IS聖戦主義者になった「典型的なアメリカ人少女」、保釈認められず
タラ・マケルヴィー、ボーア・デング、BBCニュース(ワシントン)

画像提供, Alexandria Sheriff's Office
くりっとした目の「典型的アメリカ少女」とかつて呼ばれた米カンザス州出身の女性が、イスラム系武装組織「イスラム国(IS)」で女性戦闘部隊を率いていたとして、アメリカでテロリズム罪で訴追されている。3日には、裁判開始まで勾留が続くことが決まった。
アリソン・フルーク=エクレン被告(42)は、最も幼くて6歳の子どもたちを機関銃が使えるように訓練したり、「暴力的ジハード(聖戦)」への参加を計画したりしたとして、罪に問われている。
同被告は3日、ヴァージニア州の裁判所に出廷。保釈の申請が却下された。
有罪となれば、最長40年の禁錮刑が言い渡される可能性がある。
米中西部で暮らしていた元学校教員の既婚女性が、どのようにしてテロ狂信者に変わり、ISで自らの女性部隊を指揮するまでに昇格したのかは謎だ。
フルーク=エクレン被告が10代だった1990年代に、カンザス州トピーカの学校で科学を教えたラリー・ミラーさんは、同被告がISに関与していたとのニュースにぼうぜんとしたとBBCに話した。
ミラーさんは同被告を、聡明な生徒として好意的に記憶している。ミラーさんが教員だった、授業料を取る学校に通っていたという。

画像提供, Larry L Miller

「彼女はものすごくいい生徒だった。頭がよく、ユーモアのセンスがあった」と、ミラーさんは言った。「両親もすごく彼女を支援していた」。
15年ほど前、ミラーさんはフルーク=エクレン被告からメールを受け取った。先生としてとても尊敬していたと伝える内容だった。「とてもすてきな手紙で、科学や自然が大好きだったことや、教職の学位を取ろうとしていたことが書いてあった」。
「彼女の行動から、他人を傷つけたいと思っているようだと感じたことなどなかった」とミラーさんは話した。ある日の校外学習で、同被告はトカゲを捕まえると、他の生徒たちが観察できるように気を使いながら手に持っていたという。
「あれほど自然や人を愛していた人が、どうしてあんなことをするようになったのか、理解が及ばない」。
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2012年ごろシリアに
だが数十年後、フルーク=エクレン被告はISが唱える過激主義の熱心な信奉者となったという。証人の1人は米連邦検察当局に、同被告の考えについて、「1から10の目盛りがあり、10が最も過激だとしたら、彼女は11か12」だったと述べた。
BBCが確認した公的記録や米当局によると、フルーク=エクレン被告は2000年代後半、当時の夫や子どもたちと中東で暮らし、カンザス州も訪れていた。2008~2010年には、普通の暮らしと思われる詳細をブログに記していた。
米当局によると、被告は2012年前後にシリアに密入国した。以降、テロリズムの人生となった。夫の死後、数人のIS戦闘員と結婚。女性と少女に、AK-47ライフル銃の使い方、爆弾の起爆の仕方、自爆ベルトの使い方を訓練した。
ある証人は、同被告がシリアで暮らしていたころ、当時5~6歳だった被告の子どもの1人が自宅で機関銃を抱えているのを見たと話した。
家族が連絡を拒む
3日の法廷では、イヴァン・デイヴィス判事がフルーク=エクレン被告について、保釈は認めず勾留を続ける決定を出した。裁判所として、地元コミュニティーの安全などさまざまな要素を考慮したと説明した。
デイヴィス判事によると、被告は勾留の決定に異議を唱えなかったという。
被告は今週に入り、被告の両親と成人した子ども2人が、被告による連絡行為を禁止するよう求めたと知らされた。
米連邦政府の訴追文書に出てくる協力的な証人の1人は、被告の家族の1人であることが確認されている。ただ、誰なのかは分かっていない。
「どうやってアリソンのような典型的なアメリカ少女が、殺人を欲するような人になれるのか?」と、前出のミラーさんは信じられない様子で言った。「洗脳」されたに違いない――というのがミラーさんの結論だ。










