【ルポ】 赤ちゃんも犠牲に、イスラエル国境の集落 ハマス戦闘員が民間人を虐殺

ジェレミー・ボウエン、国際編集長(イスラエル南部)

(注意:この記事には読んでいてつらいと感じるかもしれない、詳細描写が含まれています)

動画説明, ハマス掃討後のイスラエル集落で……BBC記者がイスラエル軍に同行取材

パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム武装組織ハマスが、7日早朝から仕掛けたイスラエルへの奇襲攻撃は、双方の軍事衝突に発展した。イスラエル南部のキブツ(農業共同体)、クファール・アザの状況は、この数日間の戦闘の縮図であると同時に、今後の展開を予感させるものになっている。

ガザ地区との境界沿いにあるクファール・アザでは、10日朝まで戦闘が続いていた。この集落では7日早朝にハマスがガザ地区からイスラエルに侵入した当初、多くの住民が殺害された。その遺体の収容が、10日午前になってようやく進められている。

1日の大半をここの廃墟で過ごし、民間人の遺体を次々と収容したイスラエル兵たちは、ここで起きたのは虐殺だと口々に語った。殺害のほとんどは、7日の攻撃開始から数時間のうちに起きたとみられる。

イスラエル軍は不意を突かれ、このキブツに到着するまでに12時間を要したと、第71部隊の副司令官ダヴィディ・ベン・シオン氏は述べた。空てい部隊のベテラン隊員で構成される同部隊が、集落奪還作戦の先陣を担った。

「多くの親子を救えてよかった」。ベン・シオン副司令官はこう話した。「残念ながら、火炎瓶で焼かれた人もいた。(ハマスは)かなり攻撃的で、まるでけだものだ」。

副司令官は、赤ちゃんがいる家族を殺害したハマス戦闘員らについて、「武器も何も持たない、朝食を取りたいだけのごく普通の市民を皆殺しにする、ジハード(聖戦)マシーン」だと非難した。

犠牲者の中には、首を切り落された人もいたという。

「(ハマスは)市民を殺し、そのうちの何人かの首を切り落とした。見るのも恐ろしい、ひどいことだ。どういう相手が敵で、自分たちの任務は何なのか、我々は忘れてはならない。私たちの任務は、正義の任務だ。世界は正義を必要としていて、全世界が私たちを支える必要がある」

別の将校は、血にまみれた紫色の寝袋を指差した。腫れたつま先がのぞいている。この寝袋の下の女性は、自宅の前庭で殺されて首を切断されたのだという。私は、女性の遺体を調べるために寝袋をどかしてほしいとは、あえて言わなかった。数メートル先ではハマス戦闘員が、黒く膨れ上がった遺体になって横たわっていた。

Homes attacked in Kfar Aza kibbutz

画像提供, Oren Rosenfeld

画像説明, クファール・アザの住宅は完全に破壊された

ハマス戦闘員は各地で、戦争犯罪を繰り広げた。かなりの証拠が既に積みあがっており、クファール・アザでも同様だ。近隣の他のコミュニティーと同様、このキブツもいきなり襲われた。

クファール・アザの最初の防衛線は、軍務経験のある住民で構成された警備隊だった。警備隊は普段は、周囲のパトロールを行っていた。この人たちは、襲いかかるハマスと戦い、死亡した。

警備員の遺体は10日朝、キブツの中心部から運び出された。ほかのイスラエル人犠牲者と同じように、黒いビニールに包まれ、担架で駐車場まで運ばれると、収容を待つ列に並べられた。

Israeli soldiers move bodies in Kfar Aza kibbutz

画像提供, Oren Rosenfeld

画像説明, イスラエル南部のキブツ(農業共同体)クファール・アザで遺体を運ぶイスラエル兵

2007年にハマスがガザを掌握して以来、イスラエル国境にあるコミュニティーの住民は、ガザからロケット攻撃が定期的に来るものと、それは承知していた。イスラエル建国初期の開拓者精神が残る結束の固い田舎暮らしの代償として、ハマスによる危険の可能性を住民は受け入れていた。

ハマスによるロケット弾の脅威はあるものの、クファール・アザなど境界沿いの集落住民は、質の高い生活を享受していた。そして、このキブツの民家や緑地や広い野原から、コンクリート製のシェルターはすぐそこだった。

