「英王室は謝罪するべき」、エリザベス女王死去でアフリカに再燃した感情

レボ・ディセコ&キャサリン・バイアルハンガ、BBCニュース(ヨハネスブルク、ナイロビ)

MJ Mojalefa

画像提供, Chris Parkinson/ BBC

画像説明, ラジオDJのMJ・マジャレファさんは、番組内でリスナーのさまざまな意見を紹介した

南アフリカ・ヨハネスブルク中心部にある地域ラジオ局で、MJ・マジャレファさん(22)は英女王エリザベス2世の死去を受けたラジオ番組を放送していた。

リスナー参加型のこのラジオでは、かつて南アフリカもその一部だった大英帝国の遺産について、若者たちが意見をシェアしていた。

番組に電話してきたあるリスナーは、「私たちはイギリス人に植民地化され、(女王は)一度もその関係性を変えようとしなかった」と話した。

別のリスナーは、「みんなもう次へ進んでいる。過去は過去に過ぎない」と語った。

マジャレファさん自身は、新国王チャールズ3世に謝罪してほしいと思っている。

「たくさんの人が、女王は謝罪しなかったと言っているし、謝罪こそ、女王にしてもらいたかったことだ」

南アフリカは現在、英連邦の一部としてイギリスの君主を国家元首としている。1961年に共和国となったが、人種隔離政策(アパルトヘイト)はすでに13年間、法律によって施行されていた。そのうち9年間は、エリザベス女王がこの国の君主だった。

南アフリカの多くの若者がこの歴史をめぐり、つらい過去と現在をどう折り合いをつけていくかという問題に直面している。

こうした感傷は、ムゾクソロ"X"マヨンゴ氏や、アディルソン・デ・オリヴェイラ氏といったアーティストの作品にも表れている.2人は脱植民地化をテーマに活動している。

「南アフリカの歴史を見る時、それだけを取り出してみることはない」、「ひとつのことが別のことに繋がっているのだから」と、デ・オリヴェイラ氏は言う。

マヨンゴ氏は、アパルトヘイト下での暮らしを経験した祖母との会話に大きく影響されていると話した。

「その傷を取りのぞくことはできない。どうやって傷をいやすのか?」

Mzoxolo 'X' Mayongo and Adilson De Oliveira

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画像説明, ムゾクソロ"X"マヨンゴ氏(左)とアディルソン・デ・オリヴェイラ氏

しかし両氏は、今はチャールズ国王がアフリカ大陸と新たな関係を築く機会でもあると述べた。

「何もお先真っ暗というわけではない。将来的には、君主とアフリカの関係性は責任を取る形になるかもしれない。アフリカの国々と協議の場を持ち、こうした会話をするような」

具体的にはどういう関係性かという質問に、2人は賠償協議に加え、工芸品や鉱物資源の返還をあげた。これには、英王室が所有する世界最大のダイヤモンド原石「カリナン」も含まれる。

「歴史的なトラウマ」

植民地支配に対する英国王室からの賠償を求める声は、アフリカ東部ケニアの首都ナイロビでもあがっている。

ケニアは1963年にイギリスから独立した。今月13日には、ウィリアム・ルト氏が独立後5番目の大統領として就任したばかりだ。

自国の政権交代に大きな関心が集まるのは当然のことだが、ケニアの新聞のは9月半ばを過ぎても、エリザベス女王死去の関連記事を一面に載せ続けた。こうしたことから、旧宗主国との関係性についても、あらためて議論が起こっている。

ウィリアム・ルト新大統領が宣誓式を行ったモイ国際スポーツセンターで、ネルソン・ヌジャウさん(30)は「人がひとり死んだのは悲しいことだ」と話す。

「でも、(イギリスが)アフリカの文化や国々、私たちの富や社会の在り方に何をしたかと思えば、あの人たちはここへ来てきちんと謝罪するべきだ」

Nelson Njau and Sammy Musyoka

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画像説明, サミー・ムショカさん(左)とネルソン・ヌジャウさん

