歌手リナ・サワヤマさん、「セラピーで過去のグルーミング被害に気付いた」 最新アルバムをBBCに語る
メガ・モハン、ユーセフ・エルディン、BBCワールドサービス
「実はこれについては今まで、どんなインタビューでも話していません」と、リナ・サワヤマさんは言った。その声は落ち着いていた。
サワヤマさんは私と目を合わせたままで、2枚目のアルバム「Hold the Girl」に着想を与えた痛みを話そうとした。このアルバムを制作する前、彼女はセックスと恋愛のセラピーを受けたという。
この数時間後には、彼女は米ニューヨークのピア17の屋上ステージで、満員の観客を前にコンサートを行う予定になっていた。
サワヤマさんの観客は、ポップ・スターのファンの大半を占める10代の少女だけではない。そこには同性カップルの姿もあり、自分たちの存在をたたえる曲に合わせて体を揺らしたりキスを交わしたりしている。また、トランスジェンダー女性のグループが、性的少数者(LGBTQ)に向けた曲「This Hell」を一緒に歌っている。
サワヤマさんのスタッフやツアークルーも、まさに多様性のかたまりだ。
「音楽業界のトップはみんな、今でもストレート(異性愛)の白人男性です」とサワヤマさんは言う。「だから私は、この業界にもっとたくさんいてほしいと思う人たちと、一緒に仕事をしています」。
サワヤマさんはここ数カ月、世界中を飛び回っていた。
今年は彼女にとって大きな1年だった。英グラストンベリー音楽祭に出演し、メインステージでサー・エルトン・ジョンと共演した。ファッション誌「ヴォーグ」イギリス版のLGBT先駆者特集で表紙を飾った。カナダ俳優キアヌ・リーヴスさん主演の「ジョン・ウィック4」で、初のハリウッド映画出演を果たした。彼女は着実に名声を高めてきたし、こうしたことがすべてその一環となった。
日本国籍を持ち、人生のほとんどをイギリスで過ごしてきたサワヤマさんは2021年、イギリスの著名な音楽賞「マーキュリー音楽賞」と「ブリット・アワーズ」の受賞資格の変更を求めるキャンペーンの先鋒となり、成功させた。
その結果、イギリス国籍を持たないイギリス在住者が、こうした大きな賞を受けられることになった。
その後、サワヤマさんは2枚のスタジオ・アルバムを発表。新型コロナウイルスのパンデミックによる制限が解除されて以降は、止まることなくコンサートを行っている。
ニューヨークのピア17でのパフォーマンスは、今回のツアーが小休止に入る前の、最後のコンサートだ。

私たちの取材はコンサートの数時間前、ニューヨーク市内のシックなホテルの一室で行われた。外ではイースト・ヴィレッジの騒音が鳴り響いていた。このインタビューでサワヤマさんは、2枚目のアルバム「Hold the Girl」にインスピレーションを与えたある出来事について初めて語った。音楽誌「NME」はこのアルバムを「完全な勝利」と説明している。
それは、年の離れた男性との関係だと、サワヤマさんは話した。
「私はグルーミングされていました。相手は学校の教師でした」
児童養護の慈善団体NSPCCによると、グルーミングとは、大人が搾取・虐待を目的として、若者との間に信頼関係を築こうとする行為を指す。
当時サワヤマさんは17歳だった。この年齢の少女はしばしば、自分に準備ができていない事柄について、決断をする羽目になっているとサワヤマさんは言う。
そして33歳になった今、サワヤマさんは若い頃の自分を擁護するような気持ちでその時期を振り返っているという。
「私にとって17歳は子供です。学校に通っているんです。そして特に、学校という環境で教師が言い寄ってきた時、それは職権乱用です」
「でも相手の年齢になるまで、私はこのことに気が付きませんでした」

この記事の内容に影響を受けた方に、BBCはイギリス内での相談先を紹介しています(英語)。
また、日本の内閣府が、性犯罪・性暴力相談の相談先をこちらで紹介しています。

サワヤマさんは、この関係のせいで仲間から「ふしだらな女」だと見下されたと感じたことを認め、その影響で長い間、自己嫌悪に陥ったと話した。
「自分自身を完全に見失いました。自分の身体と切り離されたようで、ものすごく怖かった」
だが、セックスと恋愛のセラピーを受けたことで、大人の立場からこの出来事を考え直すことができたという。
「セラピーでは17歳の自分を訪ねて、ぎゅっと抱きしめて、あなたのせいじゃないと伝えました」
こうした経験が、アルバムタイトルの「Hold the Girl」(少女を抱きしめる)や、他の収録曲につながった。

