【評伝】 イスラエルを作り変えた「やり手」 ネタニヤフ氏退陣
ヨランド・ネル、BBCニュース(エルサレム)

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ベンヤミン・ネタニヤフ氏(71)はかつて、「イスラエルの王」、「偉大な生存者」と呼ばれていた。「ビビ」という愛称も持つネタニヤフ氏はイスラエル政治を独占し、一時代を築き上げた。
好戦的な態度で知られ、イスラエルで最も長く首相を務めたネタニヤフ氏は、同国が右派とナショナリズム(国家主義)に傾いていく中で重要な役割を果たした。
外交面でも、ネタニヤフ氏はイスラエルの顔だった。アメリカの発音の英語を流暢(りゅうちょう)に話し、自国を実際の大きさ以上に押し上げていた。
ある伝記作家は、イスラエルをパレスチナとの長年の紛争という側面だけを通して見ることから、「完全にパラダイム転換させた」ことが、ネタニヤフ氏の功績の主要部分だと指摘している。
「Bibi: The Turbulent Life and Times of Benjamin Netanyahu」の著者アンシェル・プフェッファー氏は、「(パレスチナ問題は)中東の問題全てを解決するカギだと思われていた」と話す。
「それが根底から覆された」
「この紛争解決から最も遠ざかったにも関わらず、(ネタニヤフ氏は)アラブ諸国と4つの合意を交わした。イスラエルは世界各国との関係を改善し、新型コロナウイルス以前は10年にわたって経済成長を続けた」
最年少の指導者
ネタニヤフ氏がイスラエル史上、最年少の首相となったのは今から四半世紀前の1996年だ。労働党のシモン・ペレス党首(当時)に僅差で勝利した。
この総選挙は、前任のイツハク・ラビン首相暗殺からわずか数カ月後に行われた。ラビン氏はパレスチナとの和平交渉に臨み、歴史的なオスロ合意を結んだが、和平反対派の青年に暗殺された。
ネタニヤフ氏はこの選挙で、和平交渉はイスラエルの安全保障を脅かすとして、強く反対する姿勢を押し出していた。

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しかし就任後はアメリカの圧力に屈する形でパレスチナ指導者との合意に調印。究極的にはこれが、右派としての第1次ネタニヤフ政権の崩壊につながった。
退陣後もネタニヤフ氏は所属政党リクードで存在感を維持し、2000~2005年の第2次インティファーダ(イスラエルの軍事占領に対するパレスチナの抵抗活動)の期間には閣僚を務めた。
安全保障においては強硬姿勢を強め、パレスチナへの譲歩に反対。当時のアリエル・シャロン首相が進めたパレスチナ自治区ガザ地区全域とヨルダン川西岸の一部地域からの撤退にも猛反発した。
和平交渉の停滞
2009年に政権に返り咲くと、ネタニヤフ氏はパレスチナが非武装化しイスラエルをユダヤ人国家と認めることなどを条件に、パレスチナ人国家の独立を容認する考えを示した。
パレスチナの指導者はこうした条件を拒否した。ネタニヤフ氏の在任期間中、イスラエルはヨルダン川西岸地区での存在感を増していった。
この間、パレスチナとの交渉はほとんど棚上げ状態になった。

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ネタニヤフ氏は、この紛争を安全保障補問題として取り扱いたいと思っていた。支持者も、平和のためにパートナーは要らないと主張した。
ガザ地区の武装勢力ハマスとイスラエルとの戦闘は続発し、犠牲者も出た。2014年には、ガザ地区からイスラエル南部へのロケット弾攻撃に対しイスラエルが大規模な攻撃を仕掛けた。この攻撃で多くのパレスチナ人が殺されたことに国際的な批判が巻き起こった。
そしてこの出来事が、イスラエルと長年敵対関係にあるイランと交渉を進めていたバラク・オバマ米政権(当時)との緊張を高めることになった。

