大坂選手の全仏棄権で、選手の「心の健康」に注目集まる メディアや団体のあり方も
ソニア・オクスリー、BBCスポーツ

画像提供, Getty Images
テニスの大坂なおみ選手は2018年に全米オープンで優勝した際、サンバイザーをぐいっと下げて涙を隠した。
彼女にとってそれは、初のグランドスラム(4大大会)のタイトルだった。決勝で偉大なセリーナ・ウィリアムズ選手(アメリカ)を撃破。大坂選手の前途は有望だった。
ただこの時の優勝は、異様かつ心に傷を残す状況を生んだ。ウィリアムズ選手が試合中に審判に向かって激しく声を荒げたことを受け、ブーイングや疑問の声が飛び交ったのだった。
そして今回、この優勝の後から大坂選手の「長いうつの状態」が始まり、今年の全仏オープンの棄権につながったことが明らかになった。彼女の棄権はスポーツ界に衝撃を与え、競技団体やメディアは内省を迫られることになった。
全仏オープンはテニス界の大スターの1人を失った。一方、大坂選手は「(大会への)関心を散らす存在」にはなりたくないと願ったが、その思いとは裏腹に、彼女および彼女が指摘した問題は多くの人々の関心を集める結果となっている。
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大会関係者はうまく対応したのか
大坂選手が全仏オープンでの記者会見をボイコットすると表明すると、テニスや他の競技の選手たちから支持の声が多数あがった。
女子テニスの統括団体は先月30日、厳しい語調の声明を発表。メンタルヘルス(心の健康)を守るための決断だったと述べた大坂選手に対し、全仏オープンと今後の4大大会から排除すると脅した。この対応は批判を浴びた。
バスケットボールのステファン・カリー選手(アメリカ)は、「権力を持つ側は(選手を)守ろうとしない」と団体を批判。テニスの元イギリスナンバー1、ローラ・ロブソン氏も、違った対応は取れなかったのかと、団体の動きを問題視した。
「4大大会側が出した声明と、その強烈な内容に失望している人はきっと多いはずだ」とロブソン氏はBBCラジオ5ライヴで語った。
「大会側がここまでこじらせなかったら、事態は違っていたはずだ」
大坂選手の全仏オープン棄権後、フランステニス連盟のジル・モレトン会長は声明を発表。テニスの主要団体は、選手の健康と、メディア対応を含む大会運営の改善に取り組んできたと主張した。
大坂選手は、「規則の一部は非常に時代遅れだ」とし、改善方法について団体側と話し合いたいとした。
大坂選手はうまく対応したのか
大坂選手が先月27日に表明した、記者会見に参加しないという方針は、多くの人を驚かせた。
特に驚いたのが全仏オープン主催者で、「受け入れられない」と反発した。批評家たちも、「お姫様のような振る舞い」によってメディア対応の義務を果たさず、「不公平な優位」を手に入れていると大坂選手を評した。
元テニス選手のネイオミ・キャヴァデイ氏(イギリス)は、もし大坂選手が違う方法で大会主催者に懸念を伝えていたら、双方が納得できる解決に至ったかもしれないと、BBCラジオ5ライヴで話した。
「彼女が4大大会のチャンピオンになって以来、そんなに苦しんできたとは恐ろしい。でもこの世界では、企業や団体とまったくコミュニケーションを取らずに、いきなり何をするのか決めるわけにはいかない。契約がある場合はなおさらだ」
「今回の問題はソーシャルメディアに持ち込まれ、手の届かないところで決断が取りざたされた。だが、もっと上手に直接的な方法で提起されていれば、少なくともどのように改善できるのかについての議論が起きたと思う」
大坂選手自身、「タイミングは理想的ではなかったし、メッセージももっと明確にできた」と認めている。
キャヴァデイ氏は、「メンタルヘルスで悩んでいる人がそのことを伝え、短期的な解決法と、もう少し長期的な取り組みにたどり着くための仕組みはある」と指摘。
「ただ私は、悩んだ経験がある者として、そもそもそうした会話を始めるのがどれほど難しいかもわかっている」と述べた。
