【解説】 ガザから最も大胆な攻撃、イスラエルは意表を突かれた=BBC国際編集長
ジェレミー・ボウエン、BBC国際編集長

画像提供, Reuters
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが、かつてないほど大胆な攻撃をガザから仕掛けた。イスラエルはそれによって、完全に意表を突かれた。
展開した事態は、前例がない規模のものだ。ハマスはガザ地区とイスラエルを隔てるフェンスを複数個所で突破した。イスラエルにとっては数十年来、最も深刻な国境を超える攻撃だ。
第4次中東戦争の発端となった、エジプトとシリアによるイスラエルへの奇襲攻撃は1973年10月6日のことだった。今回の攻撃はその50周年の翌日に始まった。ハマス幹部は、この日付の重要性を認識していただろう。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は「これは戦争だ」と宣言し、敵は重い代償を払うことになると述べた。
死亡したイスラエル兵だけでなく、死亡したイスラエルの民間人の動画や写真が、ソーシャルメディアにあふれている。
武装したハマス戦闘員がイスラエル兵や民間人を拘束し、ガザへ連行する動画は、イスラエル人を激怒させ、警戒させた。
攻撃開始から数時間のうちに、イスラエルはガザ空爆を開始して応戦し、多くのパレスチナ人を殺害した。イスラエル軍の将軍たちは、地上作戦を計画している。
イスラエル人が人質になっているだけに、従来のガザ攻撃に比べてこの地上作戦はいっそう複雑なものになる。
パレスチナ武装勢力とイスラエルの間で武力衝突が起きる危険が深まってえるのは、数カ月前から明らかだった。しかし、実際にその衝突がいつどこで起きるのか、知っていたのはハマスの軍事部門だけだった。それ以外の全員にとって、まったくの予想外だった。
イスラエルとパレスチナの双方は、ヨルダン川西岸地区を注視していた。イスラエルが1967年以来占領支配する、エルサレムとヨルダン国境の間の区画だ。ここでは、対立と暴力ではほぼ常態となっている。
西岸地区のジェニンやナブルスを拠点とするパレスチナ武装勢力が、イスラエル兵やイスラエル人入植者を攻撃する。イスラエル軍は、武装勢力の拠点を次々と強襲する。武装したイスラエル入植者は、自らの手でパレスチナの集落を報復攻撃する――といった具合だ。
イスラエルの右派政権の中には、極端な宗教右派ナショナリストが複数いる。この勢力は、イスラエルが占領し続ける土地のすべてが、ユダヤのものだと主張し続ける。
こうした状況で、まさかハマスがこれほど複雑で緊密に連携の取れた作戦を、ガザから仕掛けるとは、誰も予想していなかった。
イスラエルではすでに、この事態を予測できなかった情報機関を責める声が相次いでいる。自国の情報機関が張り巡らせる情報提供者や工作員、そしてハイテク技術を駆使した監視機能によって、こうした動きは事前に察知できるものと、イスラエルの人たちは思っていたのだ。
ユダヤ教の祭日でイスラエルの人たちがのんびりしたり祈ったりしていた週末に、ハマスは攻撃を開始した。イスラエルの情報機関は、これに意表を突かれた。
ハマスは、エルサレムのモスク(イスラム寺院)がイスラエル人に脅かされているため、今回の行動を起こしたのだと説明している。エルサレムにあるアル・アクサ・モスクのことだ。イスラム教徒にとって、サウジアラビアのメッカとメディナに続いて神聖な場所だが、最近になってそこで複数のイスラエル人が祈りをささげた。それをハマスは問題視している。
アル・アクサ・モスクが建つ場所は、旧約聖書に出てくるユダヤ教の聖地でもある。信心深いユダヤ教徒が「神殿の丘」と呼ぶ場所で祈ったという、話がそれだけならば大したことには思えないかもしれない。しかし、パレスチナ人にとってはきわめて挑発的な行為のため、イスラエル政府はそれを禁止している。
とは言うものの、エルサレムは常に国同士や宗教同士が対立する火薬庫のような場所なので、そのエルサレムの基準からすると、アル・アクサでユダヤ教徒が祈ったことは、それほど緊張感を高める出来事ではなかった。
ハマスの作戦は複雑に練り上げられたものだった。そのことから、数カ月をかけて組み立てた作戦だというのがわかる。エルサレムで1週間余り前に起きたことに、急遽(きゅうきょ)反応して始めた攻撃では決してない。
なぜハマスとイスラエルがまたしても戦っているのか。その理由はさらに奥深い。イスラエルとパレスチナの紛争は、各国の報道機関のトップニュースから遠ざかっている時でも、加熱を続けていたのだ。
それでも、いまだに公には「二国家解決」と呼ばれる和平案の実施を求める国々の間で、最近の緊張悪化はほとんど無視されてきた。「二国家解決」とは、独立パレスチナ国家とイスラエル国家の平和的共存を確立しようとするものだ。1990年代にオスロで和平協議が続いていたころ、パレスチナとイスラエルという二つの国家が共存するという展望は、一時的にでも現実的な希望だった。しかし今では、空疎なスローガンに過ぎない。
アメリカのジョー・バイデン政権にとって、パレスチナとイスラエルの紛争はこれまで、特に重要な優先事項ではなかった。バイデン政権はむしろ、サウジアラビアとイスラエルの和解を引き換えに、サウジアラビアに安全を保証する方法を模索していた。
イスラエルとパレスチナの和平実現へ向けたアメリカの仲介努力は、約10年前を最後に失敗に終わっている。バラク・オバマ政権でのことだ。
問題の核心にあるのは、100年前から続く未解決の難問だ。アラブ人とユダヤ人は、地中海とヨルダン川にはさまれた土地の支配権をめぐり、対立を続けてきた。
この紛争は、ただ管理すればそれで済むというものではない。急速に悪化する目下の情勢が、そのことをあらためて立証した。
対立をそのままにして、ただ水面下で悪化するのを放置したのでは、暴力と流血は避けがたい。