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2015年、オバマ政権はイランの核開発を阻止するための交渉を主導した。ネタニヤフ氏はこれに対し、招待されたアメリカ連邦議会で批判演説を行ない、オバマ大統領の怒りを買った。
ネタニヤフ氏は上下院両議員に対し、交渉中の合意は「イスラエルだけでなく世界全体の平和を脅かすものだ」と述べた。
トランプ政権とのパートナーシップ
しかし、アメリカというイスラエル最大の同盟国との関係は、間もなく劇的に変わることになる。
ネタニヤフ氏は、オバマ氏の後任のドナルド・トランプ大統領(当時)を、歴代の米大統領の中で「最高の友人」と呼んだ。
トランプ政権は2017年にエルサレムをイスラエルの首都として正式に認めると発表。翌2018年には米大使館をテルアヴィヴからエルサレムへと移し、アメリカが長年が継続してきた政策を転換した。
イスラエルはかねてエルサレムを首都と主張してきたが、パレスチナは東エルサレムを将来建設する国家の首都にするとしている。国際社会はエルサレムに対する主権をイスラエルに認めておらず、これまですべての国が大使館をテルアヴィヴに置いてきた経緯があった。
トランプ政権のこの転換により、アメリカとパレスチナの協力関係は崩壊した。

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アメリカはこの年、2015年のイランとの核合意からも離脱し、ネタニヤフ氏はこれを絶賛している。
トランプ氏が発表したイスラエルとパレスチナの和平案は、支持者からは「世紀の協定」と称賛されたものの、イスラエルに有利な内容に偏っていた。この和平案が施行されることはなかった。
一方この時期、ネタニヤフ政権はアメリカの仲介でアラブ首長国連邦、バーレーン、スーダン、モロッコのアラブ連盟4カ国と国交正常化を実現させた。
汚職疑惑の裁判
国際舞台での成功とは裏腹に、ネタニヤフ氏の国内での問題は膨らんでいった。
ネタニヤフ氏は全ての疑惑を否定しており、裁判は政治的な魔女狩りだと批判している。

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イスラエルはこの件について二極化が加速している。最近行われた公判の際には、ネタニヤフ氏の支持者と抗議者がそれぞれデモを行った。
ネタニヤフ氏に反対するヌリット・ジルさんは、「彼は司法の手を逃れるためにできる限りのことをして、そのためなら900万人の市民の暮らしを台無しにしてもいいと思っている」と話した。
一方、ネタニヤフ氏を支持するショシャナ・イディシスさんは、「ネタニヤフが唯一無二の指導者だと信じている」と語った。
「彼は完璧ではないけれど、言われているようなことはやっていない」

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多くのイスラエル国民にとって、ネタニヤフ氏をめぐる法的手続きの長期化と政治の停滞は連動した問題だ。同国では過去2年で4回の総選挙が行われたが、いずれも第一党による政権樹立には至らなかった。
現地紙「タイムズ・オブ・イスラエル」のタル・シュナイダー政治担当編集委員は、今年3月に行われた総選挙の後に「まったくおかしな話だ」と話した。
「1948年の国家樹立以来、こういうことは経験したことがない」
「みんな本当に疲弊している。もちろん問題になっているのは、機能する政府なしに、予算やきちんと機能するサービスはありえないということだ」
野党の結束、そして退陣へ
今回発足したぜい弱な新政権が、ナフタリ・ベネット首相が約束したようにイスラエルを「元の軌道に戻せる」のかどうかは今後次第だ。
主義主張が多様な8政党は、ネタニヤフ氏によるイスラエル分裂の影を払拭(ふっしょく)するために結束した。
しかし、そのイデオロギーの違いは深い。多くの難しい問題をやぶの中に葬らなければならないだろう。

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ネタニヤフ氏は退陣後もリクードの党首に残る意向を示している。リクードは現在、イスラエル議会の4分の1の議席を占めている。
熟練の政治的ストラテジストとして、ネタニヤフ氏は野党の立場から連立政権の弱点を突こうとするだろう。
新首相への批判はすでに始まっている。ネタニヤフ氏はかつての側近だったベネット氏が「100年に一度の詐欺」を働いて左派政府を作り上げ、イスラエルを危機に陥れる可能性があると非難した。
かつての王は、王冠の奪還を諦めていない。









