【解説】 「パレスチナ国家の承認」とは何を意味するのか

パレスチナの旗

画像提供, EPA

イギリスのキア・スターマー首相は29日、イスラエルがパレスチナ・ガザ地区での停戦に合意し、パレスチナ国家と共存する「2国家解決」の可能性を再び模索するなどの一定の条件を満たさなければ、9月の国連総会でパレスチナ国家の承認に踏み切ると発表した

この発表に、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、「(イスラム組織の)ハマスの凶悪なテロ行為に報酬を与えるものだ」と激しく反発した。

実際にパレスチナ国家が承認された場合、それは何を意味し、どのような変化をもたらすのだろうか。

パレスチナ国家承認、その意味合いは

パレスチナは国家として、存在しているとも、存在していないとも言える。

国際的にはかなり広く承認され、各国に在外公館や外交使節を置き、オリンピックをなどの国際スポーツ大会にも代表チームを派遣している。

しかし、イスラエルとの長年にわたる紛争のため、国際的に合意された国境も首都も軍隊ももたない。1990年代の和平合意を受けて発足したパレスチナ自治政府がヨルダン川西岸地区に拠点を置くが、同地区はイスラエルの占領下にあるため、自治政府はその土地や住民を完全には統治できていない。ガザ地区もまた、イスラエルが占領しており、ハマスとの壊滅的な戦争の最中にある。

こうした「準国家」のような地位を踏まえると、国家承認は必然的に、いささか象徴的なものにとどまるだろう。道徳的・政治的な強い意思表示となる一方で、現地の状況を大きく変えるものになるわけではない。

それでも、その象徴性は強力だ。イギリスのデイヴィッド・ラミー外相は29日に国連で演説した際、「イギリスには2国家解決を支援する特別な責任がある」と述べた。

イギリス委任統治領パレスチナで英国旗を降ろす英兵。後方では複数の兵士が見守っている。何人かは敬礼している

画像提供, Bettmann via Getty Images

画像説明, イギリス委任統治領パレスチナで1948年、英軍が英国旗を降ろし、委任統治の終わりを告げた

ラミー外相はさらに、1917年のバルフォア宣言にも言及した。これは、当時のアーサー・バルフォア英外相が署名したもので、「パレスチナにユダヤ人の民族的郷土を設立すること」を支持する姿勢を、イギリスが初めて示したものだ。

ただし、バルフォア宣言には、「パレスチナに存在する非ユダヤ人コミュニティの市民的・宗教的権利を損なうようなことは何も行わない」という厳粛な約束も含まれていると、ラミー氏は述べた。

イスラエル支持者の間では、バルフォア氏はパレスチナ人についてはっきり言及したり、パレスチナ人の国民としての権利に触れたりしたことはないと、しばしば指摘されている。

しかし、かつて「パレスチナ」と呼ばれ、イギリスが1922年から1948年まで国際連盟の承認の下で委任統治していたこの地域は、未解決の国際問題とかねて見なされてきた。

1948年のイスラエル建国以来、イスラエルの隣にパレスチナ国家をつくるという試みは、様々な理由から失敗に終わっている。

ラミー氏は、政治家たちは「『2国家解決』という言葉を口にすることに慣れてしまった」と指摘した。

この表現は、イスラエルがヨルダン川西岸地区とガザ地区を奪った 1967年の第3次中東戦争以前の停戦ラインを「国境」とするパレスチナ国家を、イスラエルの隣に建国することを意味する。

しかし、国際社会による「2国家解決」の取り組みは実を結んでいない。イスラエルによるヨルダン川西岸地区での精力的な入植は、この構想を空虚なスローガンに変えてしまっている。イスラエルによる西岸地区での入植地建設は、国際法に違反しているとされている。

パレスチナ国家を承認している国は

現在、国連加盟193カ国中147カ国がパレスチナ国家を承認している。

パレスチナ自治政府は、国連では非加盟の「オブザーバー国家」としての地位が認められており、会合に出席はできるが、採決には参加できない。

フランスも今後数週間以内にパレスチナ国家を承認するとしている。イギリスも承認すれば、パレスチナは国連安全保障理事会の常任理事国5カ国のうち4カ国(フランス、イギリス、中国、ロシア)の支持を得ることになる。

残る1カ国は、イスラエルの最も強力な同盟国、アメリカとなる。

動画説明, パレスチナ国家の承認とは BBC外交編集委員が短く解説

アメリカ政府は1990年代半ばから、パレスチナ自治政府を承認しているが、国家としての承認には至っていない。現在はマフムード・アッバス議長がパレスチナ自治政府を率いている。

