戦場で両目と両手を失い……ウクライナの兵士が命と人生を修復する場所
オーラ・ゲリン、BBC国際担当編集委員(キーウ)
(注意: 戦場での深刻な負傷に関する写真やつらい内容が含まれます)

ウクライナがロシアに対する反転攻勢を続け、限定的な戦果を出しつつも決定的な突破口を見つけあぐねている中、ウクライナでは体の一部を失う人の数が急増している。
ウクライナ保健省によると、2023年前半だけで1万5000人が腕や脚を失った。そのうち何人が兵士なのか、同省は明らかにしない。ウクライナ政府は戦場での死傷者数を極力、公表しないようにしているからだが、1万5000人のほとんどは軍関係者と思われる。
6カ月の間に積み上がったその数は、第2次世界大戦の6年間でイギリスが経験した人数よりも多い。第2次世界大戦のイギリス軍では、兵1万2000人が体の一部を失った。
しかし、欧州で続く最新の戦争では、さらにその人数は増えるかもしれない。ウクライナのオレクシー・レズニコフ前国防相によると、ウクライナは今や世界で最多の地雷が敷設されている国だからだ。
ロシアによる戦争は次々と、ウクライナ人の手足を奪っている。まるで工場のベルトコンベアーのように、ロシアによる戦争は、壊れた体を次々と送り出している。
私たちはキーウのリハビリ施設とウクライナ南東部の病院で、手足を失った何人かの人たちに会った。


画像提供, Goktay Koraltan/BBC
夫のアンドリーさんが負傷したとき、アリナ・スモレンスカさんは、なんとしてもその枕元に早く駆けつけなくてはの一心だった。
「ただひたすら、そばにいて、彼に触れて、あなたは一人じゃないと伝えたかった」と、アリナさんは言う。「こういう状況では、支えを必要としている人には、その人の手に触るのがいいと思います」。
しかし、ようやく夫のもとへたどり着いたとき、彼の手に触れるのは不可能だとアリナさんは悟った。
「アンドリーにはもう手がないに等しかったので。なので、ただ彼の脚に触れて、話しかけ始めました」
「『家族だから。心配しないで。もちろんこれから大変なこともあるだろうけど、ずっと一緒だから』と」
その数時間前まで、アンドリー・スモレンスキさん(27)はウクライナ南部の前線で、少人数の偵察隊を指揮していた。

アンドリーさんが塹壕(ざんごう)から外によじ登ろうとした時、天地を揺るがす爆発が起きた。アンドリーさんが次に覚えているのは、病院で意識を取り戻した時のことだ。
「まるで夢みたいでした。何もかも真っ暗で」
少しずつ、自分の手が動かせないことにアンドリーさんは気づいた。何かが自分の両目を覆っていることにも。
アンドリーさんは視力と、聴力のほとんどを失った。片腕はひじの上から、もう片腕はひじの下から、失った。爆発物の破片が、皮膚の下に深く入り込んでいたため、顔を再形成するための手術が必要だった。
この爆発から4カ月後、私たちは彼が他の負傷兵と共にリハビリを続けるキーウの施設を訪れた。
アンドリーさんは細身の長身で、ユーモアにあふれている。声が少し、しわがれている。呼吸のために入れていた管を、手術でのどから取り除いたばかりだったからだ。

