中国のためのスパイ疑惑めぐり英政界が紛糾、MI5長官は起訴取り下げに苦言

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イギリスで、中国のためにスパイ行為をしたとされる元議会調査員2人に対する起訴が取り下げられたことをめぐり、政府と検察庁の説明責任を問う声が上がっている。16日には、情報局保安部(MI5)のケン・マッカラム長官が、「この起訴が頓挫(とんざ)するのはもどかしい」と語った。
元議会調査員のクリストファー・キャッシュ氏(30)とクリストファー・ベリー氏(33)は2024年4月、「敵の役に立つ」かもしれない情報を提供したとして、公務機密法に基づいて起訴された。しかし検察庁は今年9月、中国が国家安全保障上の脅威であることを示す証拠がないと判断し、この起訴を取り下げた。
キア・スターマー首相の労働党政権は15日、議会での追及を受けて、マシュー・コリンズ国家安全保障副補佐官が検察庁に送付した証言書を公開。証言書の中でコリンズ氏は、中国がイギリスに対して「大規模な諜報活動」を行っており、「国家の経済安全保障に対する最大の国家ベースの脅威」と述べていた。
そのため、なぜ起訴が進められなかったのかと、政府および検察庁の対応を疑問視する声が出ている。
マッカラム長官はこの日の演説で、MI5がキャッシュ氏とベリー氏の疑わしい活動を阻止したと指摘。一方、証言書を提出したコリンズ氏については、「高い誠実さを持ち、優れた専門性を備えた人物」と評した。
また、中国の工作員がイギリスに対し、毎日のように国家安全保障上の脅威をもたらしていると主張。MI5は1週間前にも、国家安全保障上の懸念がある中国の活動を阻止するために作戦介入を行ったとした。
マッカラム氏は、「中国の国家関係者」がイギリスの国家安全保障に脅威をもたらしていると述べた。そのうえで、イギリスと中国との関係の「全体的なバランス」は「政府が判断すべき問題だ」と付け加えた。
「中国に関しては、イギリスは脅威に対して断固として自国を守る必要があり、国家に明確に利益をもたらす機会は積極的に活用すべきだ」
与野党が政府と検察庁を厳しく追及

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最大野党・保守党は、スターマー政権が中国との経済関係を損なうことを避けるために、起訴の取り下げを容認したと非難している。
保守党のケミ・ベイドノック党首は首相宛ての書簡の中で、一連の出来事は「あなたの政権が、中国に迎合する以外に何もできないほど弱腰なせいで、イギリスの国家安全保障を損なったという強い印象を残す」と述べた。
スターマー首相はこれに対し、検察側の主張は、犯罪の疑いがある行為が行われた2021年から2023年にかけての、当時の保守党政権の対中政策に依拠するものだと主張した。
スターマー氏は「言い換えれば、検察側は、当時の保守党政権が、中国をイギリスの敵と見なしていたことを示す必要があった」と述べ、そのような見方が当時存在していたと示唆するのは「明らかに誤りだ」と語った。
首相官邸は、起訴要件が満たされない見通しだと知らされた後に、スターマー首相が介入するのは「ばかげている」と説明。本件は検察当局が独立して扱うべき「刑事事件」だと強調した。

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この件をめぐっては、検察庁のスティーヴン・パーキンソン長官も批判の矢面に立たされている。
パーキンソン長官は、コリンズ氏の証言書が公開されるよりも前、2024年4月の起訴時点では十分な証拠があったが、今年6月に別のスパイ事件の裁判で確立された判例により、公務機密法違反で有罪となる基準が引き上げられたと説明。キャッシュ氏およびベリー氏による犯罪と疑われる行為の時点で、中国が「国家安全保障上の脅威」として位置づけられている必要が生じたとした。
「その証拠を得るための努力は数か月にわたって行われたが、追加の証言書が提出されたにもかかわらず、いずれの証言書にも、犯罪が行われた時点で中国が国家安全保障上の脅威であったとは記されていなかった」と、パーキンソン氏は述べている。
保守党は検察庁に対し、政府にどのような証拠の提供を求めていたのかを尋ねる書簡を送付した。議会の四つの委員会の委員長らも、パーキンソン氏宛てに「起訴取り下げのより詳細な説明」を求める書簡を送っている。
外交委員会の委員長を務めるエミリー・ソーンベリー議員(労働党)は、BBCの番組に出演した際、「中国は脅威だと、陪審は何の問題もなく判断しただろう」、「なぜ彼ら(検察庁)がそこまで臆病だったのか、本当に理解できない」と述べた。
国家安全保障戦略合同委員会を率いているマット・ウェスタン議員(労働党)は、この事件に関する正式な調査を開始すると述べた。
コリンズ氏の証言書
コリンズ氏はこれまでに3通の証言書を提出している。保守党政権時代の2023年12月に送付された最初の証言書でコリンズ氏は、元議会調査員のキャッシュ氏とベリー氏に対する訴追内容を概説している。
キャッシュ氏とベリー氏は、イギリス政府の内部情報を収集し、それを中国の情報工作員に渡していたとして起訴された。この情報は当時、中国の中央国家安全委員会の副主任を務めていた蔡奇氏に渡されていたとされる。蔡氏はしばしば、習近平国家主席の右腕と呼ばれている。
また、あるメッセージの中で、キャッシュ氏がベリー氏に「君は今、スパイ領域に足を踏み入れている」と伝えたとされている。
両氏は疑惑を全面的に否定している。
労働党が政権を掌握した後の2025年2月に作成された2通目の証言書では、コリンズ氏は中国のスパイ活動が「イギリスの経済的繁栄と強靱(きょうじん)性を脅かしている」と述べている。今年8月に公開された3通目では、中国がもたらす脅威に対するイギリスの見解が改めて示された。
しかし、労働党政権下で提出された2通の証言書では、政府が「中国との前向きな経済関係の構築を追求する姿勢を堅持している」ことが明記されていた。また、3通目の証言書にある、「協力できるところでは協力し、必要な場面では競争し、挑戦すべき時には挑戦する」という文言が、労働党のマニフェストの対中政策と一致していることが分かっている。
過去にキャッシュ氏を議会調査員として雇用していた保守党のアリシア・カーンズ議員は、この点について、「政治的介入がなかったとは到底信じがたい」と述べた。
「私の見解では、検察庁はこの起訴を進めるべきだった」
「判例法は、中国が我が国にとって脅威であるか、または脅威となり得るかを判断するのは陪審の役割だと示している」
BBCニュースの取材では、コリンズ氏は今年8月に3通目の証言書を提出した時点で、起訴が維持されるに足る証拠を提供したと認識していたという。
政府関係者の一人は、コリンズ氏が起訴の基準を満たしたと考えた理由として、証言書で、「イギリスにもたらされる中国のスパイの脅威の増大」について述べた部分を挙げている。
また、検察庁はコリンズ氏が最初の証言書を提出した後、中国がもたらす脅威についてさらなる説明