これまでに歴代の米大統領が、最終的なパレスチナ国家建国について支持を表明している。しかし、ドナルド・トランプ氏はその中に加わらなかった。同氏の2度にわたる政権では、アメリカの政策はイスラエル寄りに大きく傾いている。

イスラエルの最も親密かつ最も強力な同盟国であるアメリカの支持なしには、最終的に「2国家解決」につながる和平プロセスに至ることは考えにくい。

イギリスはなぜ今なのか

歴代のイギリス政府は、パレスチナ国家の承認について言及してきたが、それは和平プロセスの一環として、理想的にはほかの西側同盟国と連携して「最大の効果が得られる瞬間」に行うべきだとしてきた。

単に形式的なものとして行うのは間違っている、というのが英政府の考えだった。良いことをしたという満足感を得られても、実際に現地の状況が変わるわけではないからだと。

しかし、さまざまな出来事によって、現政権が行動を迫られているのは明らかだ。

ガザでは飢餓が広がり、イスラエルの軍事作戦に対する怒りが高まっている。そして、イギリスでは世論が大きく変化している。こうしたすべてが、政府の判断に影響を与えている。

イギリス議会では、政権に対応を求める一般議員だけでなく、閣僚級の声も、すさまじく大きくなっている。

先週の下院では、「なぜイギリスは、いまだパレスチナ国家を承認しないのか」と、ラミー外相が四方から問い詰められた。

ウェス・ストリーティング保健相は、多くの議員の意見を代弁するかたちで、「パレスチナ国家がまだ残っているうちに、政府は承認すべきだ」と訴えた。

ガザ北部ベイトラヒアで、パレスチナ人男性が入手した援助物資を運んでいる。中央の男性は、黒いTシャツを着て、右肩に物資が入った白い袋を乗せて歩いている

画像提供, Reuters

画像説明, ガザをめぐっては、国連が支援する世界的な食料安全保障の専門家グループが29日、「飢饉(ききん)という最悪のシナリオが進行中だ」との警告を発した。画像はガザ北部ベイトラヒアで援助物資を運ぶパレスチナ人

しかしイギリスは、パレスチナ国家を承認する方針を24日に示したフランスのエマニュエル・マクロン大統領や、昨年5月に国家承認したアイルランドやスペイン、ノルウェーの各国政府の動きにただ追随したわけではない。

スターマー首相は、国家承認に条件を付けることを選んだ。イスラエル政府が、ガザでの苦しみを終わらせるための決定的な措置を講じ、停戦に合意し、ヨルダン川西岸地区で土地を併合せず、「2国家解決」につながる和平プロセスに取り組まなければ、イギリスはパレスチナ国家の承認に踏み切るとしたのだ。イスラエルの国会(クネセト)は先週、ヨルダン川西岸地区の併合を政府に求める動議を可決している。

英首相官邸は、ネタニヤフ氏が今後6週間以内にそのような和平プロセスに取り組む可能性はほぼないと理解している。ネタニヤフ氏は、パレスチナ国家の建国は認めないと、繰り返し主張している。

つまり、イギリスによるパレスチナ国家の承認は、ほぼ確実に実行されることになる。

ネタニヤフ氏がいかに強硬に反対しても、今がまさに「最大の効果が得られる瞬間」になることを、スターマー氏は期待している。

しかし、2025年現在のイギリスは、1917年にバルフォア宣言を発した当時のイギリスとは違う。他国を自分たちの意志に従わせるような力は、今のイギリスには限られている。現時点では、国家承認が実際にどのような影響をもたらすのかを予測するのは難しい。

パレスチナ国家を承認する国と承認時期のリスト(出典:国連)

