【北京冬季五輪】 この大会はどう記憶されるのか
スティーヴン・マクドネル、BBCニュース、北京

画像提供, Getty Images
オリンピックの聖火が消された。どんな残光を発しているのだろう。
スポーツ大会としては、素晴らしいものだった。
しかし、今大会を今後思い出す際に、話題になるのは次のようなことだろう。アメリカ生まれの選手が中国代表として出場した。禁止薬物の検査で陽性となったロシアの10代が出場を許可された。マスコットが大人気になった。ウイルスの勢いが弱まった。
論議は最初からあった。
中国政府は事あるごとに、オリンピックは政治と無関係であるべきだとしてきた。ところが聖火ランナーに、死者が出たインドとの軍事衝突を戦った英雄を選んだ。
主要西側諸国は外交ボイコットを実施した。中国各地で人権侵害がみられるという訴えが増えていることを受けたものだった。特に、同国最西部で何十万人ものウイグル族が再教育施設に収容されていると報じられたことが大きく影響した。
中国政府はそれらの施設について、職業訓練センターだとしている。
五輪開会式には、ロシアのウラジーミル・プーチンやパキスタンのイムラン・カーンの姿があった。だがそれ以外、有名な世界指導者はあまりいなかった。
それでも、事前の予想どおり、いったん競技が始まると、注目はスポーツそのものに注がれた。
中国では、1人の名前が突出して話題になった。谷愛凌(アイリーン・グー)だ。

画像提供, Getty Images
きわめて優秀なこの選手は、アメリカで中国出身の母親から生まれ、母親の出身国の代表となることを選んだ。金メダル2個、銀メダル1個を中国にもたらし、1つの五輪でメダル3個を獲得した初のスキーフリースタイルの選手となった。
彼女がテレビコマーシャルに出るたび酒を1杯飲むという、いわゆるドリンキングゲームを中国にいる人たちがやっていたら、大会期間中、誰もが酔いつぶれていたに違いない。他人の支えなしに酒場から歩いて出るのは、無理だったはずだ。
彼女が絶大な人気を得ている理由は、完全に理解できる。プレッシャーがかかる状況で、彼女はとんでもないことをやってのけるのだ。
だが、政府のプロパガンダメッセージの伝達者としての彼女の役割を考えると、自分が代表する国のことを彼女はどれだけ本当に理解しているのか、疑問が生じる。
大会期間中、彼女はソーシャルメディアでかなり活発に発言していた。
フォロワーの1人からは、どうして彼女が中国でインスタグラムにアクセスできるのかと質問が出た。「公平じゃない」とこのフォロワーは書いた。「インターネットの自由がない何百万人もの中国人のため、声を上げてもらえないだろうか?」。
彼女は答えた。「誰でもVPNをダウンロードできる。(アプリを配信する)アップ・ストアで文字どおり無料だ」。
これはかなりのミスリード発言だ。グレートファイアウオール(万里のファイアウオール)を飛び越えるため、VPN(仮想プライベートネットワーク)にアクセスするのは、そんなに簡単ではない。
この18歳の選手はもしかすると、理解していなかったのかもしれない。彼女がアメリカのアップル・アカウントで利用するアップ・ストアは、中国で利用可能なアップ・ストアと同じではないのだ。中国では、VPN使用が政府の検閲で取り締まられている。インスタグラムにアクセスするのに必要なVPNは、中国では簡単には手に入らない。
彼女が女子ビッグエアで見事なランを見せた時、観客スタンドには中国テニス界のスター選手、彭帥の姿があった。ものすごい論議の真ん中にいる人物だ。夏のオリンピックに出場したこともある彭は、共産党幹部の張高麗から性的暴行を受けたか、性的関係を強要されたと、ソーシャルメディアで告発したのだ(どちらなのかは訳し方による)。

