アンドリュー英王子の和解、以前の説明と異なるのでは……BBC司会者が振り返る

エミリー・メイトリス、BBC番組「ニューズナイト」司会者

Prince Andrew and Emily Maitlis
画像説明, BBCのエミリー・メイトリス記者のインタビューに応えるアンドリュー王子(2019年11月、バッキンガム宮殿)

その姿は今では、私の脳裏に刻み込まれている。イギリス王室のアンドリュー王子が、バッキンガム宮殿の一室で、私に説明しようとしていた時の様子だ。なぜ私たちの番組「ニューズナイト」のインタビューに応じるのが、良案だと思ったのか。

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王子は、自分が無実だと、分かってもらおうとしていた。性的人身売買の被害に遭ったと自分を非難する女性がいるが、彼女とは会ったこともないのだと、私に言おうとしていた。今や悪名高い1枚の写真について、英社交界の有名人ギレイン・マックスウェル被告(昨年末に人身売買罪で有罪評決)の家でかつて撮られた写真について、王子が若い女性ヴァージニア・ジュフリー氏に腕を回している写真について、写っているのは自分ではないと証明しようとしていた。

王子が自分の弁明を準備している間、私たちのチームははっきりと認識した。このインタビューは、何の法的効力をもつわけではないものの、それでも裁判資料と同じくらい厳密でなくてはならないと。王子に尋ねる質問はどれも、ジャーナリストなら誰でも聞きたがる内容だった。しかし私たちはあえて、まともな公的記録として成り立つ形で、質問をするようにした。

そこで番組「ニューズナイト」は、何週間もかけてこのニュースのあらゆる側面を調査した。チームが一丸となって、インタビューで王子に問いかける内容が、時間がたっても有効なものであるよう、緻密(ちみつ)に準備を重ねた。もしもいずれこの問題が裁判になった時、法廷で持ち上がるだろう多くの質問に、私たちのインタビューから回答が得られるようでなくてはならない。編集長はこの点について、頑として譲らなかった。疑問への答えは、私たちが録画して記録しておくのだと。

そして今となっては……この件は裁判まで行かないことが明らかになった。和解が成立し、原告側と王子側は、お互いが合意できる和解文の表現に到達した。

正直に言おう。記者として私の中には、この話の決着を見届けられないのを、残念に思う部分が少しある。王子が法廷で徹底的に弁明してみせる様子が見られたなら、その内容がどうであれ、それはさぞかし満足のいく結末になっただろう。

しかし今では、2年以上前にあの「ニューズナイト」のインタビューで王子が語った内容が、この件について唯一、本人の口から出た言葉になるのかもしれない。

動画説明, アンドリュー英王子、未成年女性との性行為を否定 BBC取材(2019年11月放送)
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王子とジュフリー氏の和解の核心には、最大の謎がある。王子は2019年、私に「彼女に会った記憶はまったくない」と話した。それなのに今や、1000万ポンド(約15億円)以上の和解金を支払うのだという。いったいなぜ? 私はインタビューでジュフリー氏の主張をはっきり直接、王子に突き付けた。それは、はっきり覚えている。

「彼女は2001年にあなたと会い、一緒に夕食をとり、一緒に踊り、(ロンドンの)トランプ・ナイトクラブであなたに飲み物を買ってもらった、そしてベルグレイヴィア地区の家であなたとセックスをしたのだと、そう言っています」と。

その時の王子の答えが、いま私の目の前にある。たった3つの言葉だ。「It didn't happen(そんなことは起きなかった)」。王子はそう答えた。

だとするならば、今回の和解に至った理由は3つしかあり得ない。

  • 王子はあの時、私にうそをついた。ジュフリー氏のことはよく覚えていた
  • 王子は本当に覚えていなかった。会ったことなどないと力説していた。しかしその後、思い出すに至った
  • 王子は今も自分は無実だと確信しているが、今や世論や法的意見の重みが相当なものになってしまったので、責任をいっさい認めないまま、和解する方が、選択肢としては楽だった

可能性はこの3つだが、どれが真実なのか宣言する立場に私はない。

しかし、和解文の文言は奇妙なものだった。「アンドリュー王子はジュフリー氏の人格を中傷しようとしたことはなく、ジュフリー氏が確かな虐待の被害者として、そして公の場での不当な攻撃によって、被害に苦しんだことを認める」というのだ。

