現存するイギリス最古のインド料理店、閉店危機に 店と支持者たちがチャールズ国王に救済要請

イギリス・ロンドンで来月に創業100周年を迎えるインド料理店が、閉店の危機に直面している。店と支持者たちは24日、現存するイギリス最古のインド料理店が閉店してしまわないよう、チャールズ国王に支援を求める請願書をバッキンガム宮殿に提出した。インド料理店が入るロンドン中心部の建物は、英王室の資産運営を担当する「クラウン・エステート」が所有している。
インド料理店「ヴィーラスワミー」は1926年3月の創業以来、ロンドン中心部にあるリージェント・ストリートの建物「ヴィクトリー・ハウス」で営業してきた。第2次世界大戦中のナチス・ドイツによる大規模空襲の最中も、食べ物を提供し続けた。
ヴィーラスワミーの共同経営者ランジット・マスラニ氏は、同レストランを「消滅から」救うのを助けてほしいと、国王に訴えている。物件の賃貸契約を更新しないという所有者「クラウン・エステート」の決定は「短絡的」だと、マスラニ氏は述べた。

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クラウン・エステートは、「ヴィクトリー・ハウス」からレストランの退去を求める決定について、「軽々に決めたものではない」としている。バッキンガム宮殿は声明で、この決定はクラウン・エステートの所管事項だと述べた。
クラウン・エステートはイギリス財務省管轄の不動産会社で、その利益は財務省に納められる。
「ヴィーラスワミー」存続を求める嘆願書には2万筆超が集まり、レイモンド・ブラン氏、ミシェル・ルー氏、リチャード・コリガン氏ら著名なシェフも署名している。
嘆願書は国王に対し、「歴史的な施設を保護」し、印英の文化的つながりの象徴」を救うよう求めている。

マスラニ氏は、「100年の歴史がゴミ箱に捨てられる」ような感覚だと話した。
そして、「クラウン・エステートはまるで、ポリスチレン製の礼儀正しさで覆われた、レンガの壁のようだ」と付け加えた。
「我々と話し合い、理性的に対応し、議論をするよう、国王にクラウン・エステートを説得してもらいたい」とも、マスラニ氏は述べた。

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マスラニ氏の妻でレストランを共同経営するナミタ・パンジャビ氏は、「ヴィーラスワミーは故エリザベス女王のために、バッキンガム宮殿で2度、ケータリングを担当したこともある」と話した。
「1度目は2009年のインド大統領訪問時、2度目は2017年のインド独立70周年記念の時だった」
「こうした経緯がありながら、閉店を迫られるなんて驚きだ。ハムリーズやリバティとともに、我々はリージェント・ストリートで最も古いテナントなのに」
ハムリーズはリージェント・ストリートに面した有名な玩具店。リバティは、リバティ・プリントで有名なファッション・ブランドとデパート。

25年前にロンドンに移住して以来、ヴィーラスワミーに通い続けているというシナン・アルター氏は、「クラウン・エステートは、公共の利益を考え、この貴重な施設を守るべきだ。(中略)オフィスに変えるべきじゃない。ここに来るたび、自宅にいるような気分になれたのに」と話した。

ヴィーラスワミーで21年間働いてきたというソニア・カナーヴォ氏は、「(閉店の)知らせを聞いて、とても悲しい。私たちは団結している。クラウン・エステートが営業継続を認めてくれることを願っている」と話した。
「この地で100年続いてきた店の一員になれたことを、光栄に思っている」
ヴィーラスワミーは2016年、レストランガイド「ミシュラン」の星を一つ獲得している。
建物の改修計画が発端
ヴィーラスワミーとクラウン・エステートの対立は、「ヴィクトリー・ハウス」を所有するクラウン・エステートが、建物の改修計画を発表したことがきっかけだった。この建物は、イギリスで法的に保護されている指定建造物で「グレード2」に認定されている。
この計画では、現在の出入り口に変更が加えられ、レストランに事実上アクセスができなくなることが示されている。

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クラウン・エステートの広報担当は、「ヴィクトリー・ハウスを現代の基準に適合させ、建物全体を活用するため、包括的に改修する必要がある」と説明。ヴィーラスワミーには、ロンドン中心部の劇場街ウエストエンドで新たな物件を探すための支援と、金銭的補償が提示されているとした。
そして、「クラウン・エステートには、イギリスに長期的な価値を創出し、その利益を英政府に還元して公共支出に充てるため、土地と資産を管理するという法的責任がある」と付け加えた。
「これは軽々に決めたものではない」
「外部からの助言も踏まえ、(レストランの運営会社)MW Eatからの提案を含む代替案を検討した。しかし残念ながら、この指定建造物の管理者としての我々の責任や、法的義務、公的資金を管理する責任を満たす代替案はなかった」と、クラウン・エステートは説明している。











