【検証】 「ゼレンスキー氏がヨット購入」 親ロ派の流言はいかに米軍事支援に影響したか
オルガ・ロビンソン、シャイアン・サルダリザデフ、マイク・ウェンドリング、BBCヴェリファイ(検証チーム)およびBBCニュース

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ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が、アメリカからの援助金で豪華ヨット2隻を購入した――。そんなうわさを、ロシア在住の元米海兵隊員が立ち上げたウェブサイトがあおった。
これは虚偽の主張だが、偽情報の計画は成功した。この主張はインターネットを駆けめぐり、軍事費に関して重要な決断を下す米連邦議会の議員たちの間でも、同じような話が聞かれるようになった。
内容は信じられないものだ。ゼレンスキー氏が顧問2人を代理人にし、ヨット2隻に7500万ドル(約107億円)を支払ったというものだ。
ウクライナ政府はこの話を全面的に否定している。そもそも、問題のヨット2隻は売れてすらいない。
しかし、虚偽にもかかわらず、この話はアメリカの議員にも伝わった。米議会の幹部らは、ウクライナへの追加支援の決定は来年まで延期されるだろうとしている。
さらなる支援に猛反対する議員もいる。
共和党のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員はX(旧ツイッター)に、「ウクライナへの資金提供に投票する人は、わが国の歴史上、最も腐敗した対外戦争に資金を提供することになる」と投稿。ヨットのうわさに触れている記事のリンクを添えた。
一方、ウクライナへの軍事援助を支持している共和党のトム・ティリス上院議員は、先に上院議員らがゼレンスキー氏と非公開の会合を開いた直後、米CNNのインタビューで、こう言った。
「汚職という概念が話題になった。援助金でヨットを買う者がいるから(支援は)できないという意見が出たからだと思う」と、ティリス氏は話した。
「ゼレンスキー氏は、そのような考えを払拭した」
ティリス議員は、同じく共和党のJ・D・ヴァンス上院議員と対立している。ヴァンス氏もまた、ゼレンスキー氏とヨットについて語っている。
ヴァンス氏は、ドナルド・トランプ大統領の顧問を務めたスティーヴ・バノン氏のポッドキャストに出演。予算の優先順位について語りながら「社会保障を削減し、祖父母を貧困に陥れようとする人々がいる。なぜか? ゼレンスキーの側近の一人がもっと大きなヨットを買えるようにするためか?」と述べた。
ヨットのうわさは虚偽だ。しかしBBCは、この主張を主にあおっているのが、ワシントンに拠点があると見せかけた、ロシアと関係のあるウェブサイトだと突き止めた。
研究者らによると、このウェブサイトは「ロシア政府とつながりのある、物語ロンダリングのために作られた可能性の高いツール」だという。
ロシアにルーツのある「ワシントンの」ウェブサイト
このうわさが最初に出現したのは11月末、怪しげなユーチューブのチャンネルでだった。数えるほどのフォロワーしかおらず、投稿された動画は一つだけだった。
この動画は次の日、「DCウィークリー」というウェブサイトに取り上げられた。そこには「ラッキー・ミー」と「マイ・レガシー」という2隻のヨットの写真も掲載されていた。さらに、ゼレンスキー氏の関係者にヨットが売却されたことを認めるとされる書類も出ていた。
しかし、この2隻を売り出している高級ヨットブローカーは、この疑惑は虚偽だと述べている。販売書類は偽造のようだ。そもそも、「ラッキー・ミー」と「マイ・レガシー」は両方とも、ゼレンスキー氏にもその側近にも購入されておらず、まだ売りに出されている。

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DCウィークリーの記事に対して、インターネット上ではさまざまな憶測が飛び交った。複数のソースからリンクが張られ、また、複数のプラットフォームで記事が引用された。
しかし、このサイトは名前のように週刊誌(ウィークリー)が運営しているのではなく、アメリカの首都(DC)に拠点を置いているわけでもない。
米クレムゾン大学で偽情報を研究しているダレン・リンヴィル氏とパトリック・ウォレン氏の調査によると、DCウィークリーは、ジョン・マーク・ドゥガン氏という人物によって開設された。ドゥガン氏は元米海兵隊員で元フロリダ州警察官という経歴を持ち、2016年にロシアに移住している。
ドゥガン氏はパームビーチ郡の保安官事務所で3年間、保安官補を務めていた。そして退職後の2009年、かつての雇用主らについてのうわさを広めるウェブサイトを開設した。
ロシアに移住してからはジャーナリストを自称し、ウクライナへの侵攻について活動。さまざまな虚偽や根拠のない主張を広めてきた。たとえば、ロシアはウクライナにある生物兵器研究所を破壊しようとしている、といった内容だ。
クレムゾン大学の研究者らは、DCウィークリーの記事について、他のウェブサイトからコピーし、人工知能(AI)エンジンで書き直したものばかりだと突き止めた。同ウェブサイトの「記者」の名前は偽名で、顔写真もインターネットのどこからかコピーされたものだった。
こうした書き直しの記事が同サイトをまともなものに見せる一方で、怪しげなオリジナル記事も紛れ込んでいる。
そのうちの一つが、ヨットに関する主張の始まりだ。研究者らは、DCウィークリーがこの記事を掲載した後、この話がどのように広まったかを追跡した。
研究者らが集めた証拠によると、DCウィークリーは、ドゥガン氏が管理する他の複数のウェブサイトと同様のサーバーに接続され続けていることがうかがえる。BBCヴェリファイ(検証チーム)はまた、DCウィークリーの一部のホスト元が、モスクワにあるサーバーだと突き止めた。
ドゥガン氏は今年初め、ロシア外務省が支援するアカデミーでの講演で、DCウィークリーのコメンテーターだと紹介されていた。
クレムゾン大学のウォレン氏は、「ドゥガン氏が長い間DCウィークリーに関わり、その背後にあるインフラとつながっていることは、私の目には明らかだ」と述べた。

