ロシア反体制派カラ=ムルザ氏に禁錮25年 英米などが批判

Russian opposition activist Vladimir Kara-Murza sits on a bench inside a defendants' cage during a hearing at the Basmanny court in Moscow on October 10, 2022

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画像説明, ウラジーミル・カラ=ムルザ氏(2022年10月)

ロシアの反体制派活動家ウラジーミル・カラ=ムルザ氏(41)が17日、ウクライナでの戦争を批判したことに関連した罪で、禁錮25年の刑を受けた。

カラ=ムルザ氏は裁判で、国家反逆、ロシア軍に関する「虚偽」情報の拡散、「好ましくない組織」への所属の各罪状で有罪とされた。

裁判官は、厳格な矯正施設での服役と罰金40万ルーブル(約65万円)の支払いを命じた。

同氏はすべての罪状について否認していた。

禁錮25年は検察の求刑の最大限。反体制派の人物が受けた刑としては、ウクライナでの戦争が始まってから最も重いものとなった。

ロシアの裁判所では、判決と量刑を言い渡すまで長い時間がかかることがあるが、この日はわずか数分で裁判官が判決に至った。

判決には西側などから非難の声が上がっており、政権に批判的な人々を黙らせようとする当局の強い意思の表れだとの見方もある。

「自尊心がさらに高まった」

カラ=ムルザ氏はロシア系イギリス人で、ジャーナリストや政治家として活動していた。長年、ウラジーミル・プーチン大統領を批判し、ウクライナでの戦争や、ロシア政府の反体制派への弾圧にも反対していた。

同氏は先週、「自分が発したすべての言葉」を信じているとし、「後悔していないどころか誇りに思っている」と声明で述べていた。

同氏の弁護士マリア・エイスモン氏は、判決は「恐ろしい」内容だが、カラ=ムルザ氏の活動に対する「高い評価」でもあると述べた。

弁護士によると、カラ=ムルザ氏は禁錮25年の判決を言い渡された時、「自尊心がさらに高まった。私がしてきたことはすべて正しいと分かった!」と言ったという。

ロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏も、カラ=ムルザ氏の判決についてコメントし、クレムリン(ロシア大統領府)による「報復」だと主張。当局が2度にわたってカラ=ムルザ氏を毒殺しようとしたが、それを生き延びたことが背景にあるとした。

ロシアの戦争犯罪を主張

カラ=ムルザ氏は、人権侵害や汚職に関してロシア政府関係者を制裁するよう、西側政府の説得に努めていた。

1年ほど前、警官に従わなかったとしてモスクワで逮捕された。その後、より深刻な容疑がかけられた。

罪状の一部は、カラ=ムルザ氏がアメリカで昨年、政治家向けに行った講演に関するものだった。その講演で同氏は、ロシアがウクライナで戦争犯罪を犯しているとし、住宅地でのクラスター爆弾の使用や、「産科病院や学校に対する爆撃」を例に挙げた。

そうした主張に関しては独立した文書があるが、ロシアの調査当局は虚偽だとし、ウクライナの民間人は標的ではないと主張している。

別の罪状は、政治犯のためのイベントに関連している。カラ=ムルザ氏はその場で、ロシアの「抑圧的とされる政策」に言及したとされる。

Vladimir Kara-Murza awaits the verdict in his trial

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画像説明, 法廷で判決の言い渡しを待つカラ=ムルザ氏(右)

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今回の判決を受け、イギリス政府はロシア大使を呼び出し、カラ=ムルザ氏の拘束と「虐待」に関わった人々の責任を追及する方針を示した。

イギリスはすでに、今回の裁判を担当した裁判官について、以前から人権侵害に関与していたとして制裁対象にしていた。

ジェイムズ・クレヴァリー英外相は、「表現の自由などの基本的人権の保護にロシアが取り組んでいないのは憂慮すべきことだ」とする声明を発表した。

AFP通信によると、ロシア外務省は「ロシア内政への直接的な干渉」だとしてイギリスを批判したという。

国連や米国務省も判決を非難。同省はカラ=ムルザ氏を「ロシア政府のエスカレートする弾圧の新たな標的」だとした。

人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、判決の即時取り消しと、カラ=ムルザ氏の無条件の釈放を求めた。

ロシアに戻りとどまる

カラ=ムルザ氏は、ソヴィエト連邦時代の有名な反体制派の家庭の出身。父親のウラジーミル・シニアもクレムリンを批判していた。

10代で母親とイギリスに渡り、英国籍を取得。ケンブリッジ大学に進んだ。

ジャーナリズム界で働いた後、ロシアの著名な反体制派指導者で政治家のボリス・ネムツォフ氏の顧問になった。同氏は2015年にモスクワで暗殺された。

カラ=ムルザ氏は、アメリカでのマグニツキー法の成立に関わった。同法は、ロシアの人権侵害者に対する制裁措置を確実にするうえで重要なものとなっている。

2度にわたって毒殺されかけ、回復のため家族とともにアメリカに移住した。その後、ロシアに戻り、同国のウクライナ侵攻後は身の危険が高まったが、ロシアにとどまり続けた。

カラ=ムルザ氏の妻エフゲニア氏は昨年、BBCの取材に対し、「私は彼の信じられないほどの誠実さを愛するとともに憎んでいる」、「彼は(戦争反対を訴えて)街頭に出て逮捕された人たちと一緒にいなければならなかった」と述べた。

Evgenia Kara-Murza
画像説明, カラ=ムルザ氏の妻エフゲニア氏