フロイドさん事件の有罪評決は、米市民に何をもたらしたのか

タラ・マケルヴィ記者、BBCニュース、ミネソタ州ミネアポリス

Breez Sapphira
画像説明, ブリーズ・サファイラさん(28)のように裁判の行方を熱心に追っていた人は多い。彼女が勤める靴店には、フロイドさんの事件で正義を求めるメッセージが描かれていた

米ミネソタ州ミネアポリスの住民は、何週間も何カ月間も、不安を抱えながら待った。裁判が進行していた間も、陪審が評議に入った後の、神経がすり減るような時間にも。裁判の行方がとてつもなく大きな影響を及ぼすと知っていただけに、人々は今回の評決に胸をなで下ろしている。そして、嵐のような出来事を自分なりに整理しようとしている。

今回の裁判は、黒人に対する警察の暴力をめぐる、画期的な判例となった。元警官のデレク・ショーヴィン被告は、ジョージ・フロイドさんの死亡に絡み、第2級殺人、第3級殺人、故殺の罪で有罪となった。この評決は、警察改革を訴えてきた人たちにとって大きな勝利だ。

これを機に警察には従来よりも厳しい目が向けられ、不正があった場合は訴追され有罪になるだろうと、法律の専門家らは指摘する。アナリストらは、警官の行為には説明責任がこれまで以上に求められ、実力行使に関して新たな方針も必要になるだろうと指摘する。

今回の裁判は多くの人にとって、制度が機能していることを示すものだった。

「警官は法律を超えた存在ではないとされた」と、ミネアポリス・セントポール都市圏のジャック・ライス弁護士は話す。「今後の裁判に影響を与えるだろう。それに何より、市街地で活動する警官らの行動に影響を与えることになるのが題字だ。刑事裁判を超えて、警官の日常的な行動が問われた」。

画期的な評決を伝えるニュースはすぐに広まった。人種差別や警察の暴力への抗議活動をしてきたローサ・ゴメズさん(19)は大学の寮で、同じく抗議デモに加わってきたエリカ・アトソンさん(20)は自宅で、それぞれ評決が出たことを知った。

アトソンさんは言う。「うれしい。ともかく超うれしい」。

ゴメズさんも同意見だ。「ものすごくほっとした」。

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一方、今回の公判が開かれた裁判所が所在する、ミネソタ州ヘネピン郡の元保安官リッチ・スタネクさん(59)や、同僚たちは、違う反応をした。

スタネクさんは、アイダホ州で開かれていた法執行官らの会議に出席していた。評決の内容には驚かなかった。しかし、自分や周りの仲間の間で、評決を喜ぶ人はいなかった。「みんな沈痛な表情だった」。

動画説明, 「やっと息ができる」 米フロイドさん死亡事件で有罪評決、街の人々の反応は

抗議活動をしてきた人たちは大喜びし、他の人たちは黙り込んだ。ただ、評決はそれぞれにとっての旅の終わりを意味した。地元や関係者だけでなく、世界中の注目を集めた裁判が、ついに終わったのだ。

フロイドさんが昨年5月に商店「カップ・フーズ」の前で亡くなったことで、ミネアポリスでは大規模な抗議活動や略奪が相次いだ。やがてセンセーショナルな裁判が始まり、過去数十年間で最大といえるほどの注目を集めた。

公判が開かれていた3週間、記者の私はミネアポリスで数十人と話をした。ほぼ全員が、事件によって街は一変したと感じていた。ただ、その変化が良いことなのか、それとも悪いことなのかについては、意見が大きく割れていた。

動画説明, ショーヴィン元警官が有罪評決を聞いた瞬間

裁判ではミネアポリス市警の本部長と警官らが、ショーヴィン被告に不利な証言をした。しかし、警官として働いたことがある人には、彼に同情する人が多数いた。そうした警官経験者は、一触即発で何がどうなるか分からない状況での逮捕がどのようなものか、一般人は理解できないと私に言った。

別の人たちは、ショーヴィン被告や警察が絡む問題について、また別の見方をしていた。この街では警官が責任を問われることはめったにないと、大勢が私に言った。それだけに今回の評決が出ると、活動家や仲間たちは仰天した。