画像提供, Getty Images
会場で彭に谷を観戦させたのは、この大会最大の見せ場の1つだった。
谷は彭が観戦したことについて「とてもうれしい」と話した。そして、「彼女が、そう、幸せで健康でまたやりたいことをここでしていて、とても感謝している」と付け加えた。
しかし彭が北京で、高度に演出され、時に奇妙とも思える公の場への登場を繰り返してきたことを受け、女子テニス協会(WTA)は、本当に彼女が「再びやりたいことをする」自由を得ているのか、疑念を表明している。
そしてもうひとつ、これから長く語り草になるに違いない瞬間があった。女子フィギュアスケートでカミラ・ワリエワがいくつもミスを重ねた末に、リンクで転倒した場面だ。
この15歳のロシア人は、すでに同世代では最高のスケーターの1人と称賛されている。だが、劇的なドーピング疑惑で渦中の人に。最後の演技ではよろめき、転び、4位に終わった。
たて彼女が失敗せず、予想どおり1位になっていたとしても、すぐに金メダルは受け取れなかったはずだ。彼女の体内から禁止薬物が検出された事情について、調査が進行中だからだ。
スポーツ仲裁裁判所(CAS)は、彼女が祖父の心臓薬の成分を間違って体に入れてしまったとの説明を受け、彼女の出場を認めた。
国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は、彼女が4位にしかなれなかったことでコーチから受けた扱いについて、「ぞっとした」と述べた。
会長はこの年若いスケート選手に温かい言葉を送ったが、彼女の指導チームは詳しい調査の対象になるとの考えを示した。
一方、中国のソーシャルメディアではナショナリストたちが、「ベイビーK」と呼んでいるワリエワのことを、アメリカが仕組んだ陰謀の犠牲者だと主張した。
こうした声は、共産党の最も重要な代弁機関となっている国営紙・人民日報などによって増幅されている。同紙はロシアの「専門家」を引用する格好で、今回の出来事は「アメリカとその同盟国がロシアに対して仕掛けた戦争で活動している西側情報機関」が引き起こしたものとの見方を伝えた。
そしてそう、雪が降った!
今回のオリンピックについては、乾燥した場所で開かれるため大量の人工雪が必要になると事前に大勢が嘆いていた。

画像提供, Getty Images
だが実際には山岳部で大量の降雪があり、一部の種目は視界の悪さから延期された。
高地の環境は厳しいものだった。モンゴル高原から吹き降ろす厳しい風で、零下12度まで下がる中、競技を終えた選手たちは身を震わせていた。
それでも、施設そのものはなかなかの出来栄えだった。北京の歴史ある鉄鋼メーカー首鋼集団の跡地に作られた、あのビッグエアでのランときたら。あんな光景は見たことがない。
ほかにも、さまざまな種目における選手同士の友情も、光を放っていた。選手たちは抱擁し合い、声援を送り合った。
特にそれが顕著だったのが、フリースタイルスキー女子スキークロスだった。ファニー・スミス(スイス)が銅メダル争いから除外された時だ。彼女は3位でゴールしたが、ペナルティーが科された。
4位で滑り終えたドイツのダニエラ・マイヤーが、メダリストへと順位が上がった。しかし彼女は審判団の判断はおかしいと首を横に振り、スミスはペナルティーを受けるべきではなかったと述べた。
これこそが、オリンピックが本来あるべき姿だった。私たちはそれを目にすることができた。
中国の多くの人にとってこの大会は、テレビにくぎ付けになるのに格好のタイミングで開かれた、ウインタースポーツの祭典となった。中国は旧正月の時期で、国中が休暇状態だった。
人々の熱狂を表していたものの1つが、オリンピック関連商品へのとどまるところを知らないほどの人気だった。特に、パンダのマスコット関連の人気がものすごかった。
メーカー側にとってもこれは予想外だったようだ。ほとんどの製品があっという間に売り切れた。

画像提供, Getty Images
ウインタースポーツの多くに、まだあまりなじみがない国にしては、BBCが取材した人の多くが、大会を心から楽しんでいるようだった。新型コロナウイルスが会場内で流行することを懸念する人はいたが、きちんと管理されることは誰も疑っていないようだった。
規制はうまくいった。巨大な保護バブルの内側では毎日検査が実施され、感染者を特定した。やがて、新規感染者はゼロになった。
昨夏の東京夏季オリンピックと異なり、北京の大会組織委員会は、少なくともある程度の観客を入れる形式で、新型ウイルスを管理できた。
幸運にも会場に入れた人は、当然ながら地元チームを応援した。ただそうした人たちは、世界各地からやって来た競技者たちにも熱い拍手を送っていた。
中国政府は、大会の結果にかなり満足していることだろう。中国は数多くのメダルを獲得した。新型ウイルスを管理した。選手からの抗議はなかった。
もっと大変なことになっても、まったくおかしくなかったのだが。










