トランプ前米大統領への巨額賠償命令、諸刃の剣か 性的に暴行した相手の名誉も毀損と連邦地裁

サム・カブラル、BBCニュース

トランプ前大統領は自分に対する数々の訴訟を「魔女狩り」と呼び続け、支持者もそれを繰り返している。写真は2023年3月の支持者集会

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画像説明, トランプ前大統領は自分に対する数々の訴訟を「魔女狩り」と呼び続け、支持者もそれを繰り返している。写真は2023年3月の支持者集会

ニューヨーク・マンハッタンの連邦地裁で26日、ドナルド・トランプ前大統領が在任中の2019年にコラムニスト、E・ジーン・キャロル氏を中傷しその名誉を毀損(きそん)したことについて、計8330万ドル(約123億4000万円)の損害賠償を支払うよう、陪審団が評決を下した。連邦地裁は昨年5月にすでに、前大統領が1990年代にキャロル氏を性的に暴行したと認定していた。

専門家はこの巨額賠償について、前大統領がこれ以上キャロル氏を中傷しないようにするため、陪審団は約123億円もの賠償金支払いを命じたのだと説明する。しかし、それは効くのだろうか。

昨年の民事裁判でマンハッタンの連邦地裁はすでに、前大統領が1990年代にニューヨーク市内のデパートの試着室で、雑誌コラムニストのキャロル氏を性的に暴行したと認定していた。その裁判の陪審団も、前大統領がキャロル氏の証言をうそだと中傷したのは名誉毀損だと認め、約500万ドルの損害賠償の支払いを命じていた。

それでも前大統領はなお、キャロル氏の主張を否定し続け、当人を攻撃し、会ったこともないと言い続けた。

動画説明, 前大統領は2022年に証言した際、自分(写真左)がキャロル氏と写っている写真を見せられ、キャロル氏を指差して、「これは妻のマーラだ」と述べた

しかし、26日に巨額の賠償を命じられた後のトランプ氏は、裁判を「バイデンが指揮した魔女狩り」とオンラインで呼んだものの、キャロル氏自身への個人攻撃は避けた。

これまでにすでに4件の刑事事件で起訴されている前大統領は、ニューヨークで一族企業の経営について詐欺などで訴えられた民事訴訟も抱えており、それでも数百万ドルの罰金支払いを近く命じられる可能性がある。

こうした一連の訴訟は政治的な動機によるものだと、前大統領は繰り返してきた。

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今年11月の大統領選で再びホワイトハウスを目指すトランプ氏にとって、相次ぐ起訴や敗訴は恩恵と災難の両方だと、米シラキュース大学のグラント・リーハー教授(政治学)は言う。

「彼に対する世間全般の見方は悪くなったが、支持基盤はおかげで勢いがついて強くなった。前は傍観していた共和党支持者の中には、一連の裁判沙汰のおかげで『忠実』になった人さえいる」と、リーハー教授はBBCに話した。

「自分は被害者だというスタンスのトランプは、自分が起訴されたりするのを名誉の勲章のように扱い、自分がいかに支持者を大事にしているかの証明だと、主張する材料にしている」

トランプ前大統領に巨額の損害賠償が命令された名誉毀損裁判を終えて、ニューヨークの連邦地裁を出る原告のE・ジーン・キャロルさん(中央)と弁護士たち(26日、ニューヨーク)

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画像説明, トランプ前大統領に巨額の損害賠償が命令された名誉毀損裁判を終えて、ニューヨークの連邦地裁を出る原告のE・ジーン・キャロルさん(中央)とロバータ・キャプラン弁護士(右)、ショーン・クロウリー弁護士(26日、ニューヨーク)

最近の世論調査によると、トランプ前大統領とバイデン大統領が今年11月に4年前と同じように大統領選で直接対決すると想定した場合、トランプ氏の支持率はバイデン氏と拮抗しており、時には上回ることもある。

そうした調査結果は「トランプ氏について語ると同時に、バイデン氏と民主党についても語っている」とリーハー教授は指摘する。バイデン氏は大統領としての仕事ぶりに対する支持率が低く、81歳という年齢も懸念されているからだ。

たとえトランプ氏が本心から自分はキャロル氏に不当に扱われたと信じているとしても(そして彼の支持者のほとんどは同意見だ)、26日の評決は、前大統領と同じ市民の9人が陪審員として、彼の行動をどう思ったか反映する内容だった。

