となった。同社はこのアニメを使ったPRを取り下げた。
世代間にも深い溝がある。大坂選手は3歳の時に家族とアメリカへ移住した。両親の結婚に反対していた母方の祖父母とは、絶縁状態だったという。
「日本人が学ぶべきもの」が多い1年
「この1年ほどの間に起きたことは、日本人にとって学ぶべきものが多かったと思う」と、ジャーナリストのロバート・ホワイティング氏は言う。ホワイティング氏は、東京での60年近い生活についてまとめた「TOKYOジャンキー(東京中毒)」の著者でもある。
「テレビのバラエティ番組で、なおみがどう感じ、なぜそう話したのかが説明され、議論が起きている」
「日本では伝統的に、対立や言い争いを避ける傾向がある。当たり前のように公の場で議論し合うアメリカとは違う」
「日本ではたいていの場合、有名になればなるほど口が堅くなる。論争を避け、チームメイトや組織、スポンサーに影響を与えないようにする」
「欧米では個人主義が非常に重んじられるが、日本では違う。ここでは、『和』が何より大事だ」
メンタルヘルスの問題
大坂選手がどこ出身の「何人(なにじん)」なのかが、昨年の議論の焦点だったとするなら、今年は彼女の現状が話題の中心だ。
全仏オープン中はメディアには応じないと当初発言していた大坂選手は5月、過去3年間、精神状態が悪く、長い間うつ病を患っていたとして同大会を棄権した。また、6月の全英オープンも欠場した。それから約2カ月後の東京五輪が、復帰の舞台になる予定だ。
大坂選手は最も注目を集める人物として、メンタルヘルスの問題を世間に訴えた。しかし、この問題を提起したのは彼女1人だけではない。
元サッカー日本女子代表で米ワシントン・スピリットでプレーする横山久美選手(27)は6月、自分はトランスジェンダーだと公表した。競技引退後に性別適合手術で完全に男性の身体にするつもりだという。横山選手はアメリカやドイツでプレーする中で、日本での無知や偏見に気付かされたと説明した。
2020年には女子プロレスラーで、米ネットフリックスのリアリティー番組「テラスハウス」に出演していた木村花さんが自ら命を絶った。木村さんは亡くなる直前、インターネットで誹謗中傷を受けていたことを示唆する気がかりな内容を、自身のソーシャルメディアアカウントに投稿していた。
日本では1999年から2014年にかけて、精神的な問題を訴える人の数が倍増した。
「自分が子供のころ、40年ほど前を振り返ると、日本では伝統的に、自分や親類に心を病む人がいたら、それは恥ずかしいことだった」と、毎日新聞の和田記者は話す。
「一般的に、それは弱さと見なされ、おそらく特にアスリートの間ではなおのこと、話題にしにくいことだった」
「けれども状況は変わっている。心の健康に問題があると認めることに、世間は前よりオープンになっているし、私たちが向き合うべきことだ」
「はるかにグローバルな視点」
ホワイティング氏は、こうした変化がどこからもたらされているのか、疑いようもないと言う。

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「大坂なおみ選手をはじめとする混血の日本人は、いまでもある程度、よそ者扱いされていると思う」と、ホワイティング氏は言う。
「しかし今の世代は、これまでの世代よりもはるかに洗練されて教養がある。インターネットや数え切れないほどのテレビ番組を通じて、はるかにグローバルな視点を持っている」
「私が来日した1960年代や80年代、90年代にはなかった幅広い理解がある。今や世界の距離ははるかに縮まっている。日本はその恩恵を受けている」
新しい世界。新しい世代。解釈は様々だろうが、いずれにしても大坂なおみ選手はその世界の、その世代において、今や大きい存在感を示している。










