世界最古の手形の壁画発見、人類の創作史を塗り替えるか インドネシア

灰色の石の表面に、褐色の色がつき、かすかに手の指の形が見える

画像提供, Maxime Aubert/REUTERS

画像説明, 世界最古の洞窟壁画だと判明した、インドネシア・スラウェシ島で新たに見つかった手のステンシル(型取り)画

パラブ・ゴーシュ科学担当編集委員

インドネシア・スラウェシ島で新たに見つかった手のステンシル(型取り)画が、世界最古の洞窟壁画だと明らかになった。

この壁画では赤色で手の輪郭が描かれているが、指の部分がかぎ爪のように加工されている。こうした意匠が、早い時期に人間の象徴的想像力が飛躍した様子を示していると、研究者らは述べている。

この壁画は少なくとも6万7800年前のものとされる。これは、スペインで発見され、年代などについて論争を呼んでいる手のステンシル画よりも約1100年前だ。

インドネシアでの今回の発見はさらに、現生人類が、一部の研究者が主張する時期よりも約1万5000年早く、オーストラリアやニューギニアにまたがる古代のサフル大陸に到達していたという説を強化する。

灰色の石の表面に、褐色の色がつき、そこに白い点線で手の輪郭が示されている

画像提供, Maxime AuBert/BBC

画像説明, 上の画像を見やすくするため色調を補正し、手の輪郭を点線で示した

スラウェシ島での一連の発見により、人類が氷河期のヨーロッパで突如として芸術と抽象的思考を獲得し、そこから広まったとする古い説は、過去10年の間に覆されつつある。

洞窟壁画は、人類が本格的に抽象的かつ象徴的な思考を始めた時期を示す重要な指標と見なされる。抽象的で象徴的な思考は、言語や宗教、科学を支える想像力の基盤だとされている。

顔料を使ったり表面を彫ったりして作られた初期の絵は、人類が単に世界に反応するだけでなく、世界を表現し、物語やアイデンティティーを共有する存在だと示すものだ。この行動は、他の種にも確認されていない。

最新の発見は、学術誌「ネイチャー」に掲載された

論文の共著者の一人で、豪グリフィス大学に所属するアダム・ブラム教授は、今回の発見について、「人類の覚醒はヨーロッパで起きたのではない」という、広がりつつある認識をいっそう裏付けるものだと話した。代わりに、創造性は人類に本来備わったもので、その証拠は、人類が進化したアフリカにまでさかのぼると教授は言う。

「私が大学で学んでいた1990年代半ばから後半ごろには、人類の創造性の爆発はヨーロッパの限られた地域で起きたと、そう教わった。しかし現在では、インドネシアの物語性のある絵画を含め、現生人類の行動の特徴が各地で確認されている。そのため、ヨーロッパ中心の説を維持するのは、とても難しくなっている」と、ブラム教授は説明した。

スペインで最古の洞窟壁画とされるのは、西部マルトラビエソ洞窟にある赤い手のステンシルで、少なくとも6万6700年前のものとされている。しかし、この説には異論があり、それほど古くはないと一部の専門家は考えている。

(下の画像でボタンを左右に動かすと、壁画の写真と、それを鮮明に補正したものを見比べることができる)

一方、インドネシアのスラウェシ島では2014年に、少なくとも4万年前の手のステンシルと動物の図像が見つかった。その後も、少なくとも4万4000年前の狩猟を描いた壁画や、少なくとも5万1200年前の物語的なブタと人の壁画が発見された。

グリフィス大学のマキシム・オーベール教授によると、こうした発見によって、高度な画像制作の起源が、どんどん古い時代へ押し戻されたという。

「私たちは当初、ヨーロッパと同じ、少なくとも4万年前という下限から始めた。しかし顔料に接近することで、スラウェシの岩絵の年代は、さらに少なくとも2万8000年はさかのぼると判断した」と、オーベール教は授述べた。

今回新しく発見された壁画は、スラウェシ島南東沖の小島ムナ島にある、リアン・メタンドゥノという石灰岩の洞窟で見つかった。顔料が吹き付けられたもので、古代の制作者が洞窟の壁に手のひらを平らに押し当て、その周囲に口に含んだ顔料を吹きかけ、手を離すと岩の上に手の輪郭が残る手法で描かれた。

そのうちの一つ、欠けた手のステンシルは薄い鉱物の層に覆われており、分析の結果、少なくとも6万7800年前のものと判明した。信頼性の高い年代測定が行われた洞窟壁画としては、世界最古のものだ。