病室のベッドで、アリナさんは夫の隣に座っていた。頭を夫の肩に預け、彼の膝に自分の手を置きながら。二人の言葉、そして二人の笑い声は、しばしば重なり合った。アリナさんも27歳だ。小柄で金髪で、そして活力がみなぎっている。
「妻はすばらしい人です」とアンドリーさんは話した。「自分にとっての英雄です。100%、僕と一緒にいてくれる」。
重傷を負った夫が、その後の人生に対応しようと格闘し、理学療法を受け、20回以上の手術を受ける間、アリナさんはそばにいて支え続けた。手術は今後も続くという。夫ののどが渇けば、アリナさんはそっとストローをその口元に運ぶ。アンドリーさんは今では、彼女の目を通じて世界を見ている。
脳は損傷を受けずに済んだ。そのことをアンドリーさんは「神に感謝」している。陸軍での彼のコールサインは「使徒」だった。そして自分の命が助かったことは、奇跡的だったと思っている。
「心理的に厳しい経験だったけれども、自分の体は今ではこうなんだと受け入れた時、気分は良かった。そう言っていいと思う。挑戦を受けてやろうと思った」
負傷直後のアンドリーさんの昏睡(こんすい)は、3日は続くだろうと医師たちは予想していた。しかし、1日で意識を取り戻した。
「彼は頑固なんです。良い意味で」と、アリナさんは言う。
二人は2018年、夏の夕方に出会った。アリナさんは彼に一目ぼれした。「特別な人だと気づきました。とても知的で、思いやりが深い人です」。
二人ともアウトドア派で、カルパチア山脈を歩くのが大好きだった。4年前の9月に結婚した。
苦しい経験が、二人をこれまで以上に結び付けている。
「この3カ月で、前よりもずっと彼を愛するようになりました」とアリナさんはそっと笑った。「ものすごく私を奮い立たせてくれて、とても私を触発してくれるので」。
人生を一変させるような重傷の後でも、人生は続くのだと、2人は身をもって示そうとしている。
「この事態に対応するため、私たちはできる限りのことをします」とアリナさんは言う。「そして私たちの例を通じて、何でもできるのだとみんなに見てもらいたい」。
戦前のアンドリーさんは、軍隊勤務とは程遠い生活を送っていた。金融コンサルタントで、オタクを自認していた。教会で歌い、哲学の話をするのが好きだった。
しかし、2022年2月にロシアがウクライナ全面侵攻を開始すると、すぐに志願した。彼にとってこの戦争は、善と悪の戦い、「価値観の戦争」なのだ。

彼の闘いは、今ではジムで続いている。体力を回復し、平衡感覚を取り戻すため、毎日2時間のトレーニングをしているのだ。
そして、アンドリーさんは新しい使命を担うことにした。自分の後に、自分と同じような目に遭う人たちを、助けるつもりだ。
「ウクライナでこれほど多くの人が四肢を失い、視力を失うのは、初めてのことです」
「この国の医療体制はある意味で、それに対応する準備ができていない。中には本当に複雑な状態でここに来る兵士もいます」
そして、ウクライナで手足を失う人は、増え続けている。地雷がひとつ爆発するごとに。砲弾がひとつ、破裂するごとに。

キーウを遠く離れ、前線に近い南東部の病院で私たちは、負傷して間もない人たちを目にした。
日が落ちて闇が迫るなか、ウクライナの若者を乗せて、救急車が次々と病院に到着した。
低体温症を防ぐため、金色のアルミホイル毛布にくるまれた若者がいた。別の若者は片脚を失い、傷口を包帯でぐるぐる巻きにされていた。彼の命を救うため、切断手術は戦場のすぐそばで、大急ぎでやるしかなかったのだ。
到着した負傷者の上半身に、数字が描きこまれる。混乱はない。叫び声もない。
ここのスタッフは、何をすべきか熟知している。戦争が始まって以来、これまでに2万人もの負傷兵を手当てしてきたのだし、その人数は増える一方だ。
「ここが、私たちの前線です」。麻酔科医のオクサナ医師は言う。
「やるべきことをやるまでです。私たちの夫で父で兄弟で息子の、この国の男たちのため」

