「私は好きなものを着る」 イラン政権に反抗する女性たち
キャロライン・ホーリー、BBCニュース

イランの首都テヘラン市内を若い女性が歩いている。髪の毛はスカーフで覆われていない。ダメージ加工されたジーンズをはき、おなかはイランの暑い日差しにさらされている。手をつないで歩く未婚のカップルもいる。かつてイランで恐れられていた道徳警察からヒジャブを着用するよう求められた女性は、堂々と顔を上げてこう言い放った。「ふざけるな!」。
こうした大胆な抵抗の行為の話を、私はここ1カ月ほどの間に、複数のテヘランの人たちから耳にした。昨年の今ごろだったら、イラン人にとってあり得ないことだったはずだ。しかしそれは、ヒジャブ(ベール)を正しく着用していなかったとして道徳警察に逮捕されたマサ・アミニさん(22)が、留置施設で死亡する前の話だ。
彼女の死後に発生した、イランを揺るがす大規模な抗議行動は、残忍な弾圧によって数カ月後に沈静化した。しかし、市民の怒りが消えたわけではない。女性たちは体制に反抗する新たな手段を見つけなくてはならなくなった。ただそれだけだ。
テヘランに駐在する西側外交官の一人は、ベールを着けずに街なかを歩き、イスラム共和国(イラン)の法律を破っている女性は、イラン全土で平均約20%に上ると推計している。
(編集部注: 記事中に登場する取材対象者の名前は、安全上の理由から仮名を使用しています)
「はるかに大胆に、より勇敢に」
「昨年から状況は大きく変わりました」。テヘランで音楽を学ぶ20歳の学生ドーニャさんは、暗号化されたソーシャルメディアを介して私にこう話す。彼女もまた、公共の場でベールをかぶることを拒否している。「いま私が勇気を持ってできるようになったことが、いまだに信じられません。私たちは前よりはるかに大胆に、勇敢になりました」。
「道徳警察の前を通り過ぎるときは、体の底までがくがくするほど恐ろしい。でも顔を上げて、警察に気づいていないふりをします」と、ドーニャさんは言う。「今では、出かける時は好きなものを着ています」。それでも、今でもリスクは高いと、すぐに彼女は付け加える。そのため、無茶なことはしないのだと。「ショートパンツははきません。深刻な事態に備えて、バッグにはいつもヘッドスカーフを入れています」。
ドーニャさんは、勾留中にレイプされた女性を複数知っていると、私に話した。また、ヒジャブを着けなかった女性に罰として、死体を洗うよう命令が下されたという情報についても、ドーニャさんは触れた。
私が話をした女性たちは全員、街のあちこちに監視カメラが設置されているのだと指摘した。カメラは、服装規定に背く者を捕まえて罰金を科すためのものだという。

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前出の欧米の外交官は、富裕層が多いテヘラン北部では、公共の場でのヒジャブ着用を拒む女性の割合は2割を超えると推計している。ただ、こうした反抗は首都に限ったものではないと、この外交官は強調する。
「地理的なものというよりも、世代的な要因のほうがずっと大きい。(中略)教養のある聡明な人たちだけでなく、基本的にスマートフォンを持っている若者なら誰でもそうだ。(中略)なので、農村部などあらゆる場所へ広がっている」
同外交官は、マサ・アミニさんの死に端を発した抗議行動は、40年以上にわたって女性の服装や振る舞いを統制しようとしてきたタリバン政権にとって、大きな、そして最終的な「転換点」だとしている。
「(政権は)行き止まりしかない一方通行の道と化してしまった」のだと、この外交官は言う。「その道があとどれだけ続くのか。私たちにわかっていないのは、それだけだ」。
女性たちが主導する民衆蜂起は、神権政権に対する挑戦としては1979年のイラン革命以降最も深刻なものだった。複数の人権団体によると、政権側は市民との衝突する中で500人以上を殺害した。負傷者は数千人に上り、顔を撃たれて失明した人もいる。少なくとも2万人のイラン人が逮捕された。獄中で拷問やレイプ被害を受けたとの証言もある。これまでに抗議者7人が処刑された。そのうち1人はクレーンから吊るされ、公開処刑された。政権側の意図した通り、こうした対応は市民を委縮させた。
マサ・アミニさんの命日が大きい騒ぎになるのを防ぐため、当局は再び、複数の市民を相次いで逮捕した。収監された人の中には、女性の権利活動家やジャーナリスト、歌手、抗議行動の最中に死亡した人の親族らが含まれる。政権を支持していないとみなされた学者たちも職を追われている。
それでも、静かな反抗という異例の行動は毎日続いている。
ドーニャさんによると、テヘランの市民は政府系の看板を汚したり、抗議行動で使用されている「#Mahsa」(マサ)や「女性、命、自由」というフレーズが、主に地下鉄の壁に書かれ続けている。
「政府が落書きを消しても、また抗議スローガンが現れます」