ジュフリー氏の苦しみを認めた上で、それに関して王子に何らかの責任があったのかどうかについては、きわめて慎重に触れないようにしている。王子側がジュフリー氏を「確かな虐待の被害者」と呼んでいるのは、もしかすると彼女が置かれた悲惨な状況は2人が出会うはるか前から定着していたのだと示唆しているのだろうか。公平を期すために言うと、王子は今も、ジュフリー氏に会ったことがあるとは認めていない。

和解文はさらに、虐待被害者支援のためにジュフリー氏が立ち上げた慈善団体に、王子が寄付するのだと述べる。また、王子は「(ジェフリー・)エプスティーンとの交友関係への後悔を示すため、性的人身売買という悪との闘いを支援し、被害者にも支援を行うと約束する」とも、和解文にある。

(編集部注:アンドリュー王子と親交があり、性的人身売買の罪で訴追され、2019年8月に拘置所で死亡した米富豪ジェフリー・エプスティーン元被告の姓「Epstein」について、日本語メディアでは「エプスタイン」と表記されることもありますが、BBCでは当人を知る関係者たちの発音に近い「エプスティーン」と表記しています)

Prince Andrew, Virginia Roberts and Ghislaine Maxwell in 2001

画像提供, Virginia Roberts

画像説明, アンドリュー王子(左)とジュフリー氏(中)が一緒に写った写真(2001年撮影)。右後方にはマックスウェル被告の姿がある

今一度、本人発言の唯一の録音に立ち返ってみよう。エプスティーンとの友情を後悔しているか、私は具体的に尋ねた。そして王子が、「いや、まだ……」と答えた時、自分が内心で息をのんだのを覚えている。王子はあの時、さらに「なぜかと言うと、出会った人たちや得られた学びの機会は(中略)実際、とても役に立ったからだ」と説明した。

つまり、エプスティーン被告との友情を、2年前の王子はまだ大事なものだったと考えていたのだ。ではなぜそれを今は、「残念」に思っているのだろう。 それとも、あの友情からその後あまりにとてつもない損害が発生してしまった、そのことだけを「残念」に思っているのだろうか。

性的加害者として有罪になったと知っている相手のマンハッタンの自宅に、なぜ泊まることにしたのか、私が質問した時のことを、覚えている人もいるかもしれない。王子はあの時、「高潔で正しいこと」だと思ったからだと答えた。そして続けて、「私はしばしば高潔でありすぎるので、自分の判断がおそらく、自分のその傾向に影響を受けていたと認める」と説明した。「高潔でありすぎる云々」という王子のこの言い分は、「自分は汗をかけない」のだという発言や、ジュフリー氏と会っていたとされる日に自分は娘たちをピザのチェーン店「ピザ・エクスプレス」に連れて行き、夜は自宅にいたという発言と同じくらい、王子の発言録として伝説の域に達している。

それでも、王子はそう信じていたのかもしれない。王子にとっての名誉ある行動規範とは知り合いの男性たちに対するものであって、その背景にいる女性たちに対するものではなかった。私たちに真相は分からないままだ。

王子が当時語った言葉と今の言葉。そこに私がこだわるのは、この件が今ではジュフリー氏が勝ったという展開になっているからだ。そして確かに、彼女はとてつもない結果を出してみせた。彼女が闘ったおかげで、この件の根幹にある子供の人身売買やその被害者の問題は、あらゆる新聞の第一面に取り上げられるようになった。この問題に光を当ててみせるという、彼女の見事なまでの決心のおかげというほかはない。

しかし、和解金が支払われるというほかは、王子の有責性をうかかがわせる内容はこの和解文にほとんどない。王子は謝罪もしなければ、何かの責任を認めることも一切していない。王子の弁護団はそこは徹底的に確保した。

ポッドキャストでお世話になっているニューヨークの弁護士、ランディ・ゼリン氏に、この和解によって暗黙に罪を認めたことになるのか尋ねてみた。弁護士からはすかさず、「ノー」という答えが返ってきた。

だからこそ、私はあれこれ考えずにいられないのだ。いずれ一段落したころ、知ることができた一握りの事実が十分に咀嚼(そしゃく)されたころ、世間の受け止め方は変わるのかもしれないと、そう思いながら。あまり語らないまま非公開の額を支払うことになった王子本人は、もっとひどいことにならずに済んでほっとしているのかもしれないし。