アルバムの7曲目に収録されている「Your Age」(あなたの年齢)は、サワヤマさんが当時の教師と同じ年齢に達し、その関係がいかに間違っていたかに気付いたことを歌っている。
2022年11月にこのアルバムが発売された時、批評家らはこのインダストリアルとニューメタルの影響を受けた曲を「怒りに満ちている」と説明した。音楽誌「Paste」は、「長い間眠っていた火山が爆発した」ようだと表現した。「'Why did you do it? What the hell were you thinking?」(なぜそんなことをした? いったい何を考えていた?)といった歌詞は、10年以上たった今日でも彼女の中に存在する直感的な痛みを物語っている。
一方で一部の批評家は、これは移民である家族とのつながりが欠けていたことを歌っていると、間違った推測をしていた。
サワヤマさんは1990年に日本で生まれ、5歳の時に家族と共にロンドンに引っ越した。当初は日本に帰国する予定だったが、家族が永住権を獲得できるようになると、サワヤマさんの母親は、ロンドンのような街の方が創造力と表現力にあふれた娘に合っていると判断した。
サワヤマさんは英ケンブリッジ大学で政治学と心理学の学士を取得しており、音楽業界入りは20代半ばと、比較的遅い。レコード会社と契約したのは27歳の時だったが、それについてプレッシャーを感じていたという。
「私が育った1990年代から2000年代は特に、ミュージシャンは13歳で契約を獲得していました。最年長が17歳でした」と、サワヤマさんは話す。たとえば、彼女が尊敬するブリトニー・スピアーズさんが契約したのはわずか15歳の時だった。
「私が最初のレコード契約を結んだのは29歳の時でした。だから自分は年を取ってるなと感じていました」
だが、サワヤマさんは若く多様性に富んだファンを獲得している。サワヤマさんは2018年、自分はジェンダーを問わずに人に引かれるとして、パンセクシュアル(全性愛者)であることを公表した。彼女のミュージックビデオは何百万回も再生され、社会問題を歌うその姿勢をたたえるコメントにあふれている。
サワヤマさんの1枚目のシングル「STFU!」のミュージックビデオは、西洋で多くの東アジア出身の女性が受けるマイクロアグレッション(無意識の攻撃や差別)への怒りが込められている。その中でサワヤマさんは、白人男性とのデート中、人種にまつわる不適切な言葉を次々と投げかけられる。この男性はまた、箸を使って目を細める仕草を見せる。この曲は、個人的な経験から着想を得たのだと、サワヤマさんは話す。
「みんな私を個人としてではなく、日本地図のように見ているんだと感じました」
「多くの移民やその子供世代に共感してもらえると思います」
「STFU!」は2020年に音楽誌「ローリングストーン」が選ぶベスト曲の一つに選ばれた。サワヤマさんは今でも、メインストリーム・ポップに新たな風を吹き込んでいるが、一方でその欠点を堂々と指摘している。
「音楽業界の外にいる人が知らない、この業界のことはたくさんあると思います」とサワヤマさんは話す。
「たとえば、レコーディング・アーティストにはアルバムとアルバムの間に終了条項がありません」
「全面的な改革が必要だと思うようになりました。現在、利益を得ているのはレーベルやレコード会社で、アーティストではありません」
では、音楽業界の中で今もなお前に進もうとしているのに、その業界について、これほど正直に話すことに、心配はあるのか?
「いつでも、真実と共に前を歩きたいと思っています」と、サワヤマさんは強調する。「私にとっては透明性が一番大事です」。
サワヤマさんは今、そうした精神を持って、自分の物語と、最近の楽曲の多くのヒントとなった自分のトラウマを、ファンと分かち合いたいと言う。

「このアルバムの制作は、一番つらかったことの一つです。でも作り終えた時には最高の経験の一つだと思いました」
なぜ最高かというと、アルバムが聞く人に大きなインパクトを与えているからだ。
ニューヨークでのコンサートでは、特に表題曲「Hold the Girl」で、観客が感動しているのが手に取るようにわかった。最も熱心なファンが集まる最前列では、サワヤマさんのエネルギッシュなパフォーマンスに涙する人もいた。この歌の意味するところを全て分かるわけではないかもしれないが、人々の心を動かしているのは明らかだ。
「観客を見ていて、女性やフェム(女性的なゲイ、トランスジェンダー、ノン・バイナリーの人たち)たちが曲に共感しているのを見ると、分かっているんだなと思います」と、サワヤマさんは話した。
「あなたもこれを経験したのかもしれない、と」
今後の活動についてサワヤマさんは、3枚目のアルバムで何を書くのかは分からないと話した。
「いつも自伝的な曲を書かなくても済むと、いいなと思います」
サワヤマさんは苦笑いしながら、「これ以上トラウマが出てきたら困る」と認めた。
「ただただ、恋愛やセックスについての歌を書ける日が来るといいなと思います」
「もうすぐです。あとちょっとです」