裁判所前で評決が読み上げられると、黒色のスエットシャツを着た女性が飛び跳ねながら、「あの男は刑務所行き」と声を張り上げた。

歓喜の瞬間だった。大勢が次々とクラクションを鳴らし、自分たちの車の屋根に飛び乗り、帽子を振った。「祝福の抗議デモだ」と1人は言う。

Erika Atson
画像説明, エリカ・アトソンさんはミネアポリスの通りで抗議活動をし、裁判の様子は携帯電話で見ていた

抗議デモを繰り広げてきた人たちは今回の評決を喜ぶと同時に、他の事案でも正義も求めた。「ここで立ち止まるなんてあり得ない。人を殺している全ての警官に対して、同じことをしなくてはならない」と前出のアトソンさんは話す。「今回のは良い勝利だけど、これからも勝ち続ける。これでおしまいになんかしない」。

彼女や他の抗議者らは、自分たちの正しさが証明されたと感じていた。一般の人たちはただひたすら、裁判が終わってほっとしていた。ただ誰もが、次は何が起こるのだろうかと思いを巡らせていた。

ミネアポリスの街は、スノードームの中の村のようだった。スノードームを振り回すと、球の中で雪がぐるぐると舞い、そしてやがて穏やかに落ち着いたように見える。それがミネアポリスだとすると、ここでは20日、差し当たり「雪」がやんだ。

前出のスタネクさんは、ミネアポリスの市街地を警官として、そして郡保安官として歩いてきた。しかし、フロイドさんが亡くなり、抗議デモが起こってからは、以前と同じ街だとは思えなくなった。レイク・ストリートを車で走ると、がれきが目に飛び込んできたのを覚えている。街中の何百もの建物が壊され、損害は3億5000万ドル(約380億円)に及ぶと当局は算定している。

Rich Stanek
画像説明, 元保安官のリッチ・スタネクさんは、公判で証人たちが話すのを自宅ガレージでライブストリーミング動画で見ていた

アトソンさんやゴメズさんのように抗議活動をしてきた人たちも、困惑していた。生まれてからずっと親しんできた街が突然、戦場になり、抗議活動者と警察がにらみ合ったのだ。

私がゴメズさんと最初に会ったのは、裁判が開かれていた建物の前だった。彼女は一眼レフのカメラを首からぶら下げていた。やがて、リベラリズムと湖、北部独特の気候で知られる地元ミネアポリスのことを語ってくれた。凍えるような天気と温かい人々という、コントラストの格好例のような土地だ。

人種差別といえば普通は米南部の街や、そこでの奴隷の歴史を連想するもので、ミネアポリスのような北部の街をパッと思いついたりしない。ゴメズさんはそう言った。しかし今回の裁判では、この街に存在する偏見、自分自身も経験したこともある偏見が、あらためてむき出しになったと彼女は言う。

管理人として働くホンジュラス移民の父をもつ彼女は、自分は有色人だと自認し、さらにクィア(性的少数者)でノンバイナリー(性自認が男女どちらでもない人)だと話す。

Rosa Gómez
画像説明, ミネアポリス郊外で育ったローサ・ゴメズさんは、裁判が続く中、抗議デモに参加した

裁判の行方を追っていたゴメズさんは、ショーヴィン被告の行動を正当化するエリック・ネルソン弁護士の主張をいぶかしいと思いながら聞いていた。

退役軍人の関連団体に勤めるジェリー・オビエグロさんも、同じ日の公判に関して、オフィスで時々情報をつかみ、帰宅後に全体を把握した。偶然にも彼は、1990年代に軍でショーヴィン被告の上官だった。

「静かなやつだった」とオビエグロさんは思い起こす。フロイドさんを地面に押しつけている姿の映像を見て、ショックを受けたという。

裁判の様子はユーチューブで見ていた。ケーブルテレビのニュースは偏っているからと、見ないようにしていた。FOXは被告の主張を集中的に伝え、CNNは検察側の主張に時間を割いていた。FOXの裁判報道はそれでも、リベラル寄りのメディアよりはましだったと、オビエグロさんは話す。「FOXはフロイドを天使のように持ち上げることはしなかった」。

