「ごめんなさい」 うそか本当かどうやって見分ける?
アレックス・テイラー記者、BBCニュース

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1970年代に大ヒットしたエルトン・ジョンの「悲しみのバラード」によると、「ごめんなさいと言うのが一番難しい気がする」ものらしい。けれども、「ごめんなさい」という強力な言葉を、いともたやすく口にする人たちもいる。しかも公の場で。
ここ数カ月というもの、政治家からハリウッド俳優、ユーチューバーまで、実に様々な著名人が公に遺憾の意を表してきた。
最近の英国では、保守党青年担当副幹事長のベン・ブラッドリー議員が、過去の発言に関して2回も謝罪する羽目になった。英紙タイムズによると、警察の残虐行為を擁護するかのような発言をしたのが、最新の失言だった。
次から次へと謝罪の言葉がニュースで飛び交う昨今だが、無理やり言わされている謝罪と、誠心誠意の心からの詫びの言葉は、どうやって区別すればいいのか。
個人的な謝罪を
最も純粋なものとして、謝るというのは「悔恨を表す行為、自分の言動が誰かを傷つけてしまったと実感し、改めようとする行為」のはずだと、心理学者ジェラルディン・ホアキム氏は言う。
よく練り上げられた謝罪の言葉を早い段階で出すのは、多くの場合、非常に有益だ。ホアキム氏は、「事態を鎮めて、非難する相手の勢いを失わせる」ことができると説明する。
社会人として謝る必要が生じる場合は、誰にでもありえる。家族や友人に対して謝るべき事態も、同じようにありえる。どういう状況にせよ、謝罪が受け入れてもらえるかどうかは、自分個人への言葉なのだと相手が実感できるかにかかっている。
専門家によると有効な謝罪の秘訣は、「C・A・R」の3文字で表せる。
- 相手を気にかけて心配している(concern)と表す
- 具体的な行動(action)を見せる
- 安心させる(reassurance)
この3つが大事だからだ。
「謝罪される側は、自分自身に謝ってもらいたいと思っている。自分たちの主張が、真剣に受け取られていると感じたいからだ」と、広告代理店タンクのマーティン・ストーン氏は話す。
仕事の世界では、「公式な謝罪」という表現がよく使われる。しかし、実際に求められているのは、その正反対だとストーン氏は言う。
企業、政府、団体など、当事者の状況はそれぞれ違っても、原稿を読み上げているだけのような対応は、共感や思いやりが伝わらず、人の心に響かない。
「テリーザ・メイ英首相もよくこの問題を抱えている。しかし、国民保健サービス(NHS)に関する最近の謝罪はとても人情味があったので、その変化は興味深い」とストーン氏は話す。
「事業でも個人でも、何がポイントかを理解することが不可欠だ。自分たちの行動について謝っているのか、苦情の主が何をどう感じたかについて謝っているのか」
本物と偽物をどう見分ける
- 自発性:対応が早いかどうかが大事だ。謝罪が早ければ早いほど、謝罪する人物が差し迫った罪悪感を持っていると分かる。
- 身振り:心からの謝罪なら、その人物はアイコンタクトや表情などに注目して、謝罪する相手が理解しているか確認しようとしているはずだ。
- 弱さ:うわべだけ謝罪には常に「演技している」感じがつきまとう。劇場型のジェスチャーが多すぎるなどだ。心からの謝罪ならば、うなだれるなど、自責の念や弱い立場にいることを意味する「謙虚なしぐさ」を伴うはずだ。
- 拒否のジェスチャー:うわべだけの不誠実な謝罪かどうかは、謝罪の言葉の直後のしぐさで一発で分かることもある。自分が言ったばかりの言葉を拒絶するかのような、非言語のメッセージがそうだ。たとえば、床に目線を落としてにやにや薄ら笑いを浮かべるのも、その一種。
一番良いのは率直な謝罪か
人が公式に謝罪する場面がここ数年で増えたのは、ソーシャルメディア(SNS)の普及に関係しているのかもしれない。というのも、SNSの普及で「きちんとした礼儀の崩壊」につながったからだとストーン氏は言う。
ツイッターや(ツイッターに比べるとそれほどでもないが)フェイスブックなどによって、私たちは即座に発言し、他人に影響できるようになった。
ウィットに富んだ的確な謝罪は、もし見事に的を射たものならば、SNSで広く「拡散」されることもあるし、何かミスをした会社にとってポジティブな結果となり得る。その企業が間違いを「認め」、修正できるのだと、広く示すことになるからだ。
SNSは「一般的なコメントに、面白いざっくばらんな返事」を返せる企業には、絶好のマーケティングの機会となる。しかし、もっと慎重な対応が必要な状況では、コメントや返事の仕方を抑える必要があり、その判断をしっかりできるかどうかが大事だと、ストーン氏はいう。

