プーチン氏批判の強硬主戦派ギルキン被告、モスクワで拘束
ポール・カービー、BBCニュース

画像提供, Yulia Morozova/Reuters
ロシアのプーチン政権によるウクライナ侵攻の停滞ぶりを批判してきた強硬主戦派のイーゴリ・ギルキン被告(53)が21日、モスクワ市内の自宅で拘束され、市内の裁判所に出廷した。「イーゴリ・ストレルコフ」としても知られる強硬国家主義者のギルキン被告は、過激主義の疑いで訴追された。最長で5年の禁錮刑を科される可能性があるという。
ギルキン氏の妻は、自分が外出中に自宅アパートで夫が拘束されたと明らかにした。
ロシア連邦保安庁(FSB)の情報将校だったギルキン氏は、ロシアによる2014年2月からのクリミア併合で主要な役割を果たした後、ウクライナ東部でロシアが後押しする武装勢力を率いた。
2014年7月にオランダ発のマレーシア航空機が撃墜され乗客乗員298人が死亡した事件に関与したとして、オランダの裁判所が昨年11月に終身刑を言い渡した被告3人の1人でもある。
主戦派のギルキン被告はウクライナ侵攻を支持したものの、昨年2月の侵攻開始以来、戦況の膠着(こうちゃく)に伴い、ロシア軍と最高司令官のウラジーミル・プーチン大統領を激しく批判し続けた。
ソーシャルメディアでは昨年の時点で、「我々はもう負けた」と書いていた。
BBCのスティーヴ・ローゼンバーグ・ロシア編集長によると、ギルキン被告は数日前、プーチン大統領を「無意味な存在」で「空間を無駄遣いする卑怯者」などと罵倒していた。
被告を担当するアレクサンドル・モロホフ弁護士は、当局は被告を拘束した上で、アパートを家宅捜索したと明らかにした。
拘束から数時間後にはモスクワ北東部のメシュチャンスキー地区裁判所に出廷。国営ノーボスチ通信によると、非公開裁判を求めた被告の請求を裁判長が却下したという。少なくとも公判が始まる9月18日までは、勾留されることになった。
ギルキン被告については、これまでブログなどでプーチン氏とロシア軍をとことん批判することが認められてきたため、ロシア連邦捜査委員会がなぜこの時点で拘束に踏み切り、インターネットを使った「過激活動」の呼びかけで被告を訴追することにしたのか、明らかではない。
ウクライナ侵攻の開始以来、ギルキン被告が重ねてきた政府批判よりはるかにおとなしい内容でも、いわゆる「特別軍事作戦」を批判するロシアの反体制派は長期刑を言い渡されてきた。
他方で数日前には、退役情報将校ウラジーミル・クヴァチュコフ氏がロシア軍を「侮辱」した罪で訴追されたと報じられた。クヴァチュコフ氏はギルキン被告と共に「怒る愛国者クラブ」を結成し、ロシア政府と軍幹部の批判をインターネットでライブ配信していた。
BBCロシア語のイリヤ・バラバノフ記者によると、ロシア国内では誰ももギルキン被告には手出しができないと長年思われていた。
また、FSBの元大佐という経歴に加え、ウクライナ東部からのマレーシア航空撃墜で被告となり、有罪となったことも影響していたという。
ロシアの独立系メディア「アゲンツトヴォ」は、戦争支持派ブロガーには好きなだけ戦況について怒らせておくという暗黙の了解がロシア当局にはこれまであったものの、その方針が変わったのではないかと伝えている。
コメンテーターのタティアナ・スタノヴァヤ氏は、プーチン氏に近いシロヴィキ(ロシアの治安・軍事のエリート層)は、この展開を待ち望んでいたはずだと述べた。
ギルキン被告はとっくの昔に「越えてはならないあらゆる一線を越えまくっていた」ものの、国軍が今回、被告のような批判勢力をつぶしにかかることができたのは、雇い兵組織ワグネルの反乱が失敗に終わったからだと、スタノヴァヤ氏は分析する。ワグネルを率いるエフゲニー・プリゴジン氏の反乱失敗で、むしろ国軍は勢いを増したのだという指摘だ。
ワグネルは6月24日の反乱失敗でその力を奪われた。国防相と参謀総長に悪態をつきまくっていたプリゴジン氏からも、罵倒が聞こえなくなっている。
プリゴジン氏については、ベラルーシにいる様子とみられる映像が19日、メッセージアプリ「テレグラム」のワグネル関連チャンネルに投稿された。
その中でプリゴジン氏は、ウクライナでのロシアの戦いぶりについて、「自分たちは一切かかわりたくない、みっともないものだ」と話している。
推定2万5000人のワグネル戦闘員のうち、約1万人はベラルーシへ移動中で、残りは「休暇」に入るのだと伝えられている。独立系メディアの報道によると、ワグネルは今後ロシア国内では存続させないと、プーチン大統領は決断したのだという。
ウクライナ国防省情報総局は、ギルキン被告の拘束を歓迎。クレムリン(ロシア大統領府)が「内部抗争の活発化する段階」に近づいている兆候だと位置づけた。







