英国スパイのフィクションと現実 本物はスパイドラマが大好き?
トム・グリーン、BBCラジオ「5ライブ」

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スパイとして働くというのは、実際にはどういうことなのか。アストンマーティンをさっそうと運転し、世界を飛び回り、変装もする、そんな毎日なのだろうか。
英政府には3つの情報機関がある。国内治安担当のMI5、英政府通信本部GCHQ、対外担当のMI6だ。この3機関に所属するスパイ6人が、英国でスパイとして働くことについて、BBCラジオ番組「5ライブ」に話を聞かせてくれた。6人は全員、偽名だ。
MI6での仕事はまるでボンド映画?
いいえ。似ても似つかない。
「しょっちゅう言われます」と、ケイトさんは言う。SIS(Secret Intelligence Service=秘密情報部)とも呼ばれるMI6で、10年間働いている。
「もちろん、そう言われるのは少し嬉しいです。すごく華やかなので。でも、アストンマーティンとかスピードボートとか、そういうかっこいい移動手段を全員が使えるわけじゃありません。むしろ、バスや地下鉄を使うことの方が多いですよ」
ジョンさんは、海外勤務も含めMI6で過ごして15年になる。
「銃を持っているとかマティーニを飲んでいるといった神話は、まったく当てはまりません」とジョンさんは話す。しかし、映画にも正確な部分が1つある。
「Qは確かにいます。Qは実のところ、実在します」。「Q」とは、ボンド映画に登場する研究開発部門の責任者だ。
「素晴らしく優秀な技術者が何人かいて、色々な道具を用意してくれます。ただし、私たちの道具の方がボンドのより優れています」
スパイの仕事に就くのはとんでもなく難しい?
そうとも言えるし、違うとも言える。
MI5で働き、採用に携わっているジョーさんは、審査過程は通常「6〜9カ月」かかると話す。
「かなり立ち入ったものです」とジョーさん。「でも審査官たちは本当に優秀で、おかげで私たちもやりやすいです」と彼女は付け足した。
アメーシャさんがMI5(正式名称は情報局保安部)に入ったのは2年前だ。
「実は、とてもリラックスできるなと私は思いました」。アメーシャさんは新人全員が直面する、「審査官」との3〜8時間に及ぶ面接についてこう話す。
「向こうは別にこちらにボロを出させようとしているわけではないので」
一度でも麻薬を使ったことがあると入れない?

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絶対にダメというわけではない。
「何もかも、ケース・バイ・ケースです」とジョーさんは話す。
「16歳の時にパーティで麻薬を吸ったからと言って、組織に入れないわけでは必ずしもありません。でも言うまでもなく、応募時に麻薬を使っていたらダメです」
今回話を聞いたスパイは6人全員、審査過程の一環として麻薬検査を受けたと話した。そして検査は、毛髪サンプルが使われることが多いようだ。
GCHQ(通信やサイバーセキュリティを担当する政府機関)で働くリリーさんは、この毛髪検査でいささか決まりの悪い思いをしたと話す。
「(麻薬検査を)受けたのをすっかり忘れて、次の週に美容院に行きました。美容師はとてもおしゃべりなのですが、ペラペラしゃべりながら髪を切っていたら、突然、ショックと恐怖が混ざった声をあげたんです」
「それで私は、『あぁ、大丈夫。短い毛があったんでしょ?』と言いました。その瞬間、美容師は私の後頭部の髪を自分が刈り込んでしまったと思ったんです。だから『大丈夫。そこが短いの、知っていたから。あなたのせいじゃないから』と、なだめました」
誰にも職業を言えない?

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言える。ただし誰に話すかは、慎重にしっかりと考えなければいけない。
ジョーさんによると、「MI5は一般論として、家族の中でも近い人か、親しい友達には話しても良いと助言します」。
ジョンさんはMI6に応募する際、家族の一部にはすぐに話すことにしたと言う。
「両親にはかなり早くに話しました。父親は2階に行って、ジョン・ル・カレの小説を全作持ってきて、『面接の前にこれを読んだ方がいい』と。せいぜいが半分しか役に立ちませんでしたが」
「きょうだいたちにはかなり長いこと、言いませんでした。教えてしまって、負担をかけたくなかったので。私のことを守らなくてはとか、そんなこと思って欲しくなかったんです」
ジョーさんの場合は、「今の夫と付き合い始めて半年で話しました。興味深い会話でした」と言うが、ほとんどの人は、「役所」で働いていると話すか、単に話をそらすという。
ジョーさんによると、MI5に入りたいという候補者の中には、かなり変わった思い込みを抱えてくる人もいる。
「『自前の服で出勤しなくてはいけませんか?』とか、『変装して出勤するのですか?』と聞いてくる人もいました」
「いちばんのお気に入りは、『ここで働くには、彼女をふらないとダメですか? もしそうなら、そうしますから』と言った人ですかね」
スパイはスパイを名乗らない?

