米最高裁の中絶権違憲判断、世界はどう受け止めている?

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アメリカの連邦最高裁が中絶権は憲法で保障されているとした重要判例を覆したことについて、世界各国から反応が相次ぎ、賛成派、反対派双方の活動家らがその意味を説明しようとしている。
BBCの記者や特派員が、イタリア、エルサルバドル、インド、アイルランド、カナダでの反応を取材した。
アメリカはイタリアの「弱点」に触れた ――マーク・ロウエン記者、BBCニュース(ローマ)
アメリカの「ロー対ウェイド」判決から5年後の1978年、イタリアでは「194条」として中絶が合法化された。
アメリカほど白熱する政治的問題ではないものの、イタリアでもキリスト教カトリック教会に近い極右の保守派が新たに台頭する中で、中絶権をめぐる議論に注目が集まっていた。米最高裁の判断は、イタリアにも影響を及ぼしている。
左派や中道派からは非難と警告の声が聞こえている。194条の成立に寄与した左派のエマ・ボニーノ元外相は、イタリアが後退し、「永久に続くと思われた成果を失う」危険性を示したと指摘した。
一方、右派では活気づいたという人もいる。極右政党「同盟」のシモーネ・ピロン氏は「素晴らしい勝利」だと述べ、イタリアや欧州もアメリカにならってもらいたいと話した。
しかし、「同盟」党首のマッテオ・サルヴィーニ党首は明らかに慎重に言葉を選び、自分は「命の価値を信じているが(中略)妊娠について最終的な決定権は女性のものだ」と述べた。これはもしかすると、国民の大半が中絶権をなお支持していることを認識いるからかもしれない。
イタリアで中絶が制限されることはないだろうが、194条では医師による良心的拒否が認められている。現在では全国の医師の7割が中絶手術を拒否している。一部の地域ではこの割合は90%にのぼる。
カトリック教会の総本山、ローマ教皇庁(ヴァチカン)を抱えるイタリアは、性的マイノリティー(LGBTQ+)の権利など、いくつかの社会問題で他国に遅れをとっていることが多い。
一方で、何十年も前に中絶のために戦い、法律に明記されたことを、多くの人が誇りに思っている。しかし一部の人にとってそれは「弱点」であり、アメリカの決定はその神経に触れることになる。
アイルランドでは大きな反応――エマ・ヴァーディ―BBCアイルランド特派員
米最高裁の判断に関するニュースに、アイルランド各地はただちに、白熱した反応を示した。中絶が比較的最近になって合法化されたアイルランドでは、この問題は深い感情をかきたてるものだ。支持派にも反対派にも、今なお声高な運動団体や活動家が存在している。
大学講師のジェニファー・キャシディー博士はツイッターに「世界は、アメリカがすっかり様変わりして、アメリカだとは思えない場所になるのを見続けている」とつづった。キャシディー氏は2018年の国民投票で中絶が犯罪ではなくなった際に首都ダブリンに滞在しており、大勢が街中で喜びを分かち合うのを目撃したという。
多くの「プロ・チョイス(選択支持=中絶権支持)」派が、その日の記憶を追体験してきたが、今はアメリカで起きたことへの恐怖を語っている。
アイルランドでは現在、2012年に中絶が受けられず敗血症で亡くなったサヴィタ・ハラッパナバールさんの話が再び拡散されている。こうした死亡例がアメリカで増えることに備えてほしいと、アメリカ人に警告するためだ。

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イギリス・北アイルランドで中絶の権利のために闘ってきたアムネスティ・インターナショナルのグレイン・タガート氏は、米最高裁の判決を「恥ずべき決定だ」と言う。
しかし、アイルランド島での中絶合法化に打ちのめされた活動家らは、再び活気を取り戻している。
北アイルランドで最も著名な中絶反対活動家のの1人であるバーニー・スミス氏は、「アイルランドにとってはちょっとした目覚ましだ。アメリカで起きていることには学ぶべきことがたくさんある」と語った。