キャロル氏の弁護士たちは裁判を通じて、前大統領が法廷の内外で依然として、キャロル氏を誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)し続けていると指摘した。

弁護士たちは最後の弁論で、男性7人と女性2人からなる陪審団に、「彼に、これ以上(誹謗中傷を)止めさせる」ような罰を与えてほしいと求めた。

評決の読み上げを受けて弁護士たちと抱き合うキャロル氏を描いた法廷画

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画像説明, 評決の読み上げを受けて、弁護士たちと抱き合うキャロル氏を描いた法廷画

米ジョン・ジェイ・刑事司法カレッジのドミトリー・シャクネヴィッチ教授はBBCに、今回の賠償額は「非常に大きい額だ」と述べた。

「陪審団は要するに、この金持ちは(中傷を)やめようとしないので、やめさせるには(経済的な)痛みを与えるしかないのだと言っている」と教授は話した」。

陪審団が命じた損害賠償額計8330万ドルのうち、6500万ドルは懲罰的賠償額だ。この金額は「行動の深刻度」によって決まるものだと、シャクネヴィッチ教授は説明する。

保守派弁護士のジョン・ユー氏は保守派テレビ局FOXニュースで、「これは要するに(中略)ドナルド・トランプに『黙れ』と言うためのものだ」とコメントした。

「彼の弁護士たちがきちんと伝えられなかったのが、信じられない。大統領を目指して活動するのもいい。二重基準の司法制度について批判するのもいい。でもこれには手出しするなと、納得させるべきだった」

前大統領は今回の評決を控訴するつもりだと表明している。しかし、複数の専門家はBBCに対して、たとえ控訴しても勝てる見込みは少ないと話した。

懲罰的損害賠償の額は「補償のための損害賠償額に対して、特に不均衡というわけではないため、それが問題になる可能性は低く、このまま確定すると思う」と、米ユタ大学のロンネル・アンダーセン・ジョーンズ教授(法学)は話した。

ジョーンズ教授によると、評決後に前大統領がオンラインに投稿した反応が、バイデン氏や司法制度を批判しながらもキャロル氏に関するうそは繰り返さなかったことから、今回の損害賠償額がひとまず一定の抑止効果をもち得る、その兆候かもしれないと指摘する。

米リッチモンド大学のキャロル・トバイアス教授(法学)はBBCに対して、前大統領が「裁判の間ずっと問題行動をとり続けたこと」が、本人に不利に働いたかもしれないと話した。

「トランプ氏は裁判長と陪審員と、相手側の弁護団、そして特に原告のキャロル氏と民事裁判のプロセスに対して、敬意を欠いた態度をとり続けた」と、トバイアス教授は言う。

たとえ連邦最高裁へ上告したとしても、最高裁が今回のような民事裁判を審理することはほとんどないため、却下される可能性がきわめて高いとも、トバイアス教授は言う。

元連邦検察官のミッチ・エプナー氏によると、前大統領はこれまでの民事裁判で命じられた損害賠償金の支払いについて、控訴手続きが終わるまでの間、裁判所に担保として保証金を納めている。そのため、今回の損害賠償額計8330万ドルについても同様に、現金か上訴保証を担保として裁判所に預けるだろうと、エプナー氏は言う。

それをしなければ、キャロル氏は前大統領の不動産など個人資産を差し押さえ、強制執行に臨むことも可能だ。

しかし、他方で、アイオワ州とニューハンプシャー州ですでに行われた共和党の党員集会・予備選でトランプ前大統領は大勝しており、今回の損賠支払い命令がその勢いに何かしら影響する気配はうかがえない。トランプ氏はこのまま共和党の候補指名獲得へと、邁進(まいしん)する可能性が高い。

「次のサウスカロライナが、まずその影響を試す場所になる」と、ベテラン政治アナリストのブライアン・クロウリー氏は言う。サウスカロライナ州では2月24日に共和党予備選が行われる。

同州の世論調査で前大統領は、唯一の対立候補として残るニッキー・ヘイリー元国連大使に大差をつけてリードしている。

「彼女は今回の評決を材料に、トランプはあまりにも騒ぎの渦中にいるので、それでは本選でバイデンに負けてしまうと、そう主張する機会を手にしたことになる」と、クロウリー氏は話した。