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ドゥガン氏はテキストメッセージで、「これらの主張を断固として否定」し、数年前にDCウィークリーを3000ドルで売却したと述べた。売った相手のことは覚えておらず、また、対ロ金融制裁によって決済プラットフォームから追い出され、電子メールアカウントへのアクセスを失ったため、書類は紛失したとした。その上で、現在のサイトの運営とは何の関係もないと述べた。
研究者らは、DCウィークリーはより大きな親ロシア・プロパガンダ組織の一部だと指摘する。
「この特定の個人が背後にいるかどうかは、実際にはあまり問題ではない」と、ウォレン氏は述べた。
「重要なのは、これが非常に実質的かつ効果的な、親ロ的な影響力を強める活動の重要な要素であることだ。そのことは暴露され、理解される必要がある」
ウクライナ大統領府はDCウィークリーの記事について、「この記事の情報は全て偽物だ。ゼレンスキー氏とその家族は過去も今も、ヨットを所有していない」と述べた。
BBCは、米議会のティリス上院議員とグリーン下院議員にもコメントを求めている。
ヴァンス上院議員の広報担当者は、「西側諸国の誰もが、何年も前から、ウクライナが世界で最も腐敗した国の一つだと認識していた。しかし、ウクライナに何十億ドルもの対外援助を送り始めた途端、そのことを忘れてしまった」と述べた。
ゼレンスキー氏の妻をめぐっても
ヨットの偽情報は、ウクライナで長年問題になっていた汚職への懸念の上に成り立っていた。欧州連合(EU)をはじめとする西側機関への加盟に向け、ウクライナは汚職対策をはじめとする数々の試練に立ち向かっている。
国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」が公表している各国の腐敗認識指数(CPI)では、ウクライナは180カ国中116位につける。しかし、ここ数年の努力により、その順位は大きく改善している。
だが、偽の文書や怪しいソーシャルメディア・アカウントに裏付けされた、虚偽の主張をめぐるインターネット上の会話に比べれば、現在進行中の汚職問題に向けられた注目は穏やかなものだった。
今年10月、ゼレンスキー大統領が米ニューヨークの国連総会で演説をしている間に、妻のオレナ・ゼレンスカ氏が宝飾品に大金を費やしたという主張が、ソーシャルメディアで広く共有された。

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この主張はヨットのうわさと同様、数人のフォロワーしかおらず、動画が1本しか投稿されていないユーチューブ・チャンネルから始まった。この動画には、ニューヨーク5番街にある宝飾店カルティエで働いていると主張する、ベナン出身だという女性が映っている。
女性は動画の中で、9月22日付のレシートを見せる。レシートにはゼレンスカ氏の名前と、ブレスレットやイヤリング、ネックレスなどで110万ドルが支払われた旨が記載されている。
顔認識ツールを使ったところ、この動画の女性と、ロシアのサンクトペテルブルクに住んでいるという女性のSNSのプロフィール写真に大きな一致があった。このSNSの女性の写真を検索すると、動画内の女性と同一人物のようだった。
この主張はフェイスブックやTikTok、テレグラムなどで拡散された。在英ロシア大使館も、「イギリスの税金の最高の使い道」というコメントと共に、この主張を共有した。
だが、このレシートは明らかに偽物だ。ゼレンスキー氏とゼレンスカ氏夫妻は、9月21日までにニューヨークを離れ、カナダへと移動している。
このうわさを広める中心となった英語ウェブサイトが、DCウィークリーだった。

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BBCヴェリファイとクレムゾン大学の研究者らは、今年8~12月にDCウィークリーに投稿された多くの記事が、同じようなパターンであることを突き止めた。
偽の記事の中には、「英王室のヨーク公アンドリュー王子がウクライナを極秘訪問した」、「ウクライナがイスラム組織ハマスに武器を提供した」、「アメリカのNGOがウクライナで臓器摘出を行っていた」、「ゼレンスキー政権がウクライナの農地に有害廃棄物の投棄を認めていた」、といったものがあった。
DCウィークリーの記事は、ユーチューブで疑惑の動画が出た数日後に掲載されることが多かった。
また、ヨットや宝飾品を含む偽情報は、DCウィークリーだけでなく、他の親ロ派の英語ウェブサイトや、「有料広告記事」を受け入れているアフリカの正規ニュースサイトにも掲載されていた。
偽情報のいくつかは、他のニュースメディアやアカウントにも拾われている。しかしDCウィークリーの背後にいる人々は、このヨットに関する記事で、以前には考えられなかったレベルの成功を収めたように見える。このうその疑惑は、米議会の有力者たちに繰り返されたのだから。
追加取材:ポール・マイヤーズ