メディアはどうなのか
ラッセル・フラーBBCテニス担当編集委員
大坂なおみ選手が20歳の時に米ニューヨークで最初の4大大会に優勝して以来、長い間うつを患ってきたと知り、考えさせられた。
選手の義務となっているメディア対応がなければ、彼女はおそらくまだ全仏オープンを戦っていただろうという事実にも当惑させられる。
詳細を知った今、記者の多くは自分たちの言葉遣いを考え直すだろう。4大大会も、大坂選手を排除すると脅迫して問題をヒートアップさせたやり方が妥当だったのか、検討する必要があるはずだ。
4大大会の対応は、他の選手たちとの公平性を考えてのことだったのかもしれない。大坂選手と連絡を取ろうとし、うまくいかなかった経緯も関係しているだろう。しかしそうした姿勢が、全仏オープンからスター選手が1人消える結果へとつながってしまった。
一方で、大坂選手の最初の投稿は、多くの人を傷つけた。時間をたっぷりかけ、選手たちに数多くの義務への準備をさせている女子テニス協会(WTA)には、アンフェアな内容だった。配慮しながら難しい質問を繰り出せる大部分のメディアにとってもアンフェアだった。
しかし、あの投稿は、大坂選手がもろく不安な気分の中、追い詰められて書かれたものだった。その言葉をとらえて彼女を批判するのは酷だろう。
テニスにとって、メディアと選手の交流は重要な要素であり続けるべきだ。だが今回の痛ましい出来事を経て、この経験がすべての関係者を向上させるものとなることが望まれる。
心の健康はもっと語られるのか
大坂選手はここ数年間、ポケモンについて触れた風変わりな記者会見や、居心地の悪そうな受賞スピーチなどで、ファンとメディア関係者の両方を魅了してきた。
この柔らかな口調の日本人選手はこれまで、自身のことをテニス界で「最もぎこちない」人物と呼んできた。ただ彼女は同時に、自らの社会活動を通し、その発言が非常に大きな影響力をもつ存在にもなった。
しかし、彼女がうつへの「対応に苦労していた」ことを一般の人は知らなかった。
陸上7種競技のカタリナ・ジョンソン=トンプソン選手(イギリス)は、今回のことを受け、スポーツ界でうつがもっと語られるようになることを望んでいると述べた。
「彼女が声を上げて自分の健康を守ったのはとても勇敢なことだ」とトンプソン選手は記した。「メンタルヘルスは、特にスポーツ界では、オープンに話すのが危険なトピックだ。彼女の棄権で変化が生まれ、うつが広く語られるようになり、らく印が無くなってほしい」
セリーナ・ウィリアムズ選手は先月31日の記者会見で、WTAと4大大会がテニス選手たちの心の健康についてコート外でも十分な対策を取っていると思うかと問われ、こう答えた。
「団体側は記事などをたくさん掲示しているような気がする」
「他のことと同じように、自ら前に出て努力しなくてはならないのだと思う。自分で努力し、これこれの助けが必要だと訴え、誰かと話ができるようになる必要がある」
「相談相手を持つことはとても大事だと思う。WTAの人でもいいし、人生で出会った誰かでもいい。毎週のように話をしている人かもしれない」
テニスの元女子世界ナンバーワン、ビリー・ジーン・キング氏は、ツイッターで支持を表明した。
「大坂なおみがうつに苦労してきたと真実を明らかにしたのは、途方もなく勇気がいることだ。いま大事なのは、彼女をそっとしておき、必要な時間を与えることだ。彼女の回復を祈っている」
大坂選手はいつコートに戻るのか
大坂選手は声明で、復帰に向けたスケジュールを示さず、「しばらくコートを離れる」とした。
前出のイギリスの元テニス選手のロブソン氏は、4週間後に始まるウィンブルドン(全英オープン)までに大坂選手が戻ることはないだろう、と考えている。
「声明からは、彼女がいつ戻る予定なのかはっきりしない」と、ロブソン氏はBBCラジオ5ライヴで語った。
「ウィンブルドンで復帰し、4大大会、とりわけウィンブルドンでいきなりタフな試合に臨むことになれば、彼女にしては素早い転換といえるだろう」