画像提供, Goktay Koraltan/BBC
集中治療室で、私たちはオレクシーさんに出会った。軍の認識票をまだ首にしている。38歳で、10代の子供がいる。ほんの数日前に両脚を失った。
「塹壕に入ったのを覚えている。たぶん、わなの仕掛け線があったんだと思う。それを踏んでしまった。大爆発があって、仲間が自分を助け出そうとしていたのを覚えている」
院長のセルヒー医師は、父親のような頼もしい存在だ。オレクシーさんの手を取り、君は英雄だと語りかけた。
「すぐに義肢をつけて走れるようになるまで、全力を尽くすから」
重傷の負傷兵が次々と押し寄せてくる毎日に、押しつぶされそうにはならないかと尋ねてみた。
「その気持ちは決まって、夜になるとこみあげる」とセルヒー医師は答えた。
「これほどの悲しみ、これほどの負傷者が病院に運ばれてくる。この戦争を通じて私たちは、オレクシーのような患者を2000人以上みてきた」
キーウのリハビリ施設では、アンドリーさんとアリナさんが闘いを続けている。本当につらい気持ちは、他人には話さない。
アンドリーさんの回復ぶりは、医師団を驚かせている。白い杖を手で持てないので、杖をついて歩くことはできないだろうと医師たちは考えていた。しかし、アンドリーさんは杖の上のひもを歯で挟んで、杖を使って歩く方法を自ら見つけ出した。

画像提供, Goktay Koraltan/BBC
声の張りも少しずつ戻っている。いずれ教会で再び歌い、アリナさんと山歩きをしたいと願っている。
アリナさんはと言えば、技術の進歩によってアンドリーさんの視力がいつか回復すればと期待している。「それに子供が何人か欲しいし」とアリナさんは笑い、「平和なウクライナで家を持ちたい」とも話した。
アリナさんは、たとえばアメリカなど外国で夫が治療を受けられないか、その方法を模索している。アンドリーさんのような複雑な症例の治療経験が豊富な、専門医の治療を受けられればと。
いま一番つらいことは何かと尋ねると、アンドリーさんはしばし黙り込んだ。
一番つらいのは自分のけがではないのだと、答えが返ってきた。それよりもつらいのは、自分がやり始めたことを、やり遂げられないことだと。つまり、戦争に勝つという目的を、自分が果たせないことだと。


リハビリ施設の外に出ると、ほかの入所者が数人集まり、たばこを吸い、塹壕での経験を話し合っていた。全員、脚を失っている。
明るい陽光の中、全員の車いすが半円を描いてきらきらと光る。
手足を失った負傷への人数を、政府は少なめに発表していると、負傷兵の一人は話した。この人は、匿名を希望した。
「政府が言う3倍はいるはずだ」と、彼は強調した。
「政府は、自分たちを隠したい、見えなくしたいんだ。重傷者が本当はどれだけいるのか、知られたくないんだ。志願者が減るのが怖いんだ」
軍からはわずかな給与が支給されるのだという。
「ひと箱8本入りのたばこなら買えるよ」と、この兵士は苦々しく笑った。

これほどの犠牲を、ウクライナはいつまで耐えられるのか。これほどの犠牲を出しながら、いつまで戦えるのか。そして、体の一部を失った負傷者が増え続ける中、当人たちはどうやって一般市民としての暮らしに戻るのか。
戦争が始まって2回目の冬が近づく中、ウクライナは厳しい課題に直面している。
「体が不自由な人が大勢いて、街中を行きかい、この国で暮らす。そのことについてこの国では間違いなく、準備ができていません」と、負傷兵のリハビリと義肢装着を支援する「スーパーヒューマンズ」施設のオルガ・ルドネヴァ最高経営責任者(CEO)は話す。
「日常的にどうやって関わっていくのか、みんな学ばなくてはならない。それには何年もかかる」
オルガさんが代表を務める最新設備のリハビリ施設は、ウクライナ国内では比較的安全な西部リヴィウにある。兵士や民間人に、無料で義肢を提供している。
体の一部を失った人たちが周りから見える形で存在する社会を、オルガさんは願っている。ウクライナに新しい美の基準が生まれることも。
「これが私たちの新しい普通です。その人たちは、ウクライナと私たちの自由のために戦って、手足を失ったんですから」
追加取材:ヴィツケ・ブレマ、ナタルカ・ソスニツカ











