【東京パラ】 アフガニスタンで負傷のイギリス兵、パラリンピック王者に
ケイティ・フォーキンガム、BBCスポーツ

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「今まさにこの瞬間、これが頂点だ。私がやってきた中で最高だ」
2021年8月は、ジャコ・ヴァン・ギャス(35、イギリス)がパラリンピックチャンピオンになった月として記憶されるだろう。
だが12年前の2009年8月にさかのぼると、ヴァン・ギャスは生命をかけた戦いのさなかにあった。アフガニスタンで従軍中、携行式ロケット弾(RPG)に当たって左腕のひじから下を失い、内臓に穴が開き、肺がつぶれ、破片や爆発で傷を負って、脚を骨折した。
だから自転車競技の男子3000メートル個人パシュートC3(運動機能障害)が自分にとって最高だったというコメントは、言葉通りに受け止めてもいい。素晴らしい業績だった。
しかしヴァン・ギャスの偉業はこれだけにとどまらない。北極点へのトレッキング、北米最高峰デナリ山登頂、エベレストへの挑戦、マラソン出場、ダウンヒルスキー。そして生き延びたこと。
それでも今回のパラリンピックの金メダルは、ヴァン・ギャスが何よりも望んだものだった。
「私は素晴らしいことをやってきた。その全てにそれぞれの困難があった。今日はとても厳しかった。これは間違いなく高い所にある」とヴァン・ギャスは語る。
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BBCスポーツがヴァン・ギャスに初めて取材したのは2020年1月。当時のヴァン・ギャスは、「何もかも大丈夫だと自分を納得させるには時間がかかった。なぜ自分はまだ生きているんだろうと思い悩み、死んでいればよかったと思う時もあった」と振り返った。
「けれど自分が生き延びたのには何か理由があるはずだと思うようになる」
これは彼の物語だ。
「手術台で2度死んだ。そして今はパラリンピックに」
南アフリカ出身のヴァン・ギャスは、20歳の時に所持品を全て売り払ってイギリスに移住し、英陸軍に入隊した。
パラシュート連隊を志願したヴァン・ギャスは、訓練を開始した108人中、合格したわずか22人のうちの1人だった。アフガニスタンに派遣されて2008年に最初の任務を完了し、1年後、再びアフガンに戻った。
その任務が終わる2週間前、ヴァン・ギャスの小隊は、アフガニスタンの選挙の前夜、最終段階の作戦に配備された。
「私たちは、手製爆弾(IED)の首謀者が選挙妨害を計画しているとの情報を入手した」と彼は説明した。「そこで追跡してこの男と自爆テロ未遂犯をとらえ、その装備を押収した」。
「帰り道、ヘリコプターが我々をピックアップする予定だった砂漠に差しかかると、パイロットが着陸地点に難色を示しているとの無線が入り、新しいピックアップ地点の位置情報が送られてきた。最初のピックアップ地点は確立されたルートだったが、この2番目のルートは確立されていなかった」
2人組の狙撃チームの一員として、ヴァン・ギャスは伸縮式のはしごをバックパックに取り付けて運んでいた。全てが闇に紛れて進行していた。時刻は午前零時過ぎ。ヴァン・ギャスの23回目の誕生日だった。
「30分ほど歩くと、後になってタリバンの拠点だと分かった場所に行き当たった。数人の男がパトロールしているのが見え、私たちは立ちはだかって捜索を行ったが、別の地点から銃撃された」
「これが引き金となって大規模な銃撃戦が約40~45分ほど続き、2発のRPGが撃ち込まれた。1発目は遠くで爆発したが、2発目は低く飛んで地面から跳ね上がった。この時点で私はパートナーの狙撃手をかばっていて、彼が新しい弾倉を装着している時に、このロケット弾が私に当たった」
「私が背中をよじると、ロケット弾が(はしごに)当たって爆発が起きた。自分の腕がなくなったのが分かった。相当ひどい状態だった」
ヴァン・ギャスは空路イギリスに帰国して集中的なリハビリを受けた。このけがのために受けた手術は合計で11回に上った。

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軍のキャリアが終わったヴァン・ギャスは、新たな挑戦を求めていた。それが北極点への慈善トレッキングだった。ヴァン・ギャスは、慈善団体「Walking With The Wounded」を応援する活動として、負傷した兵士でつくる男性4人のチームの一員となり、支えを受けずに305キロのトレッキングに挑戦。13日で制覇した。そのうち4日間はハリー王子が合流した。
以来、ヴァン・ギャスは立ち止まらなかった。この男は常に挑戦を求め、人生の目的と照準を与えてくれるものを必要とする。
「すごいことだと思う。自分があそこにいて、手術台で2度死んで、再び走るどころか再び歩くことができるかどうかも分からなかった」。ヴァン・ギャスはチャンネル4にそう振り返った。
「そして今、私はパラリンピックにいる。私を支え、後押しし、信じてくれる人が大勢いる。もし誰かに同じことができるという勇気を与えられるのなら、もし誰かを助けることができるなら、それは素晴らしいことだと思う」
「違う種類の頂上」
2012年のロンドン・パラリンピックに観客として参加したヴァン・ギャスは、自転車競技場の観客席で見た光景に目を見張った。それが大会に向けた自身の旅の始まりだった。
リオデジャネイロ大会は出場を逃したものの、今や3度の世界王座を手にして東京パラリンピック出場を果たし、何カ月も前に掲げた目標を達成した。
26日午前の予選では、目の前でチームメートのフィン・グレアムが、7年間破られていなかった世界記録を7秒近く更新。続いて出場したヴァン・ギャスが世界記録をさらに2秒縮めた。
決勝はイギリス勢同士の争いとなり、パラリンピック初出場のヴァン・ギャスのメダル獲得は既に確定していた。
そしてメダルの色が決まった。ヴァン・ギャスは、年下のグレアムを1秒以上引き離してゴール。ついに夢が現実になった。

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「素晴らしい1日だった。このために懸命に努力してきた。ほぼ9年の間、たくさんの浮上があったけれど、多分、下降の方が多かった」とヴァン・ギャスは言った。
「イギリス代表としてついにここ東京へ来て、優勝できたことにホッとしている」
「これは違う種類の頂上だが、到達できて本当にうれしい」
「私たちは今、頂上にいるけれど、頂上は道のりの半分でしかない。これから下りなければならない。そしての残るレースも最善を尽くさなければならない」
ヴァン・ギャスは27日に行われた男子1000メートルタイムトライアルC1-3(運動機能障害)で銅メダルを獲得。チームで出場した28日の混合750メートルチームスプリントC1-5(同)でも金メダルを獲得した。
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