【解説】トランプ氏は世界を帝国の時代へ戻す危険がある……BBC国際編集長

黒いカーテンのかかった壁を背に、複数のスーツ姿の男性が立っている。その前のテーブルに向かい座ったトランプ氏が、前で手を組んでいる。カーテンの奥に明るい廊下があるのが見える

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画像説明, 米軍によるヴェネズエラの首都カラカス攻撃の様子を、中継で見ているトランプ氏(3日、米フロリダ州)

ジェレミー・ボウエン BBC国際編集長

(文中敬称略)

ヴェネズエラのニコラス・マドゥロ大統領が、米軍特殊部隊によって宮殿を追われ、その地位を失い、自国から国外へ排除されたわずか数時間後になっても、ドナルド・トランプ米大統領は、その様子を眺めていた時の感覚がいかにすごいものだったかを強調していた。

トランプ大統領は米軍の作戦行動の一部始終を、米フロリダ州にあるマール・ア・ラーゴの私邸からライブ映像で見ていたのだ。その時の感覚を彼は米FOXニュースにこう話した。

「あのスピード、あの暴力性を見たら(中略)彼らはそういう言い方をするんだが、あれを見たら、本当に見事な、見事は仕事ぶりだった。あんなことができるのはほかに誰もいない」

アメリカ大統領は、素早い勝利を求めている。そしてトランプには、素早い勝利が必要だ。2度目の就任の前、彼はロシアとウクライナの戦争は1日で終わらせられると豪語していた。

トランプの語り口からすると、ヴェネズエラは、彼が何としても欲しかった、素早く決定的な勝利だった。

マドゥロはニューヨーク市ブルックリンの拘置所にいる。ヴェネズエラはアメリカが「運営」する。そして、新しい暫定大統領が就任したチャヴェス派政権は今後、何百万バレルもの石油をアメリカに渡し、その販売収益の使い道は自分が決めるのだと、トランプは宣言した。これが全て、少なくとも今のところは、アメリカ人の犠牲を出さずに、そして2003年のイラク侵攻後に壊滅的な惨状をもたらした長い占領もせずに、実現することになったのだ。

少なくとも今のところ、トランプ大統領と側近たちは、少なくとも公には、ヴェネズエラがいかに複雑かを無視している。ドイツより大きい国で、腐敗と抑圧を政治に深く埋め込んできた派閥が依然として、国を統治している。

この複雑さを直視する代わりに、トランプは地政学的な高揚感を楽しんでいる。マール・ア・ラーゴの記者会見で大統領の隣に並んだマルコ・ルビオ米国務長官とピート・ヘグセス米国防長官の発言から察するに、両長官も同じだ。

そして2人はあれ以来、トランプは有言実行の大統領なのだと繰り返している。

トランプは、コロンビア、メキシコ、キューバ、グリーンランド、そしてデンマークに対し、自分の欲求が次にどこへ向かうか、警戒した方がいいと態度を明示している。

トランプは、あだ名をつけるのが好きだ。彼はいまだに前任者を「寝ぼけたジョー・バイデン」と呼ぶ。

そして今や、「モンロー・ドクトリン」にも新しい呼び名をつけようとしている。

過去200年にわたりアメリカの対ラテンアメリカ政策の基盤だったモンロー主義を、彼はもちろん自分の名前にちなんで改名した。「ドンロー・ドクトリン」と。

アメリカの第5代大統領だったジェイムズ・モンローは、「モンロー・ドクトリン」を1823年12月に発表した。西半球はアメリカの勢力圏だと宣言し、欧州列強に干渉しないよう、新しい植民地を西半球に持たないよう、警告するものだった。

「ドンロー・ドクトリン」は、モンロー大統領の200年前のメッセージを激化させた。

「モンロー・ドクトリンは大したものだが、我々はそれをはるかに超えた」と、トランプはマール・ア・ラーゴで述べた。目隠しと拘束具を付けられたマドゥロが、ニューヨークの拘置施設へ移送される最中のことだ。

