「命に危険が」 イギリスで光熱費上限を80%引き上げ

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イギリスのエネルギー規制当局は26日、家庭の電気・ガス料金の上限について、80%の引き上げを発表した。国内の専門家や慈善団体は、人命が危険にさらされる恐れもあると警告している。
イギリスのガス電力市場監督局(Ofgem)によると、標準世帯の光熱費は今年10月から年間3549ポンド(約57万円)と、現在の1971ポンドから80%増える。前払い式の定額制メーターを使っている世帯では、現在の2017ポンドから3608ポンドに高まる。
光熱費の上限の引き上げによって、子供や若者の健康が危険にさらされる恐れがあると、慈善団体「セイブ・ザ・チルドレン」は警告している。経済ジャーナリスのマーティン・ルイスさんは、今より手厚い公的支援がなければ深刻な被害が予想されるとしている。
イギリスは現在、与党・保守党の党首選の最中で、9月5日にどちらかが新首相に決まるリズ・トラス外相とリシ・スーナク前財務相に対しては、光熱費の上昇で困窮する世帯への追加支援策を明示するよう、圧力が高まっている。両候補は、家計支援を約束しているものの、新首相として実行する具体的な施策を明示していない。
最大野党・労働党は、両氏が光熱費の大幅引き上げについて「ほとんど何も言うことがない」様子だと批判している。
「もっと支援する」と政府
光熱費上限の引き上げ発表を受けて、ナディム・ザハウィ財務相は、「もっと対策が必要だと承知している」、「もっと支援を提供する」と述べた。
その上で財務相は、「実際問題として、私たちは全員、自分がどれだけエネルギーを使っているか点検するべきだ。今は厳しい時代だ。この大陸で戦争が起きている」として、国民にエネルギーの節約を呼びかけた。
財務相はこれまでに電力会社やガス会社と協議を重ねる中で、利用者によるエネルギー消費行動の変化や、政府による国民支援のみに期待するのではなく、エネルギー供給各社が利用者をもっと支えるべきだと指摘。各社も、顧客支援対策の強化が必要だと認めていた。
平均世帯で月4万8000円近くに
家庭の光熱費引き上げの主な原因は、ロシアのウクライナ侵攻を機にロシア産天然ガスの供給量が大幅に減少し、天然ガスの卸値が急騰したことにある。
イギリス政府は今春、全世帯に400ポンド(約6万5000円)の光熱費払い戻しを発表。これによって、6カ月間にわたり毎月約60ポンド(約9700円)が光熱費から引かれる。低所得家庭や、特に支援が必要な家庭は、400ポンドに加えて650ポンド(約10万5000円)の補助を受ける。
しかし、政府がこの支援策を発表して以降、光熱費はさらに急騰しており、10月からは標準世帯の月額光熱費は300ポンド(約4万8000円)になる見通し。
家計について詳しいジャーナリストで活動家のマーティン・ルイスさんは、政府の追加支援がなければ、気温が下がっても家の暖房を十分につけられない人たちが健康を損なうおそれがあると指摘する。
「この冬、暖房が使えずに人が死んでしまわないよう、政府はもっと支援してもらいたい。懇願するし祈っているし力説している」と、ルイスさんは話した。
「セイブ・ザ・チルドレン」で子どもの貧困対策を担当するベッカ・ライオンさんは、「この発表で、子どもたちは重大な危険にさらされる。多くの子供がこの冬を寒い家で過ごすことになるかもしれない」と危機感を示した。
貧困対策に取り組む慈善団体「ジョセフ・ロウントリー基金」の対策顧問、ケイティー・シュムーカーさんは、「政府が相当な規模で介入することなしに、今回発表された値上げがそのまま実施されるなど、まったくありえない」と話した。
光熱費はどれだけ上がる
- ガス電力市場監督局(Ofgem)が定めた価格上限は10月に80%引き上げられる
- 電気料金は平均して、1キロワット時=28ペンス(約45円)から52ペンス(約84円)に上がる。ガス料金は1キロワット時=7ペンス(約11円)から15ペンス(約24円)に上がる
- 標準世帯が引き落としで支払っている年額の光熱費は現在1971ポンド(約32万円)。10月からはこれが年間3549ポンド(約57万円)になる。
- 定額前払い式メーター利用の世帯は、10月から年額59ポンド(約9500円)追加で支払うことになる。これを含めると、前払い式メーターを使う標準世帯の年額は3608ポンド(約58万円)になる
エネルギー市場と家庭の光熱費に詳しい調査会社コーンウォール・インサイトのアナリストたちは、光熱費上限は今後さらに引き上げられると予測している。その結果、標準家庭の年額光熱費は来年1月の時点で5400ポンド(約87万円)、来年4月には6600ポンド(107万円)を超える見通しという。
Ofgemの代表、ジョナサン・ブリアリーさんはこうした予測を慎重に受け止めるよう呼びかけている。天然ガス価格に影響する世界情勢は流動的で、事態は「大々的に変化」する可能性もあるからだという。しかし、次の首相は「この問題について素早くきっぱりと対応する必要がある」と同意した。