サミー・ムショカさん(29)もヌジャウさんの隣でうなずき、「私たちはまだ平等ではなく、支配対象のように扱われていると思う」と話した。

この感覚は、歴史的なトラウマにもとづくものだ。1951年にエリザベス女王が即位した数カ月後、ケニアではイギリスの統治に抵抗する独立運動が起こった。ケニアの人権委員会によると、この独立運動は徹底的に抑圧され、処刑されたり拷問されたり、あるいは重傷を負ったりした人は計9万人に上る。

イギリス政府は2013年に、ケニア国民5000人に対し、植民地時代に受けた暴力への賠償として1990万ポンドを支払うことに合意した。

一方、ルト大統領の宣誓式に訪れた高齢者は、若者たちよりも英王室に好意的だった。

50歳を超えているというキャロライン・ムリゴさんは、女王死去の知らせは悲しいことだと話した。

「自分が子供ころから今まで、女王はずっとそこにいる人だった。悲しいけれど、女王にとってはその時だったのだと思う。チャールズ新国王の健勝を祈っている」

メアリー・ムソーニさん(46)も、英王室はなおケニア人にとって意味がある存在だと話し、「経済やインフラの改善でケニアを助けてくれるだろう」と述べた。

アフリカの国々の指導者や政府が発表した公式の弔意では、ほぼ全てがエリザベス女王の治世を称賛し、大陸への義務や長年の関係性に触れた。女王が最後に訪れたアフリカの国となったウガンダでは、女王を賛美する特別議会が開かれた。

ナイジェリアには、イギリスの植民地支配の遺産として、世界最大規模のイングランド教会教区がある。ナイジェリア教会は首都アブジャでエリザベス女王の追悼礼拝を行った。

アリ・ブバ・ラミド大主教は、女王は国教会の長としても、ナイジェリアの信徒にとって重要な人物だったと語った。

Nigerian church service for the Queen

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画像説明, ナイジェリアで行われたイングランド教会の追悼礼拝には多くの人が参列した

この式典に参加したBBC記者によると、雰囲気は静かだったものの、多くの人が弔意を公式に表明したがらなかった。これはアフリカにおける英王室のこれまでをめぐる、激しい論争を反映しているのかもしれない。

ナイロビのマザレ・スラムでは、ダグラス・ムワンギさん(30)が、エリザベス女王は70年にわたって英連邦を率いたのは称賛に値すると話した。連邦は、旧植民地国をはじめとする56カ国がゆるやかに連帯する集まりになっている。

ムワンギさんは2018年にバッキンガム宮殿を訪れ、社会のリーダーとして将来を嘱望(しょくぼう)される若者に与えられる賞を女王から授与された。また、エムワンギさんが主催する若者のIT技術を支援する組織も、女王の連邦基金から訓練と資金援助を受けた。2014年以来、マザレの1万4000人がトラストの恩恵を受けたという。

「賞が私たちに信用を与えてくれた。英連邦で何が起きているのか、そのベストプラクティス(最善慣行)を学び、自分たちのやり方をどう改善できるかを知った。故女王陛下は若くして女王になったので、若者のリーダーシップを信じていた」

だが、ムワンギさんと同じ考えの人ばかりではない。ビジネスマンのヌジャウさんは、連邦に助けられた覚えはないと話した。

「コモンウェルス(連邦)のウェルス(富)の中にいるというのに、私がケニア人として受ける利益は何だろうと調べても、一部の指導者やごくわずかな人が得をするだけに思えた。おかしいことだ」

女王の死後にアフリカ大陸で起こった議論は、植民地時代から続く傷やトラウマが数多く残っているのだと、明確に示している。イギリスと新国王は、この痛ましい過去を癒(いや)す方法について、今こそアフリカの人々と誠実に対話するべきだと、多くの人が思っている。