ローマ法王、カトリック教会のロマ差別を謝罪 ルーマニアで

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東欧ルーマニア訪問中のローマ法王フランシスコは日程最終日の2日、少数民族ロマをカトリック教会が差別し続けたことに謝罪し、許しを求めた。
法王はルーマニア中部ブラジでロマと面会し、「私たちが歴史をさかのぼり長年にわたり皆さんを差別したり、不当に扱ったり、疑いの目を向けたりしたこと」を謝罪した。
「教会と主の御名において、許しを求めます。皆さんに許しを乞います」と法王は述べた。
「無関心は偏見を生み、怒りや不満を育てます」、「私たちは何度も、相手に痛みを与える言葉、憎しみと分断の種をまく態度で、性急に相手を否定してしまう」と法王は重ねた。
ルーマニアの欧州議会議員でロマのダミアン・ドラギチ氏はBBCに対して、「これは私と私の同胞にとって、歴史的な瞬間だ。法王のこの言葉が、私たちロマに対する人の態度や偏見を変えることを期待する」と述べた。
ロマはヨーロッパで何世紀にもわたって迫害を受けてきた。
ナチス・ドイツによる大虐殺(ホロコースト)では、何十万人ものロマが殺害されたとされる。
今日では、ロマの総人口の約10%にあたる人々が主に南ヨーロッパと中央ヨーロッパで生活している。ロマは、差別の影響で就職が難しく、多くが貧しい暮らしをしていると主張している。

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ロマ族とは
- 約1500年前にインド北部からヨーロッパへと移り住んだとされる民族
- アメリカやブラジルにも移住したが、多くは南ヨーロッパや中央ヨーロッパで暮らしている。欧州連合(EU)はヨーロッパ最大の少数民族として位置づけている
- ルーマニアでは19世紀まで奴隷にされていた
- ナチス・ドイツによるホロコーストの標的となり、何十万人ものロマが殺害されたと歴史学者は推定している
- ヨーロッパ中で、居住や雇用の面で差別を受けていると訴えている

独裁下の殉教司教を列福
ロマとの面会に先立ち、ローマ法王はブラジで、ルーマニアの共産独裁政権下で投獄され拷問を受けた7人の司教殉教者の列福式を執り行った。
ルーマニア当局者は1948年、正教会への改宗を拒んだ司教たちを反逆者だとして拘束した。7人全員が監禁中に死亡し、極秘に埋葬された。
ローマ法王は、野外ミサに訪れた数万人に対し、「(司教たちは)愛する教会への忠誠を否定しないため、大いなる勇気と、内なる不屈の精神を持って、過酷な投獄やあらゆる虐待行為を受け入れた」と述べた。
「列福」とは、生前に徳と聖性を示していたとされる人物をその死後に法王が「福者」と宣言する手続きで、「聖人」になるための極めて重要な手順のひとつ。
今回の対象となった7人は、正教会の典礼を受け継ぎながらもローマ法王の権威を認める東方典礼カトリック教会の司教だった。
第2次世界大戦の敗戦でルーマニア王国が崩壊し、共産党一党独裁国家のルーマニア社会主義共和国が成立した。政権側は東方典礼カトリック教会を追放し、信者に正教会への改宗を要求した。
2011年の国勢調査データによると、ルーマニア国内に残る東方典礼カトリック教会信者はわずか15万人で、1948年当時の約1割にすぎない。
研究によると、政権に逆らったとして数千人のルーマニア人が処刑され、さらに多くの人が投獄されたり、拷問されたりした。
共産党独裁政権は1989年12月のルーマニア革命で崩壊し、ニコラエ・チャウシェスク初代大統領夫妻はクリスマスの日に処刑された。

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