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実は、名乗る。
ただし、そう滅多に機会があるわけではない。
「自分の職業や、誰に雇われてるとか、他人に言わないので、そもそも大声で言うような話ではありません。なので、たまに自分はスパイだと声に出して言うのは、すごく変な感じがします」と、ジョーさんは言う。
MI6のジョンさんは、「スパイ」という言葉は気に入っていると話す。「自分のことを、スパイだと思っています。それが私たちの仕事ですから。諜報活動をするためにいるんだし、正しい目的のためにやっているし、国を安全に保ち繁栄させるためにやっています。でも間違いなく、私は自分をスパイだと認識しています」
「これまでの人生で5人くらいに自分がスパイだと話しました。あなたで6人目です」
ジョンさんの同僚のケイトさんも同意する。「そういう自己認識が必要だと思う」。
ケイトさんは続ける。「私たちは秘密を扱います。それが私たちの商売。それが私たちの職業なんです」。
すごく真剣な仕事で、楽しむ余裕などない?

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それはまあ、「楽しい」の定義にもよる。
ジョンさんは、MI6には毎年恒例のお笑い演芸会があると明かしてくれた。ジョンさんに言わせると「めちゃくちゃおもしろい」そうだ。
「私たちが競争心をむき出しにすることはほとんどありません」とジョンさん。いざ競争するとなると、「誰が一番、ケーキづくりが上手か」などをめぐってになるのだそうだ。
GCHQで10年働いてきたディアさんは、「お菓子作りコンテストをやります。盛大に」と話す。
MI5のアメーシャさんも加える。「私たちもやっていますよ」。
オックスブリッジ卒で名前が「ルーパート」でないと入れない?

そんなことはない。
今回話を聞いた6人のスパイのうち少なくとも一部は、オックスフォード大学またはケンブリッジ大学の出身だった。そして、今回は偽名を使ったため、本名は実はルーパートだという人も、もしかしたらいたかもしれない。
しかしながらディアさんによると、いわゆる出身校や生まれ育ちでつながるオールド・ボーイズ・ネットワークだけで動く組織ではないのだそうだ。
「それは代表的な作り話の1つです」とディアさんは話す。
「私はオックスブリッジに行かなかったし、組織の中には実際に公立校へ行った人や大学を出ていない人もいるます。だからと言ってその人たちが何も貢献しないわけじゃない」
3つの情報機関はいずれも、多様な民族的・社会的背景を持つ人たちの採用に前向きだ。今年7月に英国議会に提出された報告書の中で、多様性の欠如が批判されてからはなおさらだ。
ジョーさんによると、「進歩している」が、「やらなければいけないことはまだまだたくさんある」と話す。
「私たちの組織で働ける、『決まったタイプ』などありません」
「なので、『どうせ採用されない』とか『自分はあてはまらない』とか思っているのなら、こう言うしかありません。『応募してみて、それからどうなるか様子をみればいい』」
なかなか連絡がつかない?
そうとも言えるし、そうでないとも言える。
MI5に来た人は確かに、入り口で携帯電話を警備員に預けなくてはならない。しかし、職員はまったく連絡のつかない場所に押し込まれるというわけでもない。子どもがいればなおさらだ。
「学校からの連絡は受けられるよう、よく出来た技術があるんです」と、子どものいるリリーさんは話す。
ジョーさんも同じように母親だ。「子どもの具合が悪いのに、学校が連絡を取れないような状態には、絶対なりません。もし子どもが病気なのに連絡がつかないような職場だったら、私は出勤できないと思います」
では、携帯電話の持ち込み不可という話は?
ジョーさんはこう言う。「実のところ、携帯電話を常に持っていないというのは、とてもいいですよ。慣れますし」。
スパイは「非現実的な」スパイ・ドラマを見るのが嫌い?

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今回話を聞いたスパイたちからすると、そんなことはあり得ない。
最近評判になったジェド・マキューリオ作のBBC1ドラマ「ボディガード」は、全員が見ていた。
「すごく面白かった」とケイトさん。「楽しいし、気晴らしになるし。だからこそ、こんなに人気なんです」。
「もちろん、本当の姿があまり知られていない組織を描いた作品なので、観る人は興味をもつわけです。それが魅力の一部ですが、不正確な部分にこだわりすぎてもダメですから。どこか不正確か、ここで説明するには多すぎますし」
最近放映された別の作品で、MI5とMI6のスパイを描くBBC3シリーズ「Killing Eve」も同じく人気だった。
「本当に面白かった」とアメーシャさんは話す。
「演技が素晴らしかったと思う。でも、ええ、テレビ画面を叩き割って『違う、そうじゃない!』って言いたくなる時もありますよ」








