パンデミック中の医療ガウン不足、英上院議員の関連企業に巨額賠償命令 高等法院

金髪の女性が、イギリス上院議員の紅白の式服を着て、木彫り装飾のほどこされた茶色い木製ベンチに座る

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画像説明, 保守党政権下で一代貴族になり、上院議員となったモーン女男爵

レイチェル・クルーン、ビジネス記者

新型コロナウイルスのパンデミックの最中、イギリスで医療用の個人用防護具(PPE)不足が深刻化した問題をめぐり、高等法院は1日、上院議員とその夫に関連する企業が、政府と締結したPPE供給契約に違反し、適正に滅菌された医療用ガウンを納品しなかったと認め、1億2200万ポンド(約242億円)の損害賠償の支払いを命じた。

英保健・社会福祉省は、PPEメドプロ社が納入した医療用ガウンが医療基準に適合していなかったとして同社を提訴していた。同社は、一代貴族のモーン女男爵およびその夫ダグ・バロウマン氏の関連企業。

高等法院は、国民保健サービス(NHS)の職員向けにPPEメドプロ社が供給した医療用ガウンについて、適切な滅菌処理が行われたと同社は証明できなかったと判断した。

レイチェル・リーヴス財務相はBBCラジオの番組で、モーン女男爵の爵位を剥奪する権限は自分にはないとしつつ、「彼女が上院に戻らないよう期待する」と語った。

一代貴族の爵位を剥奪するには、議会の措置が必要となる。一代貴族は自ら爵位を返上することはできないが、上院議員の職を辞することはできる。

リーヴス財務相は、保守党政権下の政府がPPEメドプロ社に払った契約金を「取り戻す」ため、全力を尽くすと述べ、その資金は「学校、病院、地域社会にあるべきもの」だと強調した。

2020年のパンデミック発生時、イギリス政府はPPEの確保に奔走(ほんそう)した。全国の病院で、医療従事者を守る防具や器具の不足が報告された。そうした中で同年5月、バロウマン氏が率いる企業連合がPPEメドプロ社を設立。モーン女男爵の推挙を得て政府の「VIPレーン」経由で契約を初受注し、医療用マスクを供給した。

今回の高等法院判決によると、政府はその後、同社に対し2500万枚の滅菌済み医療用ガウンを発注した。ガウンは中国で製造され、2020年8月と10月に納品された。しかし同年のクリスマス直前に保健省はガウンの受け取りを拒否し、返金を求める通知をPPEメドプロに送付した。

政府はガウンが「契約に見合うものとは思えない」と判断し、検査の結果「多数が滅菌されていなかった」と主張。政府側代理人のポール・スタンリー勅撰弁護士は法廷で、政府が納品されたガウンのうち140枚を検査したところ、103枚が不合格だったと述べた。

これを受けて政府は2022年に高等法院で訴訟を起こし、契約違反を主張。対するPPE メドプロは、自分たちは契約を順守しており、ガウンは滅菌済みだったと反論した。

モーン女男爵は当初、自分は契約から直接利益を得ていないと主張していたものの、2023年12月には、数千万ポンドの利益を得る立場にあったことを認めた。

また、BBCの取材に対し、自分と夫がPPEメドプロとの関係を隠していた理由について、「マスコミのせんさく」を避けるためだったと説明した。

動画説明, コロナ禍に医療用防護具で多額の利益、英上院議員が事実認める=BBC単独取材

裁判所は、PPEメドプロのアンソニー・ペイジ代表が保健省との契約交渉中に「切り札」としてモーン上院議員の影響力を利用したと認めた。

1日の判決でコッカリル判事は、PPEメドプロと政府の契約は「複雑」な内容だったものの、同社には「有効な滅菌処理を行った」と示す義務があったと認定。「メドプロはその義務に従わなかった」と判事は述べ、同社が「契約に違反した」と結論づけた。

さらに判決によると、適正に滅菌済みだと示す「第三者認証機関への通知番号」がガウンにはなく、滅菌処理を行ったという証拠も同社は提示しなかった。

PPEメドプロは、自社のガウンを政府が必要としないのなら、政府はガウンを売却することもできたし、非滅菌ガウンや隔離ガウンとして使途を変更することもできたはずだと主張していた。

同社は裁判中、滅菌や有効な滅菌認証がなかったとしても、「NHS内での利用や欧州連合(EU)圏外の第三者への転売は妨げらなかった」はずだと主張した。

しかし、コッカリル判事は、「NHSには隔離ガウンの追加需要はなかった」としてこの主張を退けた。

判事は他方、保健省がガウンの受け取り拒否を合理的な期間内に行わなかった点を認めた。政府による保管費865万ポンドの請求については、証拠不十分として退けた。

判事は、PPEメドプロに1億2199万9219ポンドの損害賠償に利息分を加えて、支払いを命じた。ただし、同社側の支払い能力は不透明で、同社は判決前日に管財人を任命した。同社の最新財務報告では株主資金がわずか66万6025ポンドしかないとされている。

高等法院は、損害賠償の支払い期限は10月15日と命じた。

リーヴス財務相は判決後、政府は管財人や「あらゆる関係当局」と連携し、資金回収に向けて取り組んでいると述べた。

会社側は反発

モーン女男爵はソーシャルメディアで「衝撃的だがあまりに予想通り」と反応。「政府にとって負けられない裁判で、体制側の勝利にすぎない」と書いた。

バロウマン氏の代理人は、「司法の冒涜(ぼうとく)」と述べ、「PPEメドプロは1カ月に及ぶ裁判で、ガウンが滅菌済みだったと十分に証明したにもかかわらず、判決は実際の審理内容とかけ離れている」と主張した。

モーン女男爵は1990年代後半にジェルパッド入りブラ「アルティモ」を開発し、イギリス有数の女性起業家の一人とたたえられた。2015年には当時のデイヴィッド・キャメロン首相から政府の「起業顧問」に任命され、保守党の一代貴族となった。

その翌年には、企業グループや経営コンサルティング会社などを率いる大富豪のバロウマン氏との交際を公表した。

モーン女男爵は2022年12月、上院議員としての活動休止を申請。今回の判決では本人もバロウマン氏も出廷しなかった。

PPEメドプロに対しては、PPE契約をめぐる犯罪行為の疑いで国家犯罪対策庁(NCA)が2021年5月から刑事捜査を進めている。NCA報道官は1日、捜査は継続中だと明らかにした。