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ドーニャさんも、私が話を聞いたほかの女性たちも皆、これは自分たちだけが関わっている苦闘ではないと強調した。多くの男性たちも自分たちを支持してくれているのだと。
「ノースリーブの服や短パンを着たり、化粧をして外出する男性もいます。男性には禁止されていることなので。街なかでヒジャブを着ける男性もいる。好きでないものを強制的に着用させることがいかに異様なことか、身をもって示すためです」
取り締りの内容
マサ・アミニさんの死後の抗議デモを機に、道徳警察のパトロールは一時、中止されていた。しかし9月になると、また目につくようになった。ただし、大規模デモの再燃を恐れて、道徳警察は直接的な衝突を避けようとしているようだと、ドーニャさんは言う。
しかし、当局はこの1年、女性を統制するほかの方法を摸索してきた。ヒジャブをつけていない女性を客として扱ったとして、何百ものビジネスを閉鎖した。あるいは、ヒジャブをしていない女性が運転する車に罰金を科したり、車を押収したりしている。
ヒジャブ未着用の女性は現在、5000~50万イラン・リアル(約18円~1760円)の罰金が科されるか、10日~2カ月収監される恐れがある。
バハレフさん(32)は、テヘラン市内でヒジャブをつけずに車を運転しているところを監視カメラに撮られた。当局の警告メッセージがすでに3回届いているという。また見つかれば、車を押収されるかもしれないと彼女は言う。

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警察によると、ヒジャブの着用違反で押収された車の数は、東アゼルバイジャン州だけで 439台(8月11日時点)。
「大きなタブーを破った気分」
ハバレフさんは市内の地下鉄やショッピングセンターへの出入りを止められたことがあるという。一番辛かったのは、息子が入学したばかりの学校の終業式に出席できなかったことだ。
それでも、彼女の意思は明確だ。もう後戻りはできない。それは、はっきりしている。彼女は、昨年9月に人前で初めてヒジャブを脱いでゾクゾクした時のことを思い起こしている。
「心臓がドキドキして、すごく興奮しました。大きなタブーを破った気分でした」
今ではすっかり慣れ、スカーフを持ち歩くこともなくなった。
「ヒジャブについてだけでなく、独裁政権のあらゆる法律や、イラン人が過去43年間耐えてきたすべての苦しみに対して、市民的不服従を示そうと思ったら、ヒジャブをつけないことが、たったひとつの手段です。自分の子供が犠牲になり、黒い喪服を身につけなくてはならないすべての親のために、私はこの活動を続けます」
イラン・イスラム共和国の終わりをどれだけの人が望んでいるのか、正確に測ることはできない。しかし、映画監督のモジュガン・イランルーさんによれば、体制への怒りは拡大しているという。同監督は昨年10月、ベールを脱いでイランの最高指導者を批判し、4カ月間投獄された。先月にも再び短期間拘束された。政権は自分を威圧しようとしたのだと、監督は言う。