オビエグロさんはショーヴィン被告について、判断がまずかったと言う。しかし、故殺罪だけでなく、3件すべての罪状で有罪とした陪審員らの判断は行き過ぎたと思っている。扇情的なメディア報道や抗議活動のせいで、陪審員らはプレッシャーを感じ、恐怖心から行動したと信じている。「今夜、家が焼き討ちされては困ると思っているのではないか」。

「壊さなくてはならない」

裁判が開かれた建物は要塞と化し、軍の車両が周囲に配置された。これも、ミネアポリスがこの裁判で変化したことの表れだった。陪審が評議を始めた19日までに、州兵3000人が出動した。元保安官のスタネクさんは、「まるで外国の前進作戦基地だ」と話す。

街の外観は大きく変わったが、悲しいほど変わらないこともあった。裁判が続く中、黒人男性ドーンテ・ライトさんが、ミネアポリス郊外で殺されたのだ。白人のキンバリー・ポッター警官が、電気ショックを与えるテイザー銃と拳銃を取り違えて撃ったとされ、故殺の疑いで訴追された。

この事件は、同種の暴力の存在を思い起こさせるものだった。地元紙スター・トリビューンによれば、ミネソタ州で警察との接触の中で死亡した黒人は2000年以降、50人以上に上っている。

裁判の最中、アトソンさんは教会学校の友人らとなじみのカフェに座り、ライブ動画で証言の模様を見ていた。

彼女はミネアポリス南部で、ホテルのメイドとして働く母親に育てられた。「カップ・フーズ」に立ち寄っては、スパイシーなチップ菓子のタキスを食べていた。

その店の前でフロイドさんが亡くなると、アトソンさんは抗議へと出向き、いろいろな建物から炎が吹き出ているのを見た。燃えるタイヤの臭いがしていたと話す。

「大勢でATM(現金自動預払機)を押したり引いたり、棒でたたいたりしていた。まるで(菓子入りくす玉の)ピニャータをたたいているみたいだった」

怖いとは思ったものの、それでもあの暴力は正当なものだったと、アトソンさんは話す。

「暴力は答えではないとずっと思ってきた。でも、私たちはあとどれだけ平和的でいればいいのか」

「いま私はここにいて、暴力を使わなくてはならないと思っている。政府庁舎を壊さなくてはと思っている。あの場所にいた時にはいやな思いがしたけど、同時に、必要なことだと思っていた」

裁判が続いていた時、マレン・ビアードさん(35)は裁判所から何百キロも離れたアイオワ州内の自分の農場で、公判のやりとりを見ていた。恐ろしい内容で有名になった動画を見て動揺し、警察暴力に気づいていなかった自分にいら立った。

Maren Beard
画像説明, マレン・ビアードさんはアイオワ州デコラの彼女の農場で、裁判の行方に注目していた

彼女は言う。「こういうことはいつでも起きている。私はそれをあまり考えてこなかった。ちゃんと考えるべきだったのに。今回のことはある意味、目が覚めるようなな出来事だった」。

ある人にとっては目を覚ますきっかけ、別の人にとっては街をひっくり返すチャンスとなった。

学生のゴメズさんは、昨年の一連の抗議デモはしびれる経験だったと言い、「圧倒的な支援の感覚」に満たされたと話す。

1つのデモでは、手持ち花火が参加者に配られたので、彼女は煙にむせてしまった

それでも、光がはじけ飛ぶのを眺めるのが大好きだった。「なんだか楽しかった」。

その日に見た看板を、ゴメズさんは覚えている。「私たちは人種戦争を始めようとしてるわけじゃない。終わらせようとしているんだ」と書かれていた。

今回の有罪評決はゴメズさんにとって、そして多くの抗議デモ参加者にとって、その方向に向けた一歩となった。

(編注:BBC.jpでは事件当初から、元警官の同僚警官たちの発音をもとに元警官の姓を「チョーヴィン」と表記していましたが、担当弁護士が本人に向かって「ショーヴィン」に近い発音をするのを確認し、「ショーヴィン」という表記に変更しました)