壁画を制作した人が、壁に押し当てた手の周囲に顔料を吹き付けるだけでなく、それ以外の工夫も加えていた点が、非常に重要だと専門家たちは言う。

世界最古の洞窟壁画が見つかった場所と、過去に別の洞窟壁画が見つかった場所が示された、インドネシア・スラウェシ島の地図

ステンシルが作った後、制作者は指の輪郭を慎重に加工して細く伸ばし、かぎ爪のように見えるよう細工していた。こうした創造的な変形について、ブラム教授は「とても私たち人類らしい行為だ」と述べている。

同教授によると、スペインの約6万4000年前の洞窟壁画など、ヒトの近縁種にあたるネアンデルタール人が制作した美術には、こうした創意工夫の形跡がみられない。さらに、スペインの壁画の年代測定そのものに疑問を投げかける研究者もおり、激しい議論の的になっている。

今回ムナ島で確認された最新の発見までは、スラウェシ島のすべての壁画が、同島南西部のカルスト地形地域、マロス・パンケプで見つかっていた。

しかし、今回見つかったものほど古いステンシルがスラウェシ島の反対側の小島で確認されたことで、洞窟の壁に絵を描く行為が、局地的なものではなく、地域全体に広がった文化に深く根付いていたと、うかがえるようになった。

ブラム教授によると、インドネシアの研究者たちによる長年の現地調査によって、遠隔地一帯に「数百の新たな岩絵遺跡」が確認されている。一部の洞窟は、数万年にわたり繰り返し使われていたという。たとえばリアン・メタンドゥノでは、同じパネル上に、(6万年前や5万年前に比べると)はるかに新しい約2万年前の壁画も確認された。これはつまり、同じ一つの洞窟が、少なくとも3万5000年の期間にわたり芸術活動の場であり続けたことを意味する。

洞窟の壁に、赤色の手形が四つ描かれている。指の輪郭は不自然に細く伸ばされ、かぎ爪のように加工されている

画像提供, Ahdi Agus Oktaviana

画像説明, 今回見つかったものよりは相対的に新しく、以前にインドネシア・スラウェシ島の別の場所、マロス・パンケプで見つかっていた手のステンシル(型取り)画。古代の制作者の間でこうしたステンシルが広く用いられていたことがうかがえる

スラウェシ島はアジア本土と古代のサフル大陸を結ぶ北の海上ルートに位置する。そのため、今回の年代測定は、オーストラリアに先住民の祖先がいつ到達したかを評価する上で直接的な意味を持つ。

主流の学説はもう長年、主にDNA研究と多くの考古遺跡に基づき、ホモ・サピエンスがサフル大陸に最初に到達したのは約5万年前だとしていた。

しかし、インドネシア国家研究革新庁のアドヒ・アグス・オクタヴィアナ氏によると、ホモ・サピエンスが少なくとも6万7800年前にスラウェシ島に定住し、複雑で象徴的な芸術を制作していた確かな証拠が出てきたことで、約6万5000年前にオーストラリア北部に人類がいたとする、これまで異論の多かった考古学的証拠が、実は正しかった可能性が、大きく高まっているという。

「スラウェシ島で壁画を制作した人々は、その後この地域に広がり、最終的にオーストラリアに到達することになる、より大きい集団の一部だった可能性が非常に高い」と、オクタヴィアナ氏は述べた。

かつて多くの考古学者は、人間の思考の「ビッグバン」はヨーロッパで起きたのだと主張していた。これは、洞窟壁画や彫刻、装飾品、新石器などが、ホモ・サピエンスがヨーロッパに到達した直後の約4万年前に、フランスとスペインで同時に出現したように見えるからだ。

アルタミラやエル・カスティージョといった場所に残る氷河期の壮大な洞窟壁画はかつて、人類の象徴行動と芸術が、氷河期のヨーロッパでほぼ一夜にして開花したという考えを後押しした。しかしその後、ブロンボス洞窟など南アフリカの遺跡から出土した約7万〜10万年前の線刻入りオーカー(黄土色の顔料土)やビーズ、抽象的な線刻などが、ヨーロッパの氷河期よりはるか以前に象徴行動がアフリカですでに確立していたことを示した。

こうした知見に加えて、インドネシア・スラウェシ島の非常に古い具象的かつ叙述的な壁画が合わさり、新しい合意が形成されつつあると、オーベール教授はBBCニュースに話した。人間の創造性の物語は、従来思われたよりはるかに深く、そして広範囲に及ぶものだと、うかがえるようになったと。

「これはつまり、人類がその能力を非常に長いこと、少なくともアフリカを離れた時点で、いやおそらくその前から、備えていたことを示唆している」