「9/11」から22年、アメリカ各地で追悼式典

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2001年9月11日に米世界貿易センタービルや国防総省を襲ったハイジャック攻撃から22年目となる11日、アメリカ各地で追悼式典が行われた。各地の式典で遺族らは、3000人近い犠牲者の名前を読み上げた。
アジアでの外交日程を終えて同日正午過ぎ(東部時間午後4時過ぎ)に米アラスカ州に到着したジョー・バイデン米大統領は、同州のエルメンドーフ・リチャードソン統合基地で、追悼式典に参加。「この厳粛な日に、皆さんと共に、私たちの神聖な誓いを新たにします。決して忘れないと」と述べた。
これに先立ち同日午前には、攻撃を受けたニューヨーク世界貿易センタービル跡地と国防総省(ペンタゴン)、そして乗客がハイジャック犯に抵抗し飛行機が墜落したペンシルヴェニア州シャンクスヴィルで、追悼式が執り行われた。
ニューヨークの式典には、カマラ・ハリス副大統領が出席した。
ニューヨークで式典に参加したシビル・ラムサランさんは、娘を失った。「22年がたったが、昨日のことのように感じている」と語った。
救助活動中に45歳で亡くなった消防士アラン・タラシウィツさんの孫は、「あなたを知る機会があったら良かったのに。家族みんなが悲しがっている。絶対に忘れない」と、式典で述べた。

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ニューヨーク市は8日には、新たに1648人目と1649人目の犠牲者を監察医務局が特定したと発表した。犠牲者の名前は、遺族の要請によって伏せられている。同市によると、犠牲者の身元確認は2021年9月以来。死亡した人の約40%にあたる1104人の遺体は、まだ身元が特定できていないという。
ペンタゴンの式典では、軍職員や民間人が集まる中、バグパイプとアメリカ国歌が演奏された。ペンタゴンでは22年前、突入した旅客機の乗客乗員59人(ハイジャック犯を除く)と、国防総省内にいた125人の、計184人が犠牲になった。

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式典でロイド・オースティン国防長官は、「9月11日を機にアメリカは戦争に突入し、何万人もの人が軍服を着て国に仕えるため、立ち上がった」と演説した
「毎年毎年、この節目を思い出すと胸が痛むのは承知している(中略)だが、国防総省の人々は常に忘れないだろう」
ペンシルヴェニア州シャンクスヴィルの野原では22年前、ワシントンへ向かうユナイテッド航空93便が墜落。首都への攻撃を防ぐために乗客が操縦室に突入したことが記録に残っている。地上への複数の通話から、乗客全員が投票して、ハイジャック犯と戦うことを選んだとされている。
この日の式典では、犠牲になった乗客乗員40人(ハイジャック犯を除く)の遺族や友人たちが祈りをささげた。式典にはジョシュ・シャピロ州知事夫妻のほか、ハリス副大統領の夫、ダグラス・エムホフ氏も出席し、追悼の花輪を手向けた。
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この攻撃は2001年9月11日朝、イスラム原理主義の武装勢力アルカイダの実行犯グループがアメリカの旅客機4機をハイジャックし、うち2機がニューヨークの世界貿易センタービルに、1機がワシントン郊外のペンタゴンの西壁に突入した。残りの1機はワシントンの連邦議会議事堂かホワイトハウスに向かっていたとみられるが、乗客がハイジャック犯に抵抗し、シャンクスヴィルで墜落した。
ハイジャック犯19人を除き、この攻撃で3000人近くが亡くなった。アメリカ領土での攻撃としては、1941年の旧日本軍による真珠湾攻撃以来の死者数だった。
国防総省などは現在、9月11日を「愛国者の日」としている。アメリカ各地で、黙祷したり、鐘を鳴らしたり、ろうそくを灯したりといった追悼行事が行われた。
ミズーリ州フェントンの英雄記念碑では、ボーイスカウトとガールスカウトのメンバーが、国旗を掲揚・降納した。この記念碑には、世界貿易センタービルの鉄片と、犠牲者を称えるプレートが付いている。
AFP通信によると、フェントンのジョー・モーラス市長は、「我々は小さなコミュニティーだが、この出来事を忘れないことが大事だ。9/11だけでなく、我々を自由にした全ての出来事を」と語った。
ニュージャージー州モンマス郡は、この日を同郡で働く人々の休日にしている。
ミネソタ州のセント・ジョゼフ消防署では、消防署の塔の階段を上り下りする恒例行事が行われた。
これは事件当日、世界貿易センターの110階を登った消防士たちにちなみ、塔を28往復、計2240段を上り下りするというもので、救助活動に当たって亡くなった消防士ら300人以上を追悼した。










