9/11から20周年の追悼式典、ニューヨークなどで6回の黙とう

画像提供, EPA
2001年9月11日にハイジャック攻撃を受けた米ニューヨークの世界貿易センタービルの跡地などで、追悼式典が行われた。攻撃の節目となった時間に計6回の黙祷(もくとう)が行われ、3000人近い犠牲者の名前が読み上げられた。
ニューヨーク、国防総省、ペンシルヴェニア州の3カ所の追悼式典では、世界貿易センターの北棟と南棟にハイジャック機がそれぞれ突入した時間、ハイジャック機が国防総省に突入した時間、ニューヨークで2つのビルが崩壊した時間、そしてワシントンの連邦議会議事堂かホワイトハウスを目指していたとされるハイジャック機がペンシルヴェニア州の草原に墜落した時間に、計6回の黙祷が捧げられた。
午前8時半(日本時間午後9時半)から始まったニューヨークの式典には、犠牲者の遺族や関係者のほか、ジョー・バイデン大統領とジル夫人のほか、バラク・オバマ氏やビル・クリントン氏といった大統領経験者、与党・民主党の幹部、連邦政府や州政府の要人などが出席した。

画像提供, EPA
バイデン氏はこの後、同じく現場となったペンシルヴェニア州シャンクスヴィルとワシントン郊外の国防総省も訪れた。
20年前の攻撃当時の米大統領だったジョージ・W・ブッシュ氏は、ワシントンのホワイトハウスか連邦議会を標的にしていたとされるハイジャック機が、乗客たちの抵抗を受けて墜落したシャンクスヴィルの現場で、追悼式典に出席。20年前にアメリカ国民がいかに一致団結したかを思い返すと、最近の国内の激しい分断や対立は隔世の感があると述べ、国外だけでなく国内の過激派をも批判した。

画像提供, EPA
遺族が名前を読み上げ
ニューヨークの式典では、犠牲者の名前の読み上げが20年来の伝統にならい、遺族によって行われた。その多くが涙を流しながら、声を震わせながらの読み上げだった。

画像提供, Reuters
9/11で娘のサラさんを失ったマイク・ロウさんが読み上げを先導。ゆっくりと厳かに話し始めたロウさんは、「人生で最も暗い時期に」自分自身や家族を助けてくれた人々に感謝を述べた。
また、9/11攻撃を「日付という数字ではなく、普通の人々の顔として」歴史に刻んでほしいと語った。
別の遺族は息子の名前と共に、「20年という時は永遠のようで、でも昨日のことのようにも感じられる」と述べた。
<関連記事>
名前が読み上げられた2983人は、2001年9月11日に世界貿易センタービル、国防総省、 ペンシルヴェニア州に墜落したユナイテッド航空93便で死亡した計2977人のほか、1993年の世界貿易センタービル爆弾攻撃事件で死亡した6人。

画像提供, Reuters

画像提供, EPA
BBCワールド・ニュースの北米プレゼンター、ローラ・トレヴェリアン記者は、犠牲者の名前読み上げには、9/11以降に生まれた子供たちも参加していると解説。事件を目の当たりにしなかった世代にも、この日が語り継がれている証拠だと伝えた。
ニューヨークの式典では、歌手のブルース・スプリングティーンさんが歌「I'll See You in My Dreams(夢で会おう)」を披露した。
参加者の中には抱き合って歌を聴いている人たちもいた。

画像提供, EPA

画像提供, Reuters

画像提供, EPA

画像提供, Reuters

画像提供, EPA
ブッシュ氏、国内の過激派を批判
国防総省の追悼式典ではロイド・オースティン国防長官が、ペンシルヴェニア州の追悼式典では、9/11当時の大統領だったブッシュ氏が、追悼の言葉を述べた。

画像提供, EPA
ブッシュ元大統領は、20年前の攻撃後にアメリカ国民がいかに一致団結したかを思うと、最近の国内の激しい分断や対立は隔世の感があると述べ、「イスラム系アメリカ人やアウトサイダー、移民や難民を温かく受け入れる国、それが私の知っているアメリカだ」と強調した。
ブッシュ氏はさらに、「この国への危険は国境を越えてだけでなく、国内で高まる暴力もその原因になり得ると、証拠が増え続けている。国外の暴力的な過激派と国内の暴力的な過激派の間に、文化的な重複はほとんどないが、多元的な共存を見下し、人命を軽視し、国家的な象徴をなんとしても損なうのだというその断固たる姿勢から、その者たちは同じおぞましい精神の産物だ。その者たちに対峙(たいじ)することが、私たちに引き続き課せられた責務です」と述べた。

