「決して身を引かない」と英首相 辞任圧力に直面も、閣僚らが支持表明

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ケイト・ワネル政治記者
イギリスのキア・スターマー首相は10日、「自分が愛するこの国から、決して身を引いたりしない」と述べた。前日にスコットランド労働党の党首から首相辞任を求める発言が出るなど、スターマー氏は政治的危機に直面していた。
スターマー首相はこの日、イングランド南東部ハートフォードシャー州の地域センターを訪問。そこでの演説で、「既存の制度が機能しないために抑えつけられている、数百万人の人々のために闘っている」と語り、「その闘いを決して諦めない」と付け加えた。
労働党党首としての自分の立場については、辞任の憶測を退け、次の総選挙でも党を率いる考えだと述べた。
一方、最大野党・保守党のケミ・ベイドノック党首は、労働党が「キア・スターマーへの信頼を失ったことは明らかだ」と指摘。スターマー氏の辞任は「あるかどうかではなく、いつになるかの問題だ」と述べた。
スターマー氏はここ数カ月、政策をめぐる数々の方針転換や、政権支持率の低下などを受けて、指導力への疑問に直面してきた。
この疑問の声は、アメリカで性犯罪で有罪とされた富豪ジェフリー・エプスティーン元被告(故人)について米司法省が追加公開した資料から、スターマー氏が駐米大使に任命したマンデルソン卿と元被告の関係の深さが明らかになったことで、さらに大きくなった。
労働党議員からは、なぜマンデルソン卿を任命したのかと疑問の声が上がっている。これまでに同党の議員6人が、首相に辞任を求めた。
9日には、スコットランド労働党のアナス・サルワル党首が「過ちがあまりに多すぎた」と発言。党内でスターマー氏の辞任を求めた最高位の人物となった。
スターマー氏は10日、記者団に対し、ここ数日の「政治の混乱」によって、「最も重要な課題」の生活費問題への取り組みが妨げられることはないと強調。それこそが「自分が闘っている目的だ」と語った。
「私はこの国の歴史の中で、最も労働者階級出身者が多い内閣を率いている」と、スターマー氏は語った。
「しかし、内閣がそうだからといって、誰もが生きる上で公平にチャンスを与えられているなどと言うのは、まったくのナンセンスだ。(中略)私はこの問題をとても重視している」
スターマー氏は、自分自身が毎月の支払いにも苦労する家庭で育った経験や、自分の弟が「事実上の貧困状態」で暮らした経験を挙げ、「この国の政治制度は弟のためにも、同じ境遇にある数百万人の人々のためにも、機能しなかった」と述べた。
また、次の総選挙でも党を率いるのかとの質問には、「変革を実現するために5年間の任期を与えられた。私は選ばれた役目、つまりその変革の実行を進めていくつもりだ」と述べた。
閣僚らが相次ぎ首相支持、難局の1日乗り越える
もし主要閣僚がサルワル氏の辞任要求を公の場で支持していたなら、スターマー氏は辞任を迫られた可能性があった。
しかし、サルワル氏が9日に記者会見を始めると間もなく、閣僚らはソーシャルメディアに、スターマー氏を支持するメッセージを投稿し始めた。
この数時間後に労働党議員団の会合で演説したスターマー氏は、熱烈に歓迎された。
また、次期党首の候補になり得ると見られていたアンジェラ・レイナー前副首相、ウェス・ストリーティング保健相、そしてグレーター・マンチェスターのアンディ・バーナム市長の3人も、公の場でスターマー氏を支持すると表明した。
だが、9日の難局こそ乗り切ったものの、スターマー氏の立場は依然として不安定で、状況が急変する可能性もある。
今月26日のゴートン・アンド・デントンでの補欠選挙や、5月に予定されているスコットランド、ウェールズ、イングランド各地の地方選挙で労働党が不振に終われば、労働党指導部の責任があらためて問われるかもしれない。
また、マンデルソン卿の駐米大使任命に関する文書や通信記録を公開するという政府の約束が履行された時に、いっそう不名誉な事態が暴露される可能性もある。
ストリーティング保健相は先に、自身とマンデルソン卿が通信アプリ「ワッツアップ」で交わしたやり取りを独自に公開した。この判断について問われたスターマー氏は、「この件では(政府の)全員が足並みをそろえて取り組む」必要があり、「管理された手続き」で進めるべきだと述べた。
「我々は、議会に対して完全な透明性を確保する義務がある。手続きを正しく進めるためには議会と、そして警察と連携する必要がある」と述べた。

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ストリーティング氏は、マンデルソン卿との関係をめぐって「何か隠しているだろう」との疑念を払拭するため、自身のメッセージを公開したのだと述べた。
首相を支持するかという質問には、スターマー氏を「全面的に支持」していると答えた。さらに、首相は「誠実」に国を率いていると述べた。