全ての家に強化された避難部屋があり、外にはテラスやバーベキューのスペース、子供のためにはブランコもあった。空気も新鮮だった。

しかし、ここクファール・アザでも、イスラエルの他の場所でも、ハマスがイスラエルの防衛網を突破してこれほど多くの人を殺害するとは、誰も想像していなかった。

イスラエル人の今の恐怖と怒りには、国民を守るという基本的な義務を国家と軍が怠ったことへの、信じがたい気持ちが入り混ざっている。

あまりに大勢を殺害したハマス戦闘員の遺体は、集落の茂みや側溝、広大な芝生の上などにそのまま放置され、太陽の下で腐敗が進んでいる。

こうした遺体の近くには、境界を突破してキブツに突入する際に使用したオートバイが残されている。イスラエルの防衛線を上空から突破するのに使われたパラグライダーの残骸も、道路から花壇の上へとどかされていた。

Homes attacked in Kfar Aza kibbutz

画像提供, Oren Rosenfeld

画像説明, イスラエル兵は、犠牲者の中には首を切断された人もいたと話した。画像はハマス戦闘員に襲われた住宅

境界沿いの他の入植地と同様、クファール・アザでもイスラエル軍が奪還のために激戦を強いられた。

私たちが10日朝にこのキブツの入り口に接近した時はまだ、周囲に数百人のイスラエル軍兵士が配備されていた。無線のやりとりも聞こえた。

司令官の一人は、ガザ地区の建物に発砲するよう指示を出していた。その直後に、境界線から直接ガザに向けて、自動小銃が発砲された。

私たちがクファール・アザにいる間、ガザからは空爆の鈍い衝撃音が絶え間なく響いていた。

イスラエルでは7日に、あまりに多くの国民が殺された。そしてイスラエルは今では、集団的トラウマに苦しんでいる。

一方でガザでも、民間人が何百人も殺されている。国際人道法は、全ての戦闘員は民間人の命を保護しなければならないと、明確に定めている。

ハマス戦闘員による何百人もの市民の殺害が、戦時国際法への重大な違反であることは明らかだ。イスラエル側は、ハマスが民間人を殺害する方法と、パレスチナ側の市民がイスラエルの空爆で死亡している方法は、比較すべきではないとしている。

キブツ奪還作戦を指揮したイタイ・ヴェルヴ少将は、イスラエルは戦争法上の義務を尊重していると主張した。

「我々は自分たちの価値規範と文化のために戦うと、私は確信している。(中略)我々はとても激しく、とても強力に戦う。しかし、自分たちの道徳と価値規範は守り続ける。我々はイスラエル人で、ユダヤ人なので」

ヴェルヴ少将は、戦争法に基づく義務を守り続けていると強調した。

しかし、今後さらに多くのパレスチナの住民が命を落とすにつれて、イスラエルは間違いなく、ますます強い批判にさらされることになるだろう。

Israeli troops stand guard outside Kfar Aza kibbutz
画像説明, イスラエル兵はいまもクファール・アザの周囲を監視している

これが、クファール・アザで垣間見ることのできる未来の一端だ。名前を明かさないことを条件に、話をしてくれた兵士の心構えも同様だ。ほかの多くのイスラエル人と同様、この戦いの最初の数日間での経験と、自ら目にしたことが、彼の戦う決意を固くした。

現場に到着した時、「どこもかしこもカオスでテロリストだらけ」だったと、この兵士は話した。

どれほど大変な戦闘だったのかと、私は聞いた。

「想像もつかないでしょう」と、兵士は答えた。

兵士としてこのような経験をしたことはあるのか、私は尋ねた。

「こんなことは経験がない」

次はどうなるのか。

「わからない。言われたことをやるだけだ。中に入れるといいと思う」

ガザの中へ? そうなれば、厳しい戦いになる、と私は言った。

「ええ。その準備はできている」と、兵士は答えた。

Israeli tanks near Kfar Aza kibbutz

画像提供, Oren Rosenfeld

画像説明, イスラエル兵がクファール・アザに到着した時は、ハマスの戦闘員が至る所にいたという。画像はクファール・アザ近くで戦車に乗るイスラエル兵

兵士の大半は予備役部隊の出身だ。イスラエルでは歴史的に、兵役は国造りの重要な一部と考えられてきた。その経験が、まとまりを欠きがちな国を結束すると。

クファール・アザでの戦いで第一陣を率い、ハマスが残した虐殺現場を目にした前出のベン・シオン副司令官は、イスラエル国民が政治的には深く分断していると認めた。しかし、攻撃されている今は、団結しているとも力説した。

地中海地方の秋はまだ暑い。その陽光の下、腐敗する人体の強烈な臭いが漂っていた。遺体を運び出す兵士たちは、不発弾が残されていたり、爆発物が仕掛けられたりする危険を警戒しながら、廃墟と化した民家の合間を注意深く歩いた。ある家の庭の小道には、手投げ弾が転がっていた。

遺体の収容作業中には時折、ハマスのロケット弾の発射を知らせる警報が鳴り、そのたびに兵士は身を隠した。

私たちがクファール・アザを離れようとするその時にも、警報は続いた。