【解説】ガザ停戦にトランプ氏が決定的役割、しかしこれは和平への行程表ではない BBC国際編集長
ドナルド・トランプ米大統領は13日、イスラエルとエジプトを訪れてあっという間に帰国した。これこそ本人が望んだ、勝利のウィニング・ランだった。
エルサレムとシャルムエルシェイクでの演説を見た人は誰でも、そこで自分の権力を満喫している人の姿を目にしたはずだ。イスラエル国会で浴びた拍手喝采を楽しみ、エジプトでは実に大勢の国家元首や政府首脳がこのために急きょ集まったことに悦に入っていた。
会場にいた一人のベテラン外交官によると、集まった世界の指導者たちをトランプ氏は、自分の映画セットに集まったエキストラのように思っている様子だった。
シャルムエルシェイクでトランプ氏は要するに、自分が歴史的転換点を作ったのだと主張していた。
「自分はこれまでずっと、取引をまとめてきた。特に最高の取引は、なんとなくまとまるものだ(中略)ここでもそうなった。そして、もしかするとこれは史上最高の取引になるかもしれない」と、トランプ氏は述べた。
会場の様子を見ていた人は一連の演説から、すでにこの一件が落着したかのような印象を受けたかもしれない。しかし、落着などしていない。
もちろん、疑いようもなく、トランプ氏はこの停戦と人質交換の合意成立を功績だと主張できる。カタール、トルコ、エジプトは、自分たちがハマスに対してもつ影響力を駆使して、ハマスに圧力をかけ、条件を受け入れさせた。
交渉にかかわった人たちの共同の努力だったが、トランプ氏の役割は決定的だった。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相にそれまで拒否していた条件を受け入れるよう、トランプ氏が強く働きかけなければ、合意署名はあり得なかった。
この合意がどういうもので、どういうものではないかを認識するのは、有用だ。
この合意は停戦および人質と収監者の交換に関するものであって、和平合意でも和平プロセスの始まりでもない。
トランプ氏の20項目計画の次の段階では、ガザ地区が非武装化され、安全が確保され、パレスチナ人を含む委員会によって統治されるという枠組みの、詳細を埋めるための合意が必要となる。
この委員会は、トランプ氏が議長を務める「平和評議会」に報告することになっている。その実現に必要な詳細を決めるには、相当な作業が必要だ。
ガザ合意は、中東和平への行程表ではない。中東和平は究極の目的地だ。そしてそれはこれまで、たどり着けない目的地であり続けた。

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さらに言うと、真の和平合意を実現するために必要な、政治的意思が見当たらないという重大な点がある。ほとんどの戦争は、疲弊した交戦当事者が何らかの合意を結ぶことで終わるものだ。トランプ氏が宣言したようにガザの戦争が本当に終わったのならば、この戦争もそうやって終わったことになる。
戦争を終わらせるもう一つの方法には、完勝した勝者が今後の道筋を決定するという形がある。一番わかりやすい例は、1945年のナチス・ドイツの無条件降伏だ。
ネタニヤフ氏は、9月9日にカタールへのミサイル攻撃を命じる前まで、イスラエルの敵を徹底的にたたきつぶすつもりで、それによってガザの将来をイスラエルが一方的に決められるようにするつもりだと、そういう風に見えていた。
しかし、イスラエルのカタール攻撃は、トランプ氏を激怒させた。
アメリカにとってカタールは、中東における重要な同盟国だ。加えて、カタールには中東最大の米軍基地がある。さらに、トランプ氏の息子たちはカタールで事業を展開し、大いに利益を上げている。
ネタニヤフ氏は、標的はハマス幹部であってカタールではなかったと説明したが、トランプ氏はこれを一蹴した。ハマス幹部は一命をとりとめた。
トランプ氏にとっては、イスラエルの利益よりもアメリカの国益の方が大事だ。トランプ氏はジョー・バイデン前大統領とは違う。バイデン氏には、イスラエル支援のために中東でのアメリカの地位が損なわれるのは、必要な代償として受け入れる用意があった。しかし、トランプ氏は違う。
トランプ氏は米首都ワシントンに戻った。外交関係者たちによると、アメリカ政府はこの件について詳細の整理が不可欠で、それはすぐには実現しないと理解しているという。ただし、そのための時間が足りないかもしれない。それが問題だ。
停戦違反というものは常に、早い段階で起きるものだ。そして、持続する停戦というのは、停戦の成功こそが自分たちにとって最善の選択肢だと交戦当事者が理解している状態で、当事者たちがしっかり結んだ合意による停戦に限られる。
ガザの停戦にはこうした裏付けが欠けている。それが危険だ。イスラエル人とパレスチナ人が、それぞれ別の理由で人質と収監者および拘束者の帰還を喜び、安堵(あんど)してからわずか24時間後、早くも停戦に亀裂が生じている。
ハマスはこれまでに、拘束中に死亡した人質28人のうち、8人の遺体しか返していない。ハマスは、イスラエルがガザに作り出したがれきの海の中で墓を見つけるのは、とても難しいことだと説明している。
イスラエルの忍耐はすり減っている。
人質の遺体が返還されなければ、遺体がどうなったのかはイスラエル国内でますます大問題になる。

