「神がこの日を選んだ」 復活祭の直後にローマ教皇死去、世界のカトリック教徒が悼む

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ジェイムズ・グレゴリー記者(BBCニュース)
キリスト教カトリック教会の教皇フランシスコの死去を受け、世界各地の信者らは復活祭の翌日にあたる21日、自分たちの精神的指導者だった教皇に最後の別れを告げた。
教皇フランシスコは、カトリック教会の信者にとって1年で最も重要な行事に当たる「復活の主日」(イースター・サンデー)の20日、ヴァチカンの聖ペトロ広場で、礼拝者を前に祝いの言葉を述べた。それから24時間もたたないうちに死去した。
このタイミングは、信者にとっては意味があること。
スペインのサレジオ会の司祭、セルジオ・コデラ神父は、「(神は)キリスト教会にとって最も美しい日を選んだ。これ以上の日はない」と言い、こう続けた。
「イースター(復活祭)はキリスト教徒が祝う最も重要な日だ。死は決してそれでおしまいではないのだと、そう祝う日だ」
「そして、神は教皇フランシスコに会うのに、この日を選んだ」

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ヴァチカンでは、教皇の最後の公務を見た人々がショックを受けていた。
聖ペトロ広場にいた男性は、「とても衝撃的だった。昨日、復活祭の式典で彼を見て、祝福を受けたばかりだった」とBBCに話した。
教皇の祝福の言葉を聞いたという女性は、「人々に対する務めを(教皇は)とても真剣に受け止めていた。昨日は体調が悪かったのに、外に出て、イースターのミサに参加し、私たちに話しかけた」と述べた。
フィリピンの首都マニラでは、教会の鐘が鳴り響いた。信者らは教会に集まり、教皇の死を悼み、祈りをささげた。
フィリピンは人口約1億1000万人の約85%がカトリック教徒で、カトリック教会にとってアジアの拠点となっている。
教会の祭壇奉仕者のジュード・アキノさんは、教皇の死が発表されてまもなく、教皇が若いカトリック信者に与えた影響について、次のようにロイター通信に語った。
「カトリック教会にとって大打撃だ。私たちのような若者にとって、(教皇は)模範としてとても大きい存在なので。キリストの代理人である彼を、私たちは模範として信奉してきた」

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コンゴ民主共和国の東部の都市で、反体制派が支配するブカヴでは、カトリック信者がノートルダム・ド・ラ・ペ大聖堂に集まり、追悼の意を表した。
同国は人口の約半数がカトリック信者で、アフリカ最大の信者コミュニティーを形成している。
教皇フランシスコは2023年、首都キンシャサで礼拝者約50万人を前に演説した。紛争が絶えない同国をローマ教皇が訪れたのは、30年以上ぶりだった。イースター・サンデーに行われた最後の演説で教皇は、同国における暴力を終わらせるよう呼びかけた。
「教皇フランシスコは、私たちの国コンゴ民主共和国をとても愛した教皇だった」。大聖堂の前で、シファ・アルベルティナさんはそう言った。
「健康状態(が優れない)にもかかわらず、コンゴ民主共和国に来て、人々に会い、困難を分かち合う決心をした」
「私は教皇がコンゴに来たのを見た。神が彼の魂を歓迎することを願っている。教皇は本当に私たちのことを気にかけていたからだ」

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世界で最もカトリック人口が多いブラジルでは、7日間の服喪が宣言された。
リオデジャネイロにあるルルドの聖母教会の前で、参拝者のロザネ・リベイロさんは、「彼は唯一無二で、並外れた人だと思った。(新型コロナウイルスの世界的大流行の)最中もそうだった」と話した。
「司祭として毎日、世界のために祈っていた。(中略)そして、ふさわしい、素晴らしく美しい時(イースター)に世を去った」
教皇は在任中、カトリック教会の子どもに対する性虐待スキャンダルへの対応で批判されることもあった。しかし、被害者と話し合い、加害者の責任を追及する新たな規則を設け、一部から称賛された。
チリで少年時代に聖職者から虐待されたファン・カルロス・クルス・チェリューさんは、教会関係者で自分の話に耳を傾けてくれた数少ない一人が教皇フランシスコだったと話した。

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チェリューさんは教皇について、「私にとって本当の父親」になったと言い、性虐待に対する教会の姿勢を教皇が変えたのだと話した。
BBC番組「ニューズアワー」でチェリューさんは、「教皇は自分が間違いを犯したこと、間違った情報を得ていたことに気づいた。それで私と友人2人を聖マルタの家(教皇のヴァチカンでの住まい)に招いた。私は彼と1週間を過ごし、状況について長い時間話し合った」と振り返り、こう続けた。
「それから、彼は教会における性虐待に対する態度を変え始めた。並外れた人だった」
「話を聞いてもらえると感じるのは、素晴らしいことだった。(中略)私は長年、ラザロのような気分だと彼に言ってきた。すでに死んでいて、誰も話を聞いてくれず、誰も気にかけてくれない。それが突然、一番大事な人が気にかけてくれ、それも心から気にかけてくれ、大きな変化を起こしてくれた」。
(訳注:「ラザロ」とは新約聖書で、病死してすでに埋葬されていたところ、イエスが復活させた人物の名前)

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メキシコ市にあるグアダルーペの聖母マリアの大聖堂には、信者たちが大勢訪れ、教皇のためのミサに出席し、教皇の名において鐘が鳴り響くのを聞いた。同じことは、メキシコ各地の境界でも繰り返された。
信仰心のあつい人々は、ひざまずいて教会に到着し、教会のドアまで体を引きずり、悔恨と苦しみを示した。
移民や暴力の犠牲者など、メキシコの最貧困層に幾度となく寄り添ってきた人物をしのび、ただ静かに頭を下げて立っている人もいた。
「彼は私たちを手を引いて導いた。彼はいつも私たちの心の中にいる」と、ジョナサン・ソリスさんは、教会の裏手でBBCに話した。
ソリスさんは、家族で追悼するために娘を連れてきたとし、教皇がラテンアメリカ人だったことは大きな誇りだと強調した。
「彼はラティーノ(中南米系)にとってとても重要だった。私たちは決して彼のことを忘れない。だからこそ多くの家族がここに来て、彼と同じように気持ちを率直に出して、この困難な時を支え合おうとしている」
アメリカで最もカトリック色が強いと言われるボストンの聖十字架大聖堂でも、人々がミサに集まった。
メアリーさん(70)とトムさん(71)は、シカゴからボストンを訪れていた時に教皇の死を知り、祈りをささげるために大聖堂に向かったという。
「彼はとても素晴らしい人で、人間的で、普通の人みたいだった。友達になれるんじゃないかと感じさせた」と、メアリーさんは話した。
カトリック教徒が人口の半分以上を占めるスペインでは、3日間の全国的な服喪が宣言された。
マドリードの公務員、ヌリア・オルテガさんは、「彼はカトリック教徒にも非カトリック教徒にも受け入れられる人だったと思う。対話にオープンな人だったと思う」と言った。
フランシスコ教皇の後継者探しが始まるなか、学生のハビエル・エラティアさんは、教会はもっと「謙虚」になり、若い世代にアピールする必要があると話し、こう続けた。
「私たちは聖霊を信じ、他の教皇と同じくらい良い人が次の教皇になることを期待している」
追加取材:ウィル・グラント記者(メキシコ市)、アリス・ハットン記者(ボストン)











