【解説】 最高裁判断でさらに深まるアメリカの分断 中絶の権利めぐり次の争点は
サラ・スミスBBC北米編集長

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米連邦最高裁は24日、アメリカで長年、女性の中絶権を合憲としてきた1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆した。国内で激化している文化戦争に憲法上の手りゅう弾を投げ込み、中絶をめぐる数十年にわたる戦いに新たな火種をつけた格好だ。
最高裁(判事9人)は、妊娠15週以降の中絶を禁止するミシシッピー州法は、「ロー対ウェイド」判決などに照らして違憲だとする同州のクリニックの訴えについて、6対3で違憲ではないと判断した。これにより、何百万もの女性が中絶手術を受けられなくなるという。
この判断は今後、法律を変えていくが、中絶をめぐる議論に決着をつけることはできない。むしろ激化させるだろう。
大喜びしている「プロ・ライフ(生命支持=中絶反対の意味)」の活動家らは、ほんの数年前までは事実上不可能と思われていたことを成し遂げた。これにより、数千の胎児の命が助かると、この人たちは信じている。
一方、「プロ・チョイス(選択支持=中絶権支持)」派は、女性の権利が50年後退してしまったと考え、ひどく落胆している。違法な中絶手術で女性が死んでいた時代に戻ってしまうと。
米ピュー研究所が今月発表した調査結果によると、アメリカ人の約3分の2が、憲法上の中絶の権利を奪われたくないと答えた。
現在のような分断と対立の時代には、高みから法をつかさどる最高裁判所でさえ、単なる裁決者ではなく物語の主要人物になる。24日の判決発表前には、保守派の最高裁判事の1人の自宅前で、銃とナイフを持った男が逮捕された。今回の判決をめぐっては、意見書の草案が5月に流出しており、逮捕された男はその内容に動揺したのだと供述しているという。最高裁判事には警備が必要な状況だ。アメリカで中絶問題は、それくらい燃え上がりやすい火種なのだ。
判事たちは各自の憲法解釈に基づき今回の判決を下したが、その判断は同時にきわめて政治的だ。裁判所が過去の判例を覆す時、批判的な視点から見ると、どうしても憲法判断というよりは、政治的なものに見えてしまう。
現在の最高裁は、6対3で保守派が圧倒多数の構成だ。これは、ドナルド・トランプ前大統領が判事を3人指名したことによる。トランプ氏は大統領選で、「ロー対ウェイド」判決を覆す裁判官を指名すると公約していた。保守派判事3人を選んだことの影響は、トランプ氏の遺産として最も長続きするものになるだろう。

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今回の最高裁判決がアメリカにもたらす政治的な影響は強大で、まるで地殻変動のように全50州に激震が走るだろう。しかし、法律上の規制強化という具体的な影響がただちに出る州は、おそらくその半数だ。
そのひとつがオクラホマ州で、アメリカで最も厳しい中絶禁止法を5月下旬に施行したばかり。同州では、受胎の瞬間から中絶は禁止されている。妊婦の安全が危険にさらされる医療上の緊急事態を除き、ほとんどの例外は認められない。
同州タルサでウェンディ・ステアマン州議会議員を取材したとき、議員は州法案を自分がとりまとめたことは名誉で光栄なことだと話した。生まれることのない毎年4000人の子供に「生きるチャンスを与える」手助けをすることになるとも述べた。
この州法によってオクラホマ州内の中絶はなくなると思うかと尋ねると、議員は「そうは思わない」と答えながら、前よりは中絶手術を受けにくくなると話した。
ステアマン議員はさらに、ごくわずかな例外を除けば、女性は受胎より前に、妊娠しないことを自ら選択できるとして、「ほとんどの女性は中絶を、避妊の手段として使っているだけだ」とも述べた。
タルサで中絶クリニックを運営してきたアンドレア・ガレーゴさんは、議員のこの言い分に強く反論する。中絶手術を受けるという決断は、女性にとって人生で最もつらい困難な決断になることがほとんどだと、ガレーゴさんは言う。
数週間前まで、ガレーゴさんのクリニックでは毎日約40人の妊婦を手当てしていた。私が取材で訪れた時には、待合室も治療室も完全にからっぽだった。わずかに残った数人のスタッフが電話の応対をして、他の州のクリニックについて情報を提供していた。
「何とかして助けれてくれと、患者さんたちに懇願されている」と、ガレーゴさんは言う。「とんでもないことになっている。一連の法律は中絶を防いだりしない。ただでさえ大変な思いをしている患者の負担が増えるだけだ」。
オクラホマですでに起きていることは、これから他の州でも繰り返されるようになる。
「ロー対ウェイド」判例が覆された今、いわゆる「トリガー法」(連邦最高裁が「ロー対ウェイド」判決を覆せば自動的に施行される、中絶禁止の州法)を用意し、すでに施行した13州を含め、26州が中絶規制を強化する可能性がある。各州がすでに可決もしくは可決しようとしている州法案から判断すると、強姦や近親相姦による妊娠の中絶は例外的に認める規定がある州は、3割にも満たない。
民主党が統治するカリフォルニア州やニューヨーク州は今後、中絶が禁止された場所からやってくる女性たちの聖域、避難先として自分たちを位置付けていくことになる。引き続き中絶権が守られている州は、20州だ。出産年齢の女性約2650万人がその20州に住んでいる。
中絶が禁止される州で中絶クリニックが次々と閉じる中、中絶を認める州との州境近くでは中絶クリニックが増えるだろうとされている。合法的に中絶手術を受けられる場所へ移動する時間や資金がない人は、たとえばオンラインで経口中絶薬を注文するなど、他の手段を選ぶかもしれない。たとえそれが違法でも。
2019年のアメリカでは、60万~80万件の中絶手術が行われた。米疾病対策センター(CDC)によると、6件に1件の妊娠は中絶され、その90%以上は妊娠15週までの初期に行われる。中絶手術を受ける半数以上の女性はすでにほかに子供がいる母親で、ほとんどの人にとって初めての中絶となる。

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最高裁の判断は、これ以上はないというタイミングで示された。アメリカの有権者は今年11月に連邦議会の中間選挙で投票する機会があるからだ。
中間選挙で大敗する可能性のある民主党は、中絶問題を理由に、女性の選択権を重視する女性たちが自分たちに投票してくれるよう期待している。しかし、民主党はすでに、中絶権利を全国的に認める連邦法の法案提出でとん挫している。これが実現していたなら、個別の州が州法で中絶を禁止することはできなかった。
たとえ中間選挙で民主党が上下両院の多数党であり続けたとしても、この最高裁判決を覆すことはできない。
対照的に、全米で中絶を禁止する連邦法を成立させたい共和党の議員は大勢いる。もし次の選挙で共和党が議会の支配権を手にした場合は、それが次の争点になるのかもしれない。
今回の最高裁判決が、どの避妊方法にどう影響し、体外受精にどう影響するのかも、今後の争点になるかもしれない。
憲法は中絶権を保障しないとした今回の論法が、同性婚を禁止するためにも使われる可能性も指摘されている。
今のアメリカは、非常に異なる2つの国が入った1つの国のように思える。まったく別々の価値観や信条や目標を持つ、2つの部族が住んでいる1つの国だ。今回の最高裁判決で、2つの集団はますますお互いから離れていった。