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イスラエルは初期対応として、ハマスが遺体返還の義務を果たすまで、ガザへの支援物資の流入を半減させ、エジプトとの境界にあるラファ検問所を再開しないと発表した。
ガザ合意に反対するイスラエルの極右政治家ベザレル・スモトリッチ財務相は、「人質を取り戻すには軍事的圧力しかない」とソーシャルメディアに投稿した。
イスラエル国防軍(IDF)は依然として、ガザ地区の53%を占拠している。IDFの兵士は14日、自軍に接近していたとされるパレスチナ人を殺害した。ガザのパレスチナ民間防衛隊は、2件の事件で計7人が殺害されたとBBCに話した。
IDFは、停戦前に使っていた交戦規則を今も順守している可能性がある。IDFは兵士たちに、自分たちの周りに2本の仮想ラインを設定し、それを監視するよう命じている。相手が1本目を越えたらまず警告射撃をする。パレスチナ人がさらに接近して2本目を越えたら、IDF兵は致命的な射撃が許される。
ただし、このシステムには大きな問題がある。そのラインがどこにあるのか、パレスチナ人は知らないのだ。これは実弾を使った群衆制御の仕組みだ。
他方、ハマスは勢力を盛り返しつつある。
武装した覆面のハマス戦闘員たちが、街角に戻ってきている。彼らは、IDFが保護していた武装氏族の一部を攻撃した。ハマスが、目隠しをされて膝をついた男たちをイスラエルの協力者だと非難し、そして殺害する映像が拡散されている。
路上で行われる超法規的な処刑の凄惨な映像は、ハマスに逆らおうとするパレスチナ人に対して「決して逆らうな」と警告している。そして、外の世界に対しては、「ハマスはイスラエルの猛攻を生き延びた」と発信するものになっている。

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トランプ氏のガザ計画の第15項では、アメリカが「アラブおよび国際的なパートナーたちと協力して、ガザに即時展開する一時的な国際安定化部隊(ISF)を創設する」とある。停戦がしっかりしていなければ、そのような部隊の創設・展開は不可能だ。ISFに参加する可能性のある国でも、武力を使ってハマスを武装解除するために、自国の兵を派遣などしないはずだ。
ハマスは一部の重火器を放棄する可能性をほのめかしているが、完全な武装解除は拒否している。ハマスは、イスラムがイスラエルに対抗するのだというイデオロギーを持つ。そして、自分たちが武器を手放せば、自分たちが対立してきたパレスチナ人勢力が復讐(ふくしゅう)しに来ると承知している。ネタニヤフ首相は、ほかに誰もやらないなら、イスラエルがハマスの武装解除をやり遂げると脅している。「楽な方法だろうが大変な方法だろうが」、どちらにしても、ハマスの武装解除は絶対に必要だからと。
トランプ氏は自分のガザ合意について、ヨルダン川と地中海の間の土地をめぐるアラブとユダヤ人の、世代を超えた争いを終わらせるものだと宣言している。彼はまた、この合意が中東全体の幅広い平和につながると主張している。
和平の仕事が完了したとトランプ氏が本当に信じているのなら、それは妄想(もうそう)だ。和平実現を目指すだけでも、それには持続的な集中力と徹底した外交努力が必要だし、加えて戦っている当事者双方が、痛みを伴う犠牲と妥協の時が来たと決断しなくてはならない。和平を実現するには、他の夢を捨てなくてはならないのだ。
過去のアメリカ大統領たちもまた、自分こそ中東和平を実現できると信じていた。和平とは、たとえどれほど強力な大統領だろうと、アメリカ大統領がそう決めたからという、ただそれだけで実現するものではない。そのことを、トランプ氏も知ることになるだろう。













