徳島の山あいの町、日本のシリコンバレーになるか 起業家育成の高専が開校へ
大井真理子、BBCニュース、徳島

日本が海外に遅れをとる起業家精神。岸田文雄内閣は2022年を「スタートアップ創出元年」とし、新興企業を5年で10倍に増やすと宣言した。しかしアントレプレナー(起業家)育成のための新しい学校が、四国の徳島県に生まれるとは想像した人は、日本でもおそらく少ない。
高齢化と過疎化が進んで半世紀以上たつ徳島県神山町。人口が5000人を切り、そのうちの半数以上が高齢者だ。しかしもうすぐ数十人の若い住人を迎え入れる。
15歳から20歳が通う、起業家育成の学校「神山まるごと高専」(仮称)が来年4月にオープンするからだ。生徒はエンジニアリング、プログラミング、デザイン、マーケティングなどのビジネススキル、また資金調達などを学ぶ。男女は半数ずつにする方針だ。
発案者は東京のITベンチャーSansanの寺田親弘社長。名刺などのDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進してきた。

しかし東京出身の寺田さんは、なぜ神山町を選んだのか?
「最初に聞いたストーリーは、徳島県神山町っていう田舎町がおもしろいと。2010年くらいだったんで、光ファイバーが古民家に張り巡らされていてネット関係が充実していると」
ふらりと訪れ、この町の発展をけん引してきたNPOグリーンバレーの理事長の大南信也さんに会い、サテライトオフィスを開きたいと提案する。
「自分が拠点を置きたいとか言ったら怒られるんじゃないかなと、町の役に立ちますって言わないと成り立たないのかなと思っていた」と、寺田さんは言う。
大南さんには、「ちょっと働く場所の実験をしたい、僕らも何ができるのか分からないんですけれど、もしかしたらパソコン教えたりはできるかもしれません」と持ちかけた。
しかし返ってきた答えは予想外のものだった。
「彼は『そんなのはいらない』と。『SansanというITの会社の本業がこの田舎町でも成り立つと証明してくれたらそれでいいよ』と言われて、肩の力が抜けました。古民家を紹介され、じゃあそこでやってみようって始めたのがきっかけです」
今回の取材では、大南さんに話を聞くことができなかった。
Sansanが2010年にサテライトオフィスを設けた後、神山町は「サテライトオフィスのメッカ」のようになる。

「直接的に仕掛けたつもりはないんですけれど、見ていておもしろいな」と思ったと、寺田さんは言う。
その後、「ビジネスでは届かない社会課題に、自分なりにやるべきことはないかなと煮詰めていった時に、まぁ教育だなと、学校だな」と気づく。
「学校って言ったらエンジニアが足りない、テック人材が足りない、アントレプレナーシップをもっと教育の内側で教えられるべきなのに、そういうことが起きていない。高専がおもしろい。これを神山でやったら何か起きるんじゃないかな」。寺田さんがそう考えたのは2016年のことだっだ。
「僕自身は起業家としてやっていますけれど、いわゆる大学までの教育の内側でそれに資するものを習った記憶がない」
寺田さんは、この学校を始めるため、去年1年で約250回のスピーチを各地でこなし、ふるさと納税を通じて20億円の寄付を集めた。
その結果、今は30社以上がサポート。日本企業がほとんどだが、国際会計事務所大手デロイトなどからも寄付が寄せられている。すでに学費無償化が発表されている第1期生40人の枠に、500人以上が説明会に参加し興味を示している。

今まで日本のエリートコースは、大学を卒業し、大企業に就職することだった。しかしそのメンタリティーは変わってきていると寺田さんは言う。
「優秀な子は起業する前提でやっていると思います。今時、いい会社入って、などとは、トップノッチ(最高レベルの人たち)はそんなこと考えていない」
日本政府のスタートアップ政策にはさまざまな批判もあるが、寺田さんは前向きだ。
「国がそういうことを言うことが、日本人の国民性としてとても大事」だと言う。
高齢化社会の現実から起業
日本のベンチャー企業というとハイテクを想像する人も多い。政府のスタートアップ育成プログラムも、東京や大阪などの大都市のIT企業が大多数を占めると予想されている。
しかし日本は世界一の高齢化社会でもある。
デジタル化が進む中、人口の約3割を占めるお年寄りの多くが取り残されているのも現実だ。
スマートフォンについて「よう使わん」と言うのは、高専の建築現場から車で数十分の、同じく神山町に住む83歳の佐々木さん(フルネームを出すことは望まなかった)。
毎週土曜日、自宅の外で3人の友人と移動スーパー「とくし丸」を待っている。

高齢者の買い物を支援する徳島発のベンチャー企業「とくし丸」は、日本全国で200億円の年間流通総額を誇る。利用者の9割は80代以上。創業した10年前はたった2台だった販売トラックは、今年1000台を突破した。
佐々木さんのエリアを担当するのは岸本純一さん(38)。毎週土曜日に訪れ、注文はオンラインではなく、口頭で受ける。
「毎週買うもんは、言うといたら決まってだいたい覚えとってくれるからね」と常連の佐々木さん。「土曜日に来てくれるから、日曜日に孫が来たりする時には、別にお魚持ってきてねって言うこともある」。
この地域には、夫が亡くなった後に1人暮らしをしている人も多く、毎週の買い物で、お友達とおしゃべりできるのも楽しいと言う。
担当の岸本さんは、「以前は介護の仕事だったんですけれど、まだ家でも生活できるんやけど、食事が心配で施設に(移る)っていう方が多くて、それをどうにか止めれんかなと。できるだけ自宅で、住み慣れたところで生活をしていただきたいなっていうところで、お手伝いできることはないかなと思った時に、とくし丸を知ってね、自分もやってみたいなと思ってこの仕事をさせていただくことになりました」と言う。

とくし丸を創業した住友達也さんは、自身の80代の両親や近所の友達が毎日の買い物に苦労しているのを見て、「需要はあるのに、誰も解決策を提示していない」と気づき、「これから20年、30年、絶対市場は伸びる」と思ったと言う。
しかしアナログなビジネスも、もうすぐ転機を迎える。今、アプリを開発中だ。
「今70代後半に差し掛かった団塊の世代が、今後どんどん我々の市場に入ってきます。ITリテラシーがしっかりされていて、パソコンもスマホも使える世代なんですね。なのでインターネットを使ったネット通販と移動スーパーを合体したようなイメージのものに変化していかないと生き残れないんじゃないかなとは思っています」
自らをシリアルアントレプレナー(連続起業家)だと言う住友さんは、来春、神山町で開校する高専に大きな期待を寄せる。
「大南さんがすごいんです。小さな町では1人が大きな変化をもたらすことができる」と言う。
大南さんと寺田さんが追う「神山町からシリコンバレーを生み出す」という夢。
強引とも思えるような目標だが、故郷の再生を願った大南さんのビジョンは、今この町に想像できないほどの夢と可能性をもたらしている。









