ゼレンスキー氏、黒海のズミイヌイ島を訪問 マリウポリの司令官たちトルコから帰還

画像提供, Telegram
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はロシアによる侵略戦争の開始500日となる8日、昨年の開戦から間もなくロシア軍艦への降伏を拒み、ウクライナによる抵抗のシンボルとなった黒海の島、ズミイヌイ島(英名スネーク島)を訪れた映像を公開した。大統領は同日、訪問先のトルコから、南東部マリウポリの攻防戦でロシアの捕虜となったウクライナの司令官たちを、連れて帰ったと発表した。
ズミイヌイ島はウクライナ南部オデーサ州の沖合にある戦略的な拠点。ロシア軍艦は開戦初日の昨年2月24日に同島に接近し、島を守るウクライナの警備隊に向かって「武器を捨てなければ爆撃する」などと告げた。これに対し、警備隊は「ロシア軍艦、くたばれ」と答えた。警備隊によるロシア軍艦への悪態は、そのままロシアへの抵抗を象徴するフレーズとしてウクライナ内外で広く使われるようになった。
ズミイヌイ島はこうして開戦から間もなくロシア軍に占拠されたものの、昨年6月にはウクライナ軍が奪還した。
ゼレンスキー氏は8日新たにソーシャルメディアに投稿した動画で、政府幹部と共に小型ボートでズミイヌイ島へ上陸。二度と征服されることのない「勝利の場所」と島を呼び、ロシアが奪ったウクライナの領土をすべて奪還することの証明だと呼んだ。
記念碑にウクライナ国旗の色の花束を手向けたゼレンスキー氏は、「この勝利の場所から、私たちの兵士全員にこの500日間について感謝したい」と動画で述べた。

画像提供, UKRAINE PRESIDENTIAL PRESS SERVICE

画像提供, UKRAINE PRESIDENTIAL PRESS SERVICE
マリウポリの司令官たち帰還
ゼレンスキー大統領は同日、トルコを訪れレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と会談後、昨年春の南東部マリウポリ攻防戦でアゾフスタリ製鉄所に籠城(ろうじょう)して抵抗を続け、ロシア軍の捕虜となった司令官5人と共に帰国したと発表した。
アゾフ連隊の司令官たちは、大規模な捕虜交換の一環として昨年9月、ロシアの拘束下から離れてトルコに留め置かれていた。司令官たちがトルコにとどまることが当初の捕虜交換の条件だったため、今回の帰還がどのような取り決めて実現したのかは明らかになっていない。

画像提供, UKRAINE PRESIDENTIAL PRESS SERVICE
これについてロシア政府のドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、捕虜釈放の通知をロシア政府は受けていないと話した。ロイター通信が伝えた。
「誰も我々に連絡してこなかった。(捕虜交換の)合意では、あの首謀者たちは紛争が終わるまでトルコ領内にとどまることになっていたはずだ」と、ペスコフ報道官は話した。
ペスコフ氏は、トルコ政府が捕虜釈放に応じたのは、リトアニアで11~12日に開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に向けて、トルコに圧力がかかったからだろうと述べた。
開戦500日、9000人以上の民間人犠牲に
ウクライナで活動する国連人権監視団のノエル・カルフーン副代表は、開戦500日は「ウクライナの民間人に恐ろしい犠牲を強いている戦争にとって、またしてもひとつの一里塚」だと述べた。
国連の推計では、子供約500人を含む9000人以上の民間人が開戦以来、犠牲になっている。ただし、実際の人数はこれよりはるかに多い可能性もあると国連は指摘する。
リトアニア・ヴィリニュスで近く開かれるNATO首脳会議では、ウクライナでの戦争が主要議題になる見通し。それに先立ちゼレンスキー大統領は、トルコのほか複数の加盟諸国を歴訪したのち、8日に動画を公開した。
ゼレンスキー氏はさらに、アメリカ政府がウクライナにクラスター弾を供与するという決定に対して、「タイムリーで、大規模で、なんとしても必要な防衛支援パッケージ」についてアメリカ国民とジョー・バイデン大統領に感謝するとツイート。これによって「ウクライナが勝利に近づき」、「平和が近づく」と書いた。
クラスター弾は、1つの爆弾から多数の小型爆弾が飛び散る兵器。殺傷力が高く、不発として残った一部が民間人に危害を及ぼす危険があることから、100カ国以上で使用が禁止されている。このため、アメリカ政府の決定についても批判の声が多く上がっている。

ウクライナは6月にロシアへの本格的な反撃を開始したものの、その進展のペースは期待したよりも遅いとゼレンスキー氏は認めている。ウクライナ軍による反転攻勢は東部ドネツク州や南東部ザポリッジャ州に集中している。バフムート市の周辺でもわずかながらウクライナ軍が前進しているとされる。
他方、ロシア軍はミサイルやドローンによる攻撃を続けており、8日にはドネツク州リマンで少なくとも8人が死亡した。
リマンは鉄道の要衝で、侵攻開始直後にロシアに制圧されたものの、昨年10月にウクライナが奪還した。








