アメリカのパレスチナ系家族、親子が厳しい「あの話」を ガザでの戦争めぐり
ナディーン・ユーシフ、BBCニュース

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米北東部ニューイングランド地方で大学生3人が銃で撃たれるなど、アメリカでパレスチナ系の人々が被害に遭う不穏な出来事が相次いでいる。パレスチナ系アメリカ人たちは、身の安全に不安を感じている。
サマー・エルバンダクさんは、ヴァーモント州バーリントンで11月下旬の感謝祭の週末、パレスチナ系の若い男性3人が銃撃されたと聞き、すぐに16歳の娘が心配になった。
南部フロリダ州に住む娘は、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区とガザ地区におけるパレスチナ人の苦境を強く訴えている。彼女のインスタグラムのページには、パレスチナ国旗が目立つように表示されている。
エルバンダクさんは、ヨルダン川西岸のベツレヘムで生まれ育ち、30年前に米西海岸サンフランシスコに移住した、パレスチナ系アメリカ人のキリスト教徒だ。娘に対しては常に、自らのアイデンティティーを大事にするよう伝えてきた。
だが、ヒシャム・アワルタニさん、キンナン・アブダルハミドさん、タフシーン・アリ・アフメドさんのパレスチナ系アメリカ人学生3人(いずれも20歳)が銃撃された事件の1週間後、エルバンダクさんは厳しく難しい話を娘とするため、フロリダへ飛ぶことを決めたという。
「私は彼女に、細心の注意が必要だと説明しました」とエルバンダクさんは話した。「世の中には、他人を理解せず、憎しみでいっぱいの人もいると」。
見た目でパレスチナ系とわかる人が襲われる事件が相次いだことを受け、エルバンダクさんのようにアメリカで暮らすパレスチナ系の親たちは、子供と「あの話」をするようになったという。アフリカ系アメリカ人や他の少数派の家庭では長年もたれてきた、人種差別に遭遇することについての会話だ。
バーリントンの警察は、11月24日に起きた男性3人の銃撃事件がヘイトクライム(憎悪犯罪)なのか、なお捜査中だとしている。殺人未遂で訴追されたジェイソン・イートン容疑者は、無罪を主張した。
被害者らは、自分たちの民族性を理由に襲撃されたと主張している。
襲撃時、3人はアラビア語と英語を織り交ぜて話していた。うち2人は、パレスチナの伝統的な黒と白のスカーフ「クーフィーヤ」を身に着けていた。クーフィーヤは、パレスチナ人のアイデンティティーと連帯のシンボルとみられることも多い。
この事件を通じて、ガザのイスラム組織ハマスとイスラエルの戦争が勃発した10月7日以降、アメリカにおいて見るからにパレスチナ系でいることは「リスク」なのだと、恐れるようになった人もいる。

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大学生の年頃となったパレスチナ系の息子2人をバーリントンで生み、育ててきた母親アン・ボルドナロさんもそのひとりだ。
「被害に遭った若者3人の写真を見て、腹にパンチを食らったような痛みを感じました」と彼女は話した。「うちの子だ。思わずそう口にしていました」。
ボルドナロさんは息子たちに電話をかけ、「痛みを伴う対話」をした。公衆の場ではクーフィーヤの着用を避けるよう伝えたという。
「下の息子はよく身に着けています。アイデンティティーの象徴ですし、息子がどういう人間かという、その一部ですから」。とはいえ、そのことで襲撃対象とされることを心配していると、ボルドナロさんは付け加えた。
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バーリントンの銃撃事件が発生した当時、アメリカのパレスチナ系コミュニティー(約22万人)は、中西部イリノイ州で10月14日に起きた6歳の少年ワディア・アル・ファユーミさんの殺害事件の衝撃ですでに揺れていた。
検察はこの事件の被告について、ファユーミさんと母親がパレスチナ人だということを理由に意図的に狙ったとしている。
米イスラム関係評議会(CAIR)は、10月7日以来、反アラブや反イスラムの偏見に関する報告を「前例がない」ほど多く受けているという。支援の要請は今月時点で、全国で計2171件に上っているという。
ハーヴァード大学では、クーフィーヤを着用した学生に向かって教授の妻がそれは「テロリストのスカーフ」だと言い、嫌がらせをする場面が動画で記録された。
ニューヨーク・ブルックリンでは11月7日、クーフィーヤを身に着けた男性が息子と遊び場にいたところ、暴行を受けたという。
その10日後にはニューヨークの地下鉄の車内で、イエメン系アメリカ人のイスラム教徒の女性が、男性から「テロリスト」と呼ばれて殴られたうえ、持っていたパレスチナ国旗を壊されたとされる。
CAIRで公民権保護の活動をしているニュージャージー州の弁護士アヤ・ザキさんは、パレスチナ系の母親たちが最近、こうした問題について子どもとどう話したらいいいのか、助言を求めて来るようになったと言う。
「自分のアイデンティティーについて堂々と話したい子どもたちと、子どもが危険な目に遭うことを心から恐れる母親たちとの間で、恐ろしい思いでいっぱいの会話が、いろいろな家庭で交わされている」とザキさんは話す。

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パレスチナ系の人々がアメリカで直面する人種差別の多くは、2001年9月11日の同時多発攻撃で激化したアラブ人やイスラム教徒に対する偏見に根ざしていると、ザキさんは説明した。また、イスラエルとハマスの戦争をめぐって、分断をあおるような政治的言説が飛び交っていることも問題の一部だと付け加えた。
東部メリーランド州の教育コンサルタントで母親でもあるアベール・ラマダン・シンナウィさんは、アメリカで生まれ育ったパレスチナ人だ。彼女はしばしば、社会で「他者として扱われる」感覚を覚えてきたと話す。そして、それはアメリカの他の少数派の人々も経験していることだと言う。
「受け入れられているという感覚はありません」と彼女は話す。
ただ、恐怖とフラストレーションに交じって、しなやかな強じんさもある。バーリントンの銃撃事件の数日後、銃撃されたパレスチナ系の若者3人に思いを寄せる二つの集会が同市で立て続けに開催された。一つは3人が療養中の病院の向かいで開かれ、クーフィーヤを着用して参加した人も数人いた。
ボルナダロさんのように、子どもたちとした苦悩に満ちた対話について、考えをめぐらせている人もいる。
「クーフィーヤをまた身に着けることにしました」。バーリントンの銃撃事件から数週間たって、ボルナダロさんはBBCに言った。
「何年も前にはよく着けていたんです」と彼女は話し、連帯のために再び着用すべきだと感じていると付け加えた。