新しい国家安全保障戦略の下、西半球におけるアメリカの優位性が疑問視されるような事態は、もう二度と起きない」

手錠をかけられた夫妻が、米当局者に連行され、川に面したニューヨーク市のヘリパッドを歩いている

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画像説明, ヴェネズエラのマドゥロ大統領夫妻は今、ニューヨークで拘束されている

どのような競合勢力も潜在的脅威も、とりわけ中国は、ラテンアメリカに介入してはならないというのだ。となると、この地域に中国が既に重ねてきた莫大な投資がどうなるのかは、はっきりしない。

ドンロー主義はまた、アメリカが「裏庭」と呼ぶ広大な地域を、北方のグリーンランドまで拡大している。

モンロー大統領の優雅な筆致に匹敵する2026年のものといえば、米国務省がソーシャルメディアに投稿したトランプ大統領の写真だろう。陰鬱な表情のその写真に添えられた文言は、「これは我々の半球だ。そして、我々の安全保障が脅かされることを、トランプ大統領は許さない」というものだった(訳注:太字は原文で大文字)。

つまり、言うことを聞かない国や指導者にはアメリカの軍事力と経済力を行使し、必要となればその資源を奪う――という意味だ。標的になり得るコロンビアの大統領にトランプが警告したように、アメリカに従わないなら気を付けろ――ということになる。

グリーンランドも、アメリカの標的にされている。北極圏での戦略的価値があるからというだけではなく、グリーンランドの氷の下に眠る豊かな鉱物資源が、気候変動による氷床融解で採掘しやすくなったからだ。

アメリカはグリーンランドのレアアースとヴェネズエラの重質原油のどちらも、自分たちの戦略的資産だと見ている。

他の介入主義的なアメリカ大統領とは異なり、トランプは自分の行動を国際法や民主主義の推進といった正当性で(たとえ形の上だけでも)飾ろうとはしない。彼が必要とする正当性とは、自分の意志の力への信念と、それを支えるアメリカのむき出しの力からくるものだけだ。

モンローからドンローまで、アメリカの大統領は外交政策のドクトリンを重視してきた。それが彼らの行動と功績の形を作るからだ。

動画説明, 【検証】ヴェネズエラに対するトランプ米大統領の動き 主なポイントは

今年7月にアメリカは建国250年を迎える。初代大統領のジョージ・ワシントンは1796年に、自分は3期目を目指さないと宣言した。その退任演説は、今も重要な意味をもつ。

ワシントン大統領は、アメリカと世界についてさまざまな警告を発した。

戦時下の一時的な同盟は必要かもしれないが、アメリカはそれ以外は外国との恒久的な同盟を避けるべきだと、ワシントンは述べた。これによって、アメリカの孤立主義の伝統が始まった。

ワシントンは内政については、極端な党派性を警戒するよう国民に注意を促した。アメリカの若い共和国にとって、政治的分断は危険だと警告した。

連邦議会の上院は毎年、ワシントンの退任演説を公の場で朗読する儀式を繰り返す。しかしそれは、党派対立で分断された今のアメリカ政治には影響を与えていない。

アメリカをがんじがらめにするような同盟関係は危険だというワシントン大統領の警告は、建国から150年間は尊重された。そして第1次世界大戦が終わると、アメリカは欧州を離れ、孤立主義へと戻った。

しかし、第2次世界大戦を通じてアメリカは世界の大国になった。そしてここで、新しい「ドクトリン」が導入され、欧州の人間の暮らしにかつてないほど重要な意味をもったのだ。トランプが登場するまでは。

1947年にもなるとソ連との冷戦は、悪化していた。、第2次世界大戦で破産したイギリスは、共産主義と戦うギリシャ政府をこれ以上、資金面で支援できないとアメリカに告げた。