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英鉄道会社バージン・トレインが1月上旬、乗客に冗談めかして謝ろうとしたところ、性差別的だと非難されて逆に恥をかいたことがあった。
ソーシャルメディアはユーザーとのかかわりが非常に大きいだけに、対応を誤るとむしろ悪評につながる。そうなると、謝罪を重ねるしかないが、それで当の相手はなだめられるても、問題に注目を集めてしまう。
インターネットではさらに、無防備なコメントが永遠に消えずに残ってしまうし、いつ何時過去のやりとりが再燃するかも分からない。英国人ジャーナリストのトビー・ヤング氏は先日、これで痛い思いをしている。
ヤング氏は、かつての性的で女性蔑視的なツイートが非難されると、「軽率、もしくはともかく間違っていた」と、「全面的に謝罪」した。
こうした風潮の中、ソーシャルメディア・マネジメントは大きなビジネスに成長した。求職用プラットフォーム「リンクトイン」によると、2010~2013年の間にこの職種の募集が10倍に増えたという。
素早くはっきりと
オンラインでも面と向かってでも、決定的な意味を持つのが、謝罪のタイミングや言葉遣いだ。
「まず、理解して共感していると表現するのが大事だ」とストーン氏は言う。
「テリーザ・メイ首相はNHSについて謝る際に、これが上手だった。『難しいのは私も理解している』や『いらだたしいのは私も理解している』という言葉から始めたからだ。巨大企業だったとしても、自分の感情を軽んじてはならないし、相手の気持ちを無視してはならない」
言語学的にもまた、人間味のない発言や、守れない約束は避けることが重要だ。
「再発させない自信がないなら、絶対に二度と起こらないようにすると言ってはいけない。あとでで痛い目に遭いかねない」とストーン氏は説明する。
同様に、「しかし」と言ってしまうと、謝罪のトーンが大きく変わりかねない。
「申しわけありません。しかし……」と言うと、まるで言い訳をしているように聞こえ、実際は謝罪になっていないとストーン氏は指摘する
「わずか3文字かもしれないが、謝罪があっという間に、空っぽなものになってしまいかねない」
3つの事例 ボディランゲージ専門家ジュディ・ジェームズ氏が解説
1. イラク参戦に関するトニー・ブレア元首相の謝罪
「これは責任のかわし方としては、実に優れている。ブレア元首相はまず、今にも涙を流しそうに、過剰なほどの非言語の謝罪から始める。声が割れ、まばたきをして涙を抑えるような仕草を見せ、泣き崩れそうな様子で、つかえる」
「これはかなり年月がたってからの謝罪で、即座の反応とは程遠い。ブレア元首相の感情はいきなり変化するので、自責の念が本物だとは思えない。先ほどまで感情的だったのに、まるでスイッチのように切り替わり、なんでもかんでも謝罪するわけではないと言い、ボディーランゲージもそれに合わせて変化した。けんか腰の強い態度になり、怒りを表すまばたきの回数が増えた」

公演のキャンセルを謝罪するアデル
「具合が悪いから休みますと職場に連絡する、そのポップスター版だ。体調が悪いと証明するために顔はノーメイクだ。カメラに向かって話しているだけだが、まるで自分に語りかけてくれているかのようだ」
「アデルの『本当に本当に』ごめんなさい、という言い方は、下手をするとうそっぽく聞こえてしまうが、ボディーランゲージを含めるとそうならない。揮者のように手を振って言葉を強調し、その後まるで、ファンの辛い思いを共有するかのように自分の腕をさする。録画ビデオでこれほどの誠心誠意を表現するのは大変なことだが、誠心誠意はアデルらしさとも言える」

メイ首相、総選挙で落選した議員に謝罪
「メイ首相の目線の合わせ方や目の表情は挑戦的に見えるが、口の歪みから、本当に申し訳ないと思っているのがうかがえる。なので、誠実な様子を示してしまったのが、むしろ失敗だったというケースだ」
「というのも首相はむしろ下手に謝ったりしないよう、堂々とした政治指導力を示すよう言われていたはずだが、押さえているはずの本物の自責の思いが、全身からにじみ出てしまっている」












