戦争で受ける心の傷……ウクライナのもう一つの戦い
ジェイムズ・ウォーターハウス、ウクライナ特派員

「ベッドに横になると、目に浮かぶ。死んでいった仲間のことが。手足のない仲間を引き出した時のこと。仲間が、自分の腕の中で死んでいった時のこと」
「生きている限り、絶対に忘れられない」
ドミトロさんの目の周りには、暗い何かが刻まされている。前線から戻ったばかりの兵士の目だ。
ウクライナ東部ドネツク州で1年3カ月戦い続けたドミトロさんは今年5月、北東部ハルキウ州の回復施設で、妻テティアナさんの手をぎゅっと握りしめていた。
ドミトロさんが1週間の休暇をもらったため、テティアナさんは約1000キロ移動してこの施設までやって来た。施設は、特にこれといった特徴のない建物だ。
昨年2月の戦争開始以来から今年5月までに、約2000人の兵士がカウンセリングや理学療法を受けるためにここに来た。施設のスタッフは、ここで提供できるのは休憩だが、リハビリテーション(回復)ではないと認める。
ウクライナは自軍の兵士たちが「最後まで立ち続けられる」よう、兵士たちの健康を維持しようとしている。施設のスタッフはそう言う。
「(この戦争が)もたらした影響で、自分たちはこれから一生苦しむ」ことになるのだ。目を潤ませながら、ドミトロさんは話した。

ドミトロさんは、戦争が終わるまでひげをそらないと願をかけた。その長さは、ロシアの全面侵攻が始まってから400日以上という日数を反映している。
妻のテティアナさんは、変わったのは夫の外見だけではないと思っている。
「とても変わりました。たくさんのことができるのだと、証明している。私たちを守って。ウクライナのために戦って。たくさんのことが自分にはできると見せてくれた」
施設の庭は緑でいっぱいだ。そこで私たちは、ドローン(無人飛行機)の操縦士、パヴロさんとも雑談した。この施設でしばしの休憩をしているパヴロさんは、なかなか眠れないのだと話してくれた。
「昔の友達と何を話していいのか、分からなくなることがある。興味のあることが昔とはもう変わっているので」と彼は言った。「自分が目にしたことを、昔の友達に全部話したいとは思わない」。
「友達と前は共通点があったけど、もう自分は関心がなくなっている。何かが変わってしまった。ぶつっと途切れてしまった」
ドローン操縦士は、敵から狙われる。そしてほとんどの人が目にしなくて済むような恐ろしい光景に、ドローン操縦士はさらされる。

おかげでパヴロさんは心理的に、どちらともつかない混乱状態に追い込まれてしまった。
「前線にいると毎日、家に帰りたいと思う。でも家に戻ると、戦場の仲間のところに戻りたいと、奇妙な思いを抱くことになる」
「とても妙な気分だ。どこにも自分の居場所がない感じがする」
心の回復に何年も
この施設の運営陣は、ウクライナの人たちの精神状態が回復するには、戦争が終わってから最大20年はかかるとみている。
保健省のヤナ・ウクラインスカさんは、その予測期間をできるだけ短縮するため、「市民の2人に1人」にメンタルヘルス(心の健康)のサポートを提供しようと、計画を進めている。
「約1500万人に上質な精神医療と支援を提供するため、態勢を準備している。その必要がないままで済んでほしいとは思っているが、準備はしておかなくてはならない。そう確信している」
ロシアによるこの侵攻は、すべてのウクライナ人に影響しているからだ。数百万人が家を追われ、大切な人から引き離され、暴力を受け、財産をすべて失った。
精神医学の専門家は、こうした状況で最も一般的な心の病気はストレスや不安障害だというが、今後数年にわたり特に深刻化するのが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)だろうと言われている。
ウクライナのオレナ・ゼレンスカ大統領夫人はこのほど、全国的な心の健康プログラムを開始した。しかしセラピストの数が今なお不足している。そのため政府は、各自が自分で自分の心の健康を維持するセルフケアの重要性を強調している。
ハルキウにいる6人のグループは、セルフケアのためのボディ・セラピーを取り入れている。6人は一緒に座って気持ちを共有してから、一緒に体を動かし、お互いの体に触れるという療法を行っている。

インナさんは、自分の心の健康を保つため、ハルキウの施設を訪れている。セラピストとして、自分が他の人を助けてあげられるように。
「私が健康でいることは、ほかの人を支えてあげるために、とても大切なこと」なのだと、インナさんは言う。
戦争が始まって以来、自分が住む街の人たちがどう変化したか、インナさんは気づいている。
「以前と比べて今ではみんな、『いま』を生きている。何かを未来へ先送りしたりしない。それは良い変化だと私は思う」
「けれども、心にひどい傷を負うトラウマとなる経験をたくさんしている人が大勢いて、PTSDを経験している人も、鬱(うつ)状態になっている人たちも大勢いる。それには精神科医の助けが必要だ」
この紛争がもたらす巨大な被害は、塹壕(ざんごう)に限定されていない。誰もが、どこにいるかにかかわらず、無数の形でこの戦争とつながっている。
(追加取材:ハナ・チョルノス、レイチェル・ソーン、シヴォーン・リーヒー、ダリア・シピジナ)







