イギリスの新首相に歓喜するインド、スーナク氏は英印関係をどう変えるのか
スーティク・ビスワス、インド特派員

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イギリスのリシ・スーナク新首相に関する、インド国内でのニュースの見出しが全てを物語っている。
インド系のスーナク氏(42)の台頭を、多くのインド国民が喜んでいるようだ。東アフリカからイギリスに移住したインド系の両親を持つスーナク氏は、与党・保守党の党首選で勝利し、この2カ月で3人目となるイギリス首相に就任した。懐疑的な人たちでさえどうしても、いささか勝ち誇った気分になっているようだ。
当然、一番喜んでいるのはナショナリストだ。彼らはスーナク氏の信仰を理由に、イギリスの新首相を熱心に支持しているようだ。
「誇り高きヒンドゥー教徒」
インド最大の英字新聞タイムズ・オブ・インディアは、「誇り高きヒンドゥー教徒」のスーナク氏がイギリスの新首相に就任したと報じている。当該記事には「ヒンドゥー」の文字が5回使われている。インディア・トゥデイは、「ダウニング街10番地(官邸)でヒンドゥー教徒であるということ」という見出しで、スーナク氏は「ヒンドゥー教徒でありながらイギリスのトップの仕事を得た。ヒンドゥー教徒であるからではなく」と伝えている。
植民地時代を引き合いに出した報道もある。ザ・テレグラフは「スーナク氏:元インド会社経営者がイギリス運営に乗り出す」と書き、かつて傭兵を使ってインドの大部分を支配していた会社を連想させた。ヒンドゥー語新聞のダイニク・バスカーは「インド国民にディワリのギフトがもう1つ贈られる。インド系のリシ氏が白人を統治へ」という見出しを付けた。スーナク氏の首相就任が確実となった24日は、「光の祭典」とも呼ばれるヒンドゥー教の祭り「ディワリ」の日だった。
多くのインド人は、スーナク氏の首相就任を、実に象徴的なことだと受け止めている。インドにとって、良い存在になると確信しているようだ。

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多文化への寛容が「新たなレベルに達した」
スーナク氏は8月、ボリス・ジョンソン元英首相の辞任に伴う英保守党党首選で、ロンドン北部でのイギリス系インド人が多く集まる選挙イベントに出席し、伝統的な挨拶を行った。「首相になったら、インドとの関係強化に努めたい」とスーナク氏は話していた。
ヒンドゥー教徒のスーナク氏は、下院議員としての宣誓就任にはヒンドゥー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」を使った。最近行われた儀式では牛を祀(まつ)り、ダウニング街の住居ではディワリ用のランプを灯した。インドの正真正銘の宗教ともいわれるクリケット好きも公言している。
妻の父はインドが誇る巨大アウトソーシング企業インフォシス創業者で、億万長者のナラヤナ・マーシー氏だ。マーシー氏は娘に宛てた手紙で、当時娘の婚約者だったスーナク氏について「あなた(娘)が言う通り、優秀でハンサム、そして何よりも誠実な人だ」としている。
今夏の党首選でスーナク氏が当初は優勢で、首相になりそうだと言われた際、インドでは一部のソーシャルメディアで冷笑する声が相次いだ。喜ぶのはばかげたことだという意見もあった。
しかし、学者で作家のカンチャ・イライア・シェパード氏など他のインド人は、スーナク氏の台頭は「イギリスの有権者や政治家層における多文化への寛容性が、注目に値するほど新たなレベルに達した」ことを示しているとみている。
海外での成功が「誇り」
インド人は常に、国外移住者の成功に注目してきたと、米ニューヨーク在住のインド人作家サリル・トリパティ氏は言う。