「個人的な希望としては、私たちもいつかこの法案を覆すことができればと思っている。アメリカの動きはとても賢明だと思う。多くの希望をもたらしており、闘いは続く」
保守派が勢いづくエルサルバドル ――ウィル・グラント記者、BBCニュース(サン・サルバドル)
中南米でも中絶に対する潮目が変わり始めたと感じた矢先に起きたアメリカの最高裁の判断を受け、生殖に関する権利を訴える多くの活動家が、最悪の事態を恐れている。
エルサルバドルでは、母親の命が危険にさらされる場合や、強姦や近親相姦なども含め、あらゆる中絶が禁止されている。同国の中絶権活動を主導しているマリアナ・モイサ氏は、 「エルサルバドルで一貫して女性の権利を否定している、最も保守的なグループが、米最高裁の判断によって勢いづくことになる」と話した。
モイサ氏はまた、「虐待の結果として妊娠した子どもを産まざるを得ない女性や少女の人権を否定すること」は、すでに社会の最貧困層に不釣り合いな影響を及ぼしていると指摘した。
一方、エルサルバドル議会で過半数を占める中絶反対派の政治家らはアメリカの動きを歓迎し、中絶に対する自分たちの立場がなお、アメリカ大陸の支配的見解だと主張している。
米最高裁が検討したのはあくまでもアメリカ各州の法についてのみだった。それでもアメリカは、中米に大きな影響力を持ち続ける。モイサ氏は、今回の判断が発信するメッセージは恐ろしいものだと話す。
「悲しいことだ。この逆行した一歩は、世界中の女性への蔑視と関心のなさを示すだけのものだ」
「壊滅的な後退」 ――ロビン・レヴィンソン=キング記者、BBCニュース(トロント)
カナダは、隣国かつ最大の貿易相手国の事情に首を突っ込むのはあまり好きではない。
しかし米最高裁が「ロー対ウェイド」判決を覆した時、進歩派のジャスティン・トルドー首相は言葉を濁さず、「壊滅的な後退」、「女性にとって恐ろしいこと」だと指摘した。
ルワンダの首都キガリで開催中のイギリス連邦首脳会議に出席しているトルドー首相は、「率直に言って、それはすべての人の自由と権利に対する攻撃だ」と述べた。
カナダでは1983年以降、中絶は非犯罪化されているものの、中絶処置を受ける権利は保障されていない。たとえばニューブランズウィック州には中絶クリニックがない。また多くの農村地帯では、女性が中絶するために何時間も車を走らせなければならない。
カナダにも多くの「プロ・ライフ(生命支持=中絶反対の意味)」派がいる。ただ、南の国境を接するアメリカほど政治化されている問題ではない。
カナダの中絶反対団体「ライトナウ」はツイッターで、「アメリカの友人たちにとって本当に歴史的な日だ」と、最高裁の判断を歓迎した。
「アメリカは世界の模範」 ――ジータ・パンデイ記者、BBCニュース(デリー)
インドでジェンダーの正義を求める活動家らは、米最高裁の判決を「女性の権利にとって大きな後退」で、「ヴィクトリア朝時代(19世紀後半)の道徳」に導かれたものだと評した。
活動家であり、法医学教授として医療倫理を教えているヴィーナ・JS医師は、今回の判断はアメリカの女性の生殖に関する権利だけでなく、世界中にも影響を及ぼすと指摘する。
「アメリカは全般的に世界の模範なので、インドが今後、この判決をヒントに、同様の法案を提出するかもしれないと恐れている」
「そうなれば、望まない子供を強制的に育てさせられることになる」
ヴィーナ医師は、女性と子供の身体的な健康とメンタルヘルス(心の健康)にも影響が出ると話している。
「自分の意思に反して出産を強要された女性は、産後の精神病やうつ病が増加するという研究結果が出ている。また、こうした『望まれない』子どもたちの生活の質も低いものになるだろう」
インドでは1971年に中絶が合法化されたが、条件付きだ。男児を求める傾向の強い同国で、女児の堕胎を抑制するのが目的だという。
しかし、女性の間での関心の低さ、中絶に対する偏見、宗教的・道徳的な理由で中絶を行いたくないという医師の意向などにより、現在でも中絶の大部分は登録された医療機関以外で行われている。










