大谷選手はどのように日本野球界最大の「輸出」になったのか
大井真理子、ビジネス記者

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日本の野球界のスター、大谷翔平選手(29)が、米大リーグ(MLB)のロサンゼルス・ドジャースとスポーツ史上最高となる7億ドル(約1015億円)の契約で合意し、歴史に名を刻んだ。
大谷選手は最近、肘の手術を受けたばかり。それでもドジャースは、驚異的な金額の10年契約を提示した。これまでのMLB最大の契約は、マイク・トラウト選手が2019年に結んだ4億2650万ドルの12年契約だったが、それを大きく超える規模となった。
「ショー(翔)タイム」の愛称で親しまれる大谷は「史上最高の選手」と評され、神話上の一角獣「ユニコーン」になぞらえられることも多い。投手と打者の両方で高い能力をもつことから、偉大な選手ベーブ・ルースと比較されてきた。
先月には、2021年以来2度目となる最優秀選手(MVP)に選ばれた。2度とも満票による選出で、これはMLB史上初のことだった。
大谷選手のプロ野球選手としてのキャリアは、18歳で日本ハム・ファイターズに入団して始まった。当時の栗山英樹監督とは、今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で再会。この大会で栗山監督は日本代表を優勝に導いた。
大谷選手の世界的な名声は、日本からアメリカに渡った球界の先人たち――イチロー、野茂英雄、松井秀喜、ダルビッシュ有、田中将大といった選手たち――をすでに上回っている。
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野球の技術に加え、クリーンなイメージと、スキャンダルやゴシップと無縁なことが、彼を広告主やマーケティング担当者がこぞって求める「ブランド」にしている。
ただ、この天才選手は、野球以外では好みが極めてはっきりしていることで知られる。他のことに気を取られるのを嫌っているのだ。
「大谷は酒を飲まないし、たばこも吸わない。お金には無頓着。それが彼のユニークな魅力の一部となっている」。日本の野球についていくつかの著作があるロバート・ホワイティング氏は、そう話す。
「多くの選手が欲と権利に溺れているように見える業界で、彼は史上最高の野球選手になることだけを考えている純粋主義者、戦う修行僧といった存在だ」
これは、大谷選手が2017年に23歳で日本からアメリカに渡ったとき、年俸54万5000ドルでロサンゼルス・エンゼルスと6年契約を結んだことからも明らかだ。当時、彼は2億ドル以上の価値があるとされていた。
この年俸の低さは、25歳未満の外国人選手はMLBの最低年俸しか受け取れないというMLBのルールも理由となっている。

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しかし、大谷選手にはお金がついて回っている。米誌フォーブスによれば、彼のグラウンド外の収入は2021年の600万ドルから、今年は少なくとも3500万ドルに膨らんだ。これに年俸を加えると、2023年シーズンにはMLB新記録の6500万ドルを稼いだと見積もられている。
グッズやチケットの売り上げにも貢献している。大谷選手は毎年、数百万ドルの収入をチームにもたらしている。
関西大学の経済学者の宮本勝浩氏は、大谷選手の経済効果について、2023年シーズンは504億円に上ったと推計している。これには、試合観戦にアメリカを訪れる日本人が使った12億円が含まれている。また、日本企業はエンゼル・スタジアムでの広告に10億円を投じたと推定されている。
「1人のアスリートがこれだけの経済効果を生み出すのは前代未聞」と宮本名誉教授は説明。その規模について、日本シリーズで日本の人気チームが優勝する時と同程度だとした。

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日本の隠れた貴重輸出品である一流野球選手は、30年近く前からアメリカの地に定着している。
「トルネード」の愛称で親しまれた野茂英雄投手が、日本人選手として初めてMLBのチームでキャリアを成功させたのは1995年のことだった。
まだスマートフォンが普及する前で、時差もあることから、彼のプレーを見たい日本のファンは公共スペースの大型スクリーンの前に集まった。
当時、アメリカの球場はどういうわけか、日本語の広告を認めていなかった。しかし、日本人選手が増えたことで、それは変わった。
アメリカの関係者らは、世界最大の経済大国の消費者にブランド名や商品を知ってもらうのに、日本企業がいかに大金を惜しまないのかに気づくようになった。一方で広告主らは、日本の視聴者に野球のサポーターとして見てもらうことも強く願った。
日本人スター野球選手たちの影響は金銭面にとどまらず、日米の絆を変えることにも貢献した。
ホワイティング氏によると、野茂選手がロサンゼルス・ドジャースに入団した時、日米関係は第2次世界大戦後で最低の状態だった。
「カメラ、自動車、テレビなど日本製品が北米や世界を席巻し、貿易不均衡を引き起こしていた」
1990年代半ば、米議員らは日本からの輸入品の多さに不満を抱いていた。現在の米中貿易摩擦にいくらか似た状況だった。
米紙ニューヨーク・タイムズは当時、日本の輸出品で唯一、アメリカの誰も文句を言わないのが野茂選手だと書いていたと、ホワイティング氏は回想する。
このところの日米関係は、かつてよりずっと温かなものとなっている。ただ、アメリカのチームメートやファンたちの間で大谷選手が人気を得たのは、彼の謙虚な態度が理由だ。

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MLBが日本のトップ選手を歓迎する一方で、日本のプロ野球(NPB)は敗者となっているように見える。
ホワイティング氏は、NPBは自らを責めるしかないと言う。
「球団の経営がビジネスとなっているアメリカと違い、日本では企業が自社宣伝のために球団を買い、余剰資金を球団への再投資に回さない」
1990年代には、日本の野球界の総収入はアメリカとほぼ同じだった。だが現在は、MLBが100億ドルの総収入を誇っているのに対し、NPBは20億ドルに満たない。
MLBの成功は、積極的なマーケティングによるところが大きい。メディアに対する権利販売の拡大、商品販売、スポンサー獲得、新たな複合スタジアムの建設などだ。
MLBでの活躍を目指す日本人選手にとって、競争は厳しさを増すばかりとなっている。
2023年シーズン開幕日の時点で、MLBのトップ選手の28.5%がアメリカ以外の出身だった。ドミニカ共和国、ベネズエラ、キューバからのスター選手が多数いた。
だが大谷選手は、まだキャリアが浅いのに、多くの記録を塗り替えている。
彼のプロ野球での最初の監督で、批判を浴びながらも二刀流選手としての成長を見守った栗山英樹氏は最近、大谷選手が「進化を続け、これまで以上のものを見せてくれる」と確信していると述べている。
それこそがまさに――今後のさらなる飛躍が有望なことと相まって――多くの企業を大谷選手の成功にあやかりたいと思わせ、日本のファンに彼の活躍を見にアメリカの球場まで行こうと思わせる理由となっている。








