プリゴジン氏、故郷サンクトペテルブルクで家族葬=ワグネルの広報チーム

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ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏の家族葬が、サンクトペテルブルクで行われた。プリゴジン氏の広報チームが29日、発表した。
メッセージアプリ「テレグラム」で発表された声明によると、プリゴジン氏の故郷での葬儀は「非公開形式」で行われた。また、「別れを告げたい人はポロホフスコ霊園を訪れることができる」という。
ワグネルの広報チームは、それ以上の情報を提供していない。
今月23日、プリゴジン氏が搭乗していたとされる自家用機がモスクワ近郊で墜落。捜査当局は、回収した10人の遺体について遺伝子解析を行い、同氏の死亡を確認したと発表した。
ロシア政府は、墜落の責任が自分たちにあるという憶測を否定している。
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ロシアのニュースサイト「MSK1」は、霊園関係者の話として、葬儀は29日午後4時に行われたと報じた。
「それが遺族の望みだった」と、この関係者は話している。
プリゴジン氏は父親の墓の隣に埋葬されたという。埋葬地には、ワグネルの黒と黄色の旗が掲げられたという。
また、サンクトペテルブルクのニュースサイト「フォンタンカ」によると、当局は多くの人がプリゴジン氏の墓を訪れることを予想し、霊園の入り口に金属探知機を設置した。
葬儀に先立ち、ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、ウラジーミル・プーチン大統領はプリゴジン氏の葬儀に参列しないと発表していた。ワグネルは、2022年2月にプーチン氏が開始したウクライナへの全面侵攻で重要な役割を果たしている。
この日には、墜落機に搭乗していたワグネルの側近ヴァレリー・チェカロフ氏の葬儀も、サンクトペテルブルクの別の霊園で執り行われた。チェカロフ氏は、ワグネルの非軍事事業を任されていたと言われている。西側諸国は、こうした事業がワグネルの資金源になっていたとしている。

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プーチン大統領は、プリゴジン氏の所有機墜落について発表から24時間近く、公の場で言及しなかったが、24日夜になってテレビ演説で墜落犠牲者の遺族に追悼の意を伝えた。
また、プリゴジン氏は「人生において深刻な過ちをいくつか犯した」「有能な人物」だったと述べた。
かつてプーチン氏に忠誠的だったプリゴジン氏は、墜落の2カ月前の6月23日、ロシア軍トップに対して反乱を起こし、ロシア南部のロストフ・ナ・ドヌへ進軍。首都モスクワへと前進を開始した。
プーチン大統領はこの時、ワグネルの行動は「わが国民を後ろから刺す」「裏切り」だと非難していた。しかし、ロシア政府との合意を受けて前進は中断された。プリゴジン氏に対する起訴は取り下げられ、プリゴジン氏とワグネルはベラルーシに移動した。
こうした中、ロシアの治安当局が今回の墜落に関与したとの憶測が飛び交っている。
BBCがアメリカで提携するCBSはアメリカ政府筋の話として、墜落の最も可能性の高い原因は機内での爆発だと報じた。米国防総省は、プリゴジン氏がおそらく殺されたと指摘した。
一方、クレムリンのドミトリー・ペスコフ報道官は25日、こうしたうわさは「完全なうそだ」と述べた。

<分析>ひっそりとした葬儀に重厚な警備――スティーヴ・ローゼンバーグ・ロシア編集長
エフゲニー・プリゴジン氏は謎に満ちた人物だった。かつらや付けひげなどを使い、自分が特定されることを避けていた。
こうした謎が、彼の死によって終わったわけではないことは明らかだ。
サンクトペテルブルクではこの日ずっと、ワグネルの代表がどこに埋葬されるのかのうわさや憶測が飛び交っていた。前もっての警告はなかった。日時や場所についての公式発表もなかった。ソーシャルメディア上では少なくとも4カ所の霊園が可能性として挙がっていた。
結果として、4カ所とも外れていた。
プリゴジン氏の広報チームは最終的に、同氏がサンクトペテルブルク近郊のポロホフスコ霊園で、父親の墓の隣に埋葬されたと発表した。
プリゴジン氏は死に際し、軍事的な栄誉を与えられなかった。葬儀に参加したのもごく少人数だったと報じられている。
霊園の外で我々は、公には閉園していると告げられたため、中には入れなかった。外に集まったメディアが入り込まないように、霊園はほとんど封鎖状態にされた。
霊園の柵沿い、そして全体に、警察の長い列がある。探知犬や対ドローン隊員、治安部隊の姿も見える。
葬儀自体はひっそりとしたものだったかもしれないが、その警備はひっそりどころではなかった。
その理由はわかるはずだ。
プリゴジン氏が企てた反乱は、ロシア政府から裏切り行為とみなされた。ロシア当局としては、この葬儀は注目されないほど良いのだ。