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「インド国民は米グーグルのサンダー・ピチャイCEOや米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOのことを誇らしく思っている。こうした国外での成功例は、インド人の優秀さの証明だとみなされる。異国の地での成功は、特に誇らしいことと受け止められる」
その一方で、こうした人々の階級についてはあまり言及されない。スーナク氏は、イギリスの有名私立ウィンチェスター・コレッジから英オックスフォード大学と米スタンフォード大学へ進んだ。インドの企業で活躍する人の大半も同様に、インドのエリート大学の出身者だと、トリパティ氏は付け加える。
英保守党のインド系政治家の多くは、保守党が長年支持基盤としてきた選挙区で議席を確保している。そのため、インド系の有権者や、その他のアジア系有権者全般への求心力は、限られているとトリパティ氏は言う。
「スーナク氏の首相就任は、それよりは重要かもしれない。イギリスは、植民地時代のやっかいな過去をもつ国で、いまだに人種差別問題を抱える社会だ。その国の首相に、彼はなったわけなので」
英印関係はどうなる
8月にインド系が多く集まるイベントに出席したスーナク氏は、インドとイギリスの関係を「異なる角度から見る必要性」について語った。「ここイギリスにいる私たちには、インドから学べることが膨大にあるので」とスーナク氏は話した。
「とりわけイギリスとインドが自由貿易協定(FTA)の締結に取り組んでいる今だからこそ、リシはイギリスにとって、またインドとの連携にとって、素晴らしい首相になるだろう。彼は非常に経験豊富で、新型コロナウイルスのパンデミックの最中には財務相として手腕を発揮し、イギリスの雇用と企業を救った」と、保守党のインド友好団体「Conservative Friends of India」のディレクター、ナヤズ・カジ氏は言う。

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インドに関して言えば、「野心的」なFTA交渉の再開が、、スーナク氏の主な仕事になるだろう。両国は1月にFTA交渉を開始したが、その後は停滞している。インドは革製品や宝石、繊維製品、食品などの輸出を増やし、学生やビジネス用ビザの発給数をさらに確保したい考えだ。
この野心的な協定は、2030年までに二国間貿易を1000億ドル規模に倍増させようとするものだ。しかし、インド系のスエラ・ブラヴァマン内相が英誌スペクテーターに、在留期限が切れてもイギリスに留まる「オーバーステイが最も多い移民グループはインド人」だと述べ、インド人へのビザ発行を増やせば、インド移民が一層増えると発言。スーナク氏はこのブラヴァマン氏(トラス政権末期に機密情報の不適切な取扱いを理由に解任)を内相に再び登用しただけに、FTA交渉は大荒れになると予想される。
スーナク氏は、イギリスを抜いて世界第5位の経済大国となったインドとの協定締結に力を入れていると述べている。
印英関係は新首相のもとで強化されると、インド・デリーにあるジャワハルラール大学のハピモン・ジェイコブ氏はみている。「それはスーナク氏がインド系だからではない。その首相就任によって、2つのことが実現しそうだからだ」という。1つはFTA。もう1つは対中政策だという。
「イギリスはこれまで中国を脅威と見なすのかどうか、姿勢があいまいだった。選挙戦でのスーナク氏の中国に対する論調からすると、それは前ほどあいまいではなくなるはずだ」
「インド政府はFTAの締結を目指しており、西側諸国、とりわけイギリスが中国に対抗するのを喜ぶだろう」と、ジェイコブ氏は言う。
インドの思い通りになるとは言い切れないという人もいる。
デリーに拠点を置く政策アナリストのサンジャヤ・バル氏は、「スーナク氏のアジェンダの上位にインドが入ることはないだろう」と指摘する。「イギリス国内では経済問題に対処しなければならないし、EUやアメリカとの関係安定を回復しなくてはならない。だからインドが最優先されることはないだろう。インドは、じっくり腰を据えて順番を待たなくてはならない」。
バル氏によると、25カ国で200人以上のインド系の人物が政治家に選ばれ、10カ国の政権をインド系の人物が率いている。リオ・ヴァラッカー氏が(連立与党内の合意により)年末にアイルランド首相に復帰すれば、イギリスとアイルランド双方の首相がインド系ということになる。
「(外国のインド系指導者の)多くはインドと良好な関係を築いてきたが、中にはインド人外交官を困らせた者もいる」とバル氏は言う。
インド人作家トリパティ氏はもっと慎重だ。スーナク氏は「インドとの自由貿易協定を望むだろうが、イギリスの移民政策を大幅に変更するような代償は払わないだろう」とトリパティ氏は言う。
「スーナク氏はイギリスの利益を第一に考えるだろうから、インドはいずれそこまで彼を祝福しなくなるはずだ」