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「イランの女性たちは、もうこれ以上怖がることさえできないという限界の、その先へと追い込まれた」。イランルーさんはテヘランの自宅から、私にそう話した。ただ、最近の弾圧があまりにも「恐ろしい」ものだったため、彼女は先月10日間、インスタグラムのアカウントを停止したことを認めた。彼女は公共の場でヒジャブを外した自分の写真を、インスタグラムに定期的に投稿している。
1955年にアメリカで、黒人女性のローザ・パークスさんがバスの車内で白人男性に席を譲ることを拒否し、アメリカの公民権運動に火をつけた瞬間になぞらえて、「これは短距離走ではなくマラソンです」と彼女は言う。「彼女は席を譲らなかった。これは単に、椅子に座り続けた人の話ではありません。『私はあなたを恐れていない。私を見なさい。私には力がある』という声明なのです」。
そして、それは功を奏していると、イランルーさんは言う。保守的な地域でさえ、女性に対する男性の態度は変わりつつあるのだと。社会革命が進行中なのだ。
「社会はマサ(アミニさん)の事件以前の時代に戻ることはない」と、彼女は信じている。「街頭でも、地下鉄駅でも、バザールでも、男性たちは女性を称賛し、その勇気をたたえています。(中略)驚くべきことに、ゴム、マシュハド、イスファハンのような宗教色の強い都市でさえ、女性たちはもはやヘッドスカーフを被っていません」。
イランルーさんはテヘランが拠点の外交官と同様、これは社会階層を超えた反乱だと主張する。地下鉄の露天商たちもベールを脱いだという。彼女は昨年、カルチャーク刑務所のシラミがわいた部屋にぎゅうぎゅう詰めに収監された時のことを話してくれた。わずか11歳で母親になった貧しい若い女性と一緒だったというが、この少女もヘッドスカーフの着用を拒んだという。
女性が戦っているのはヒジャブだけではないと、イランルーさんは言う。女性はいま、結婚における平等な権利なども求めているという。
治安部隊の銃撃で義眼に

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工場長として働いていたエラヘ・タヴォコリアンさんにとって、権利を追い求めるために負った犠牲は深刻だ。10歳の双子の子供たちに会えず、恋しくてたまらないという。
タヴォコリアンさんは現在、イタリア・ミラノ郊外の空き部屋を借りて生活している。この場所から、可能な時にはいつでも子供たちに電話をかけている。
子供たちの話をしながら、彼女の左目から涙がこぼれて頬を伝う。
タヴォコリアンさんはイラン北部エスファラエンで、治安部隊の銃撃を受けた。昨年9月までは、抗議行動というものに参加したことはなかったという。
「あの時は子供たちと一緒で、学校が始まる前に必要な物の買い出しに行っていました。子供たちは私の血にまみれてしまった」
トルコに逃れたタヴォコリアンさんは、医療ビザを取得してイタリアに渡った。彼女の右目と、それを貫通した銃弾は、外科医によって摘出された。
右目はガラス製の義眼に変わった。右のまぶたを閉じれるようになるには、別の手術が必要だ。
安全にエスファラエンに戻って子供たちと再開できるのがいつになるのか、彼女には見当もつかない。
「電話をかけた時はいつも、イランにもっと良い日々が訪れて、みんなでまた一緒に過ごせるようになるといいねと、そういう願いを口々に話しています」
今後どうなる
今のところ、より良い日々の到来は、遠い先の話のように思える。
複数の人権団体によると、マサ・アミニさんの死と、その後の弾圧の責任を追及されたイラン政府関係者は1人もいない。
政権側が引き下がる様子もない。むしろその真逆だ。現在国会に提出されている法案、いわゆる「ヒジャブと貞操法案」は、「組織的な方法で」ベールの着用に「従わない者あるいは従わないよう他人に勧める者」に対し、5億~10億イラン・リアル(約175万円~約350万円)の罰金と最大10年の禁錮刑を科すという内容だ。国連が任命した人権専門家からは、「ある種のジェンダー・アパルトヘイト」だとの指摘がある。
米ニューヨークを拠点とするイラン人権センターのジャスミン・ラムジー副所長によると、イラン政権は「まったく譲ろうとしていない」。
一方で、イラン国民も降伏を拒否していると、ラムジー氏は言う。
「イランは依然として、いつ燃え上がってもおかしくない火薬庫だ」
追加調査:シャヤン・サルダリザデフ、BBCヴェリファイ(検証チーム)