そこで当時のハリー・トルーマン米大統領は、(本人の言葉を借りると)「武装した少数派や外部圧力による隷属の動きに抵抗する、自由な人々」を、アメリカは支援すると約束した。これはつまり、ソ連からの脅威、もしくは各国にいる共産主義勢力からの脅威を念頭においてのことだった。

これが「トルーマン・ドクトリン」だった。これをもとに、欧州を再建したマーシャル・プランが生まれ、1949年には北大西洋条約機構(NATO)が創設された。トルーマンや、ソ連封じ込め政策を考案した外交官のジョージ・ケナンのように、大西洋の両側の協力を重視した大西洋派は、アメリカが欧州に注力することはアメリカの利益になると信じていた。

トルーマン・ドクトリンからバイデン前大統領によるウクライナ支援の決定までは、直線でつながっている。

トランプがずっと解体してきたアメリカと欧州との関係は、多くの面で、トルーマン・ドクトリンがそもそも築いたものだ。トルーマン・ドクトリンは、それまでのアメリカときっぱり決別した。トルーマンは、アメリカをがんじがらめにする同盟関係は結ぶなというワシントンの警告を無視したのだ。

そして今や、トランプはトルーマンが残したものから決別している。トランプは、デンマークの主権領土であるグリーンランドを何らかの形で獲得すると脅している。その脅しを彼が実行に移すなら、彼は大西洋を挟んだ同盟関係を破壊するかもしれない。

トランプを強力に支え、その「アメリカを再び偉大に(MAGA)」というイデオロギーを推進する側近のスティーヴン・ミラーは今月5日、このことをCNNで端的に表現した。いわく、アメリカは「力が物事を決める、武力が物事を決める、パワーが物事を決める」本物の世界の中で動いているのだと。そして、世界がそういう場所だというのは、「太古の昔から世界を貫く鉄の法則だ」と。

強さと力が必要だという点を否定する米大統領はいない。しかしフランクリン・ルーズヴェルトからトルーマン、そしてトランプの前任者に至るまで、ホワイトハウスの執務室に座った歴代大統領は、強力な国として存在するための最善の方法は、同盟を主導することだと信じていた。つまり、持ちつ持たれつの関係を維持することだと。

だからこそ彼らは新しく作られた国際連合を支持し、国家の行動を規制するルール作りの推進を支持した。もちろん、アメリカは過去にも何度も国際法を無視し、違反してきたし、アメリカのそうした行動が、原則本位の国際秩序という理念を大きく空洞化させてきた。

しかしトランプの前任者たちは、たとえ国際法が問題だらけで不完全だとしても、国際システムに規制が必要だという概念そのものを消し去ろうとはしなかった。

なぜなら、最強の者が世界を支配するのだという原理の下で行われた20世紀前半の争いは、2つの世界大戦を引き起こし、数百万人を死なせるという惨状をもたらしたからだ。

けれども、トランプの「アメリカ第一」思想に、そのビジネスマンとしての本能(すべては取引で、なんでも次々と自分のものにしようとする本能)が組み合わさった結果、自分に気に入られるという厚遇を得るには、アメリカの同盟諸国は自分に代償を払わなくてはならないと、そう考えるに至った。友情という言葉は強すぎるように思える。大統領が示す狭義の「アメリカの利益」を守るには、アメリカは単独行動によって最強の存在であり続ける必要がある。

トランプはしばしば考えを変える。しかし、アメリカは何の罰も受けずに好きなように行動できるという信念だけは、不変のようだ。それこそが、アメリカを再び偉大にする方法なのだと、トランプは言う。

しかし、もしトランプがこの道を進み続けるならば、世界は100年ほど前の、帝国の時代へと逆戻りしかねない。そのリスクがある。かつてのその世界では、勢力圏をそれぞれもった列強が、自分の意志を周囲に押し付けようとした。かつてのその世界では、民族主義を掲げた強大な権威主義者たちが、自国民を破滅へと導いたのだ。