画像提供, Reuters

画像提供, EPA
「すべての記憶が痛みと共に」
バイデン大統領は追悼式典では演説せず、前日に公表したビデオ演説で、「どれだけ時間がたとうとも、追悼式のたびに、ほんの数秒前に知らせを受けたかのように、すべての記憶が痛みと共によみがえる」と述べた。
また、9/11後にアメリカ各地で「人間の本性の暗い部分、イスラム系アメリカ人に対する恐怖と怒りと反発と暴力」があったことを認めた上で、今なお国民の連帯こそがアメリカの「最大の力」だと強調した。
「この連帯こそ、決して壊れてはならないものだと私たちは学んだ」
式典当日にはツイッターで、「20年前の9月11日、3000人近くの命が言葉では言い表せないほどの卑怯で憎悪にまみれた行為によって失われた。我々は国家として、史上最も暗い時期に失われた人々や、遺族や愛する人の永続する痛みを忘れてはいけない」と述べた。

20年前に何があったのか
20年前の9月11日朝、アメリカ東部を飛行していた旅客機4機が、武装勢力アルカイダの計19人に次々とハイジャックされ、ニューヨークとワシントンへ向かった。
午前8時46分(日本時間午後9時46分)、アメリカン航空11便(乗客乗員92人、ハイジャック犯5人含む)がニューヨークの世界貿易センタービル北棟に激突した。午前9時03分(同午後10時03分)には、ユナイテッド航空175便(乗客乗員65人、ハイジャック犯5人含む)が、南棟に激突した。
午前9時37分、アメリカン航空77便(乗客乗員64人、ハイジャック犯5人含む)が、ワシントン郊外にある国防総省(ペンタゴン)の西壁に突入した。
さらに午前10時03分、ユナイテッド航空93便(乗客乗員44人、ハイジャック犯4人含む)がシャンクスヴィルの野原に墜落した。ボイスレコーダーや乗客乗員たちの様々な通話記録には、首都の連邦議会議事堂に突入し破壊しようとするハイジャック犯たちに、乗客たちが抵抗する様子が残されている。
UA93が墜落する4分前、ニューヨークでは世界貿易センタービルの南棟が午前9時59分に崩壊。続いて午前10時28分には、北棟が崩壊した。
9/11後の世界
この日の攻撃を受けて、アメリカは翌10月から、アフガニスタンを支配する武装勢力タリバンが、9/11攻撃を立案したアルカイダ幹部をかくまっているという理由で、アフガニスタン侵攻を開始。ブッシュ米政権はその後、本格的に「対テロ戦争」に乗り出した。2002年にイラク、イラン、北朝鮮を名指しして「悪の枢軸」と呼び、2003年には「大量破壊兵器の開発」を理由にイラク戦争を開始し、サダム・フセイン政権を倒した。
一方、欧州やアジアなど各地では、イスラム聖戦主義者による無差別攻撃事件が相次ぐようになった。
アメリカのアフガニスタン侵攻は今年8月31日、最後の駐留米軍の撤収と共に終わった。オバマ政権の副大統領だった当時から、アフガニスタンでの軍事作戦拡大に反対していたバイデン氏は、大統領就任後に「アメリカ史上最長の戦争」を終わらせると宣言。この公約に沿って、さらにはドナルド・トランプ前政権が武装勢力タリバンと交わした合意に沿って、米軍の大部分が7月初めに撤収すると、タリバンはアフガニスタン各地で電光石火の急進撃を続け、8月15日についに復権した。
米軍の撤収完了後、バイデン氏はアフガニスタンからの撤収は正しかったと国民に向けて強調した。
アルカイダは今なお存在する。サハラ砂漠以南のアフリカが主な拠点だが、アフガニスタン国内にも構成員はいる。アフガニスタンが今後再び、アルカイダなどテロ組織の活動拠点になるのではないかと、懸念が高まっている。