バーナム市長については、下院議員でなければ党首選に出馬できない。そのため、ゴートン・アンド・デントン補欠選挙への立候補申請がその第一歩とみられていたが、労働党はバーナム氏が労働党候補として出馬することを認めなかった。
補選出馬を希望したバーナム氏は、下院議員に戻るのは「政府の仕事を支えるためであり、妨げるためではない」と強調していた。しかし、労働党の戦略的方向性や政策立案の策定を行う全国執行委員会は、現役市長が下院補選に出れば「不要な市長選挙」を招くことになるとして、補選出馬を認めなかった。
バーナム氏は10日、スターマー氏を全面的に支持するかとの質問に、「その通りだ。彼を支持している」と述べた。
また、「自分は政府を支持している。補欠選挙への立候補を表明した時も同じだった」とも話した。
バーナム市長は労働党に「安定」を求め、「もちろん安定は、より大きな結束から生まれる。そのためには、より包摂的な党運営のあり方が求められるが、最近の出来事を踏まえれば、それが実現可能になったように感じる」と述べた。
このほか、ウェールズ自治政府のエルネッド・モーガン第一大臣(首相に相当)も、スターマー氏への支持を表明。「この不安定な時代に、国は安定を必要としている」と述べた。
一方でモーガン氏は、マンデルソン卿の任命をめぐる騒動は「極めて憂慮すべきこと」だと述べ、「この失敗を認め、率直に向き合わなければならない」と付け加えた。
BBCの番組に出演したエド・ミリバンド・エネルギー相は9日の一連の動きについて、労働党は「崖っぷちに立ち、その下を見下ろしていた」が、「党首を支持することが正しい判断だと考えた」と述べた。
党首経験者でもあるミリバンド氏は、スターマー氏は「危機的瞬間」に直面したと語ったうえで、閣僚らが「混乱した党首選へと進んで首相を排除しようとするのはどうかと、その選択肢を検討したが、それは我々の進む道ではないと判断した」と語った。
<解説>クリス・メイソン政治編集長
スターマー首相は政治的な瀕死(ひんし)状況に直面し、少なくとも現時点では生き延びた。
スターマー氏はいくつかの局面で、まさに今にも行き詰まり、終わりを迎えるかのように見えた。
スコットランド労働党のサルワル党首が、スターマー氏を退陣させようと表明した後、それに公然と加担する人物がいたなら、事態はそれで決着していた可能性がある。
9日の午後には、状況がどちらの方向にも大きく転じ得る、重要な分かれ道があった。
もし他の誰かが、スターマー氏は辞めるべきだと発言していたなら、スターマー氏は9日の終わりまでに辞任を発表していた可能性がある。
しかし実際には、内閣や労働党内のさまざまな勢力から、スターマー氏への支持が結集した。
はっきりさせておくが、首相に対する閣僚らの忠誠表明は、本来ニュース価値を持つべきものではない。こういうものは、その逆が現実味を帯びた時にのみニュースとなる。
閣僚たちがソーシャルメディアに次々と、スターマー首相を支持すると大量に投稿したこと自体、スターマー氏がいかに危険な立場にあったかを浮き彫りにした。政治的な支えを、それがどこから差し出されるのだろうと、首相は何としても必要としていた。
その支えは現われた。スターマー氏は当面、最大の危機を退けた。
とはいえ、スターマー氏はこの1週間で深い痛手を負い、その分だけ弱体化した。
そして、彼の行く先にも危険が散りばめられている。
まずグレーター・マンチェスターでは、ゴートン・アンド・デントン選挙区の補欠選挙が今月26日に控えている。
5月にはスコットランドとウェールズの自治政府選挙、そしてイングランドの地方選挙がある。
これらのいずれか、あるいは両方が労働党にとって不吉な結果となった場合、誰が責任を負うのか。
一歩引いて見ると、私にはこのように受け取れる。スターマー氏に対する党内の懸念は、数カ月にわたり着実に積み上がってきた。しかし、マンデルソン卿をめぐる暴露はあまりに衝撃的で、実に大勢がそれをおぞましく思い、実にいきなり反応した。そのため、状況は一気に加速し、重大局面へと達した。党首の交代が必要なのかという、崖っぷちに。
しかし、労働党はそこで立ち止まり、現時点では思いとどまった。いきなり方針を変えてスターマー氏を熱烈に支持することにしたというのではない。私はそういう感触を何度も得た。
むしろ、労働党に流れていたのは、「またしても派手な政治的混乱を、自分たちの手で引き起こしたくない」という深い懸念だった。(たとえ非常に不人気だとはいえ)国民の信任を託されている首相を追い出し、そのような信任を得ていない別の人間を自分たちの間から選ぶのはいかがなものかと、労働党はためらっていた。労働党関係者の一人は私に対してこれを、「まるで保守党がやってきたことと全く同じまねだ」と呼んだ。
党首に退任を迫るのは、現時点ではあまりに大きな飛躍だと、労働党議員たちはそろってこう判断したのだ。