※英語名称のアルファベット順

アフガニスタン 1988年11月16日

アルバニア 1988年11月17日

アルジェリア 1988年11月15日

アンゴラ 1988年12月6日

アンティグア・バーブーダ 2011年9月22日

アルゼンチン 2010年12月6日

アルメニア 2024年6月21日

アゼルバイジャン 1992年4月15日

バーレーン 1988年11月15日

バングラデシュ 1988年11月16日

バルバドス 2024年4月19日

ベラルーシ 1988年11月19日

ベリーズ 2011年9月9日

ベニン 1989年5月12日

ブータン 1988年12月25日

ボリヴィア 2010年12月17日

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ 1992年5月27日

ボツワナ 1988年12月19日

ブラジル 2011年12月3日

ブルネイ 1988年11月17日

ブルガリア 1988年11月25日

ブルキナファソ 1988年11月21日

ブルンジ 1988年12月22日

カンボジア 1988年11月21日

カーボヴェルデ 1988年11月24日

中央アフリカ共和国 1988年12月23日

チャド 1988年12月1日

チリ 2011年1月7日

中国 1988年11月20日

コロンビア 2018年8月3日

コモロ 1988年11月21日

コンゴ共和国 1988年12月5日

コスタリカ 2008年2月5日

コートジヴォワール 2008年12月1日

キューバ 1988年11月16日

キプロス 1988年11月18日

チェコ共和国 1988年11月18日

北朝鮮 1988年11月24日

コンゴ民主共和国 1988年12月18日

ジブチ 1988年11月17日

ドミニカ国 2011年9月19日

ドミニカ共和国 2009年7月15日

エクアドル 2010年12月27日

エジプト 1988年11月18日

エルサルバドル 2011年8月25日

赤道ギニア 1989年5月1日

エスワティニ 1991年7月1日

エチオピア 1989年2月4日

ガボン 1988年12月12日

ガンビア 1988年11月18日

ジョージア 1992年4月25日

ガーナ 1988年11月29日

グレナダ 2011年9月25日

グアテマラ 2013年4月9日

ギニア 1988年11月21日

ギニアビサウ 1988年11月21日

ガイアナ 2011年1月13日

ハイチ 2013年9月27日

ホンジュラス 2011年8月26日

ハンガリー 1988年11月23日

アイスランド 2011年12月15日

インド 1988年11月18日

インドネシア 1988年11月15日

イラン 1988年2月4日

イラク 1988年11月15日

アイルランド 2024年5月28日

ジャマイカ 2024年4月19日

ヨルダン 1988年11月16日

カザフスタン 1992年4月6日

ケニア 1989年5月12日

クウェート 1988年11月15日

キルギス 1995年11月1日

ラオス 1988年12月2日

レバノン 2008年11月30日

レソト 2011年5月3日

リベリア 2011年7月19日

リビア 1988年11月15日

マダガスカル 1988年11月16日

マラウイ 1998年10月23日

マレーシア 1988年11月15日

モルディヴ 1988年11月28日

マリ 1988年11月21日

モーリタニア 1988年11月15日

モーリシャス 1988年11月17日

メキシコ 2023年6月2日

モンゴル 1988年11月22日

モンテネグロ 2006年7月24日

モロッコ 1988年11月15日

モザンビーク 1988年12月8日

ナミビア 1988年11月19日

ネパール 1988年12月19日

ニカラグア 1988年11月16日

ニジェール 1988年11月24日

ナイジェリア 1988年11月18日

ノルウェー 2024年5月28日

オマーン 1988年12月13日

パキスタン 1988年11月16日

パプアニューギニア 1995年1月13日

パラグアイ 2011年1月29日

ペルー 2011年1月24日

フィリピン 1989年9月4日

ポーランド 1988年12月14日

カタール 1988年11月16日

ルーマニア 1988年11月24日

ロシア 1988年11月19日

ルワンダ 1989年1月2日

セントクリストファー・ネイヴィス 2019年7月29日

セントルシア 2015年9月14日

セントヴィンセント・グレナディーン 2011年8月29日

サントメ・プリンシペ 1988年12月10日

サウジアラビア 1988年11月16日

セネガル 1988年11月22日

セルビア 1988年11月16日

セーシェル 1988年11月18日

シエラレオネ 1988年12月3日

スロヴァキア 1988年11月18日

ソマリア 1988年11月15日

スロヴェニア 2024年6月4日

南アフリカ 1995年2月15日

南スーダン 2011年7月14日

スペイン 2024年5月28日

スリランカ 1988年11月18日

スーダン 1988年11月17日

スリナム 2011年1月26日

スウェーデン 2014年10月30日

シリア 2011年7月18日

タジキスタン 1994年4月2日

タイ 2012年1月18日

バハマ 2024年5月7日

東ティモール 2004年3月1日

トーゴ 1988年11月29日

トリニダード・トバゴ 2024年5月2日

チュニジア 1988年11月15日

トルコ 1988年11月15日

トルクメニスタン 1992年4月17日

ウガンダ 1988年12月3日

ウクライナ 1988年11月19日

アラブ首長国連邦 1988年11月16日

タンザニア 1988年11月24日

ウルグアイ 2011年3月16日

ウズベキスタン 1994年9月25日

ヴァヌアツ 1989年8月21日

ヴェネズエラ 2009年4月27日

ヴェトナム 1988年11月19日

イエメン 1988年11月15日

ザンビア 1988年11月16日

ジンバブエ 1988年11月29日