ブリアリーCEOはBBCに対して、「関係者全員が政府とともに、この問題に素早く取り組み、利用者になりかわって適切に対応しなくてはならない。何もしなければ、冬の見通しは非常に厳しいからだ」と話した。
野党の反応は
野党の労働党と自由民主党は、光熱費上昇の危機に政府が十分対応していないと批判している。
自由民主党のエド・デイヴィー党首は、上限引き上げは「何百万もの世帯や年金生活者にとって、壊滅的な破局そのものだ」と述べた。
労働党のレイチェル・リーヴズ影の財務相は今回の発表を受けて、「多くの家庭が震え上がるはずだ」と批判。「この冬、大勢が考えたくもない選択を迫られることになる」と述べた。
<解説> ファイサル・イスラムBBC経済編集長

新しい光熱費の上限によって、何百万もの世帯の可処分所得が目減りすることになる。
これは経済の方向性を変えてしまう問題にとどまらない。あまりに大幅な引き上げで、国全体への影響があまりに大きいため、この国の社会としての忍耐力も、試されることになるかもしれない。
エネルギー業界でさえ、これほどの値上げが実施できるとは考えていない。
光熱費が払えない人のための基金創設を検討する政府と業界の8月初めの会合では、エネルギー各社が天然ガス購入に払っている卸値の上昇分を、消費者に転嫁できるなど、どの会社も考えていないことが明らかになった。
これは驚異的な事態だ。
つまりその差分は毎日、毎週、毎月と広がり続けているし、今や政府が何とかしなくてはならない状態になっている。
助けを必要としているのは誰なのか、最終的に選ばなくてはならないのも政府だ。少なくとも全世帯の半数以上がそれにあたることになるだろう。
政府の支援を全員に提供すれば、コストはかかるが、全般のインフレ率は抑制するだろうし、手続きも簡単だ。他方、パンデミックの最中に富を増やした富裕層は、光熱費は自分で払うべきだという考え方もある。
そして今のところ、保守党党首と次期首相の地位を争っているリズ・トラス候補とリシ・スーナク候補は、関連の詳細についてほとんど発言していない。

「ストレスと恐怖で身動きがとれない」

イギリスでは約400万世帯が定額制の前払いメーターを使っている。イングランド北部マンチェスターのアン・サウスゲイトさん(38)もその1人で、今回の上限引き上げにとても動揺している。
この冬に光熱費がそれだけ上がるかという思いは、心の健康に悪影響を与えているサウスゲイトさんは言う。
「しょっちゅう涙をこらえている。そんな姿を子どもたちに見られたくない」
サウスゲイトさんはひとり親で、フルタイムの学生だが、家計をやりくりするためパートタイムの仕事を始めた。
すでにできる節約はして、生活をきりつめているため、生活費を減らすためにこれ以上なにができるか分からないという。
「これからは家族がひとつの部屋に集まって一緒に過ごす時間を増やすしかない。これ以上、具体的に何ができるのか、本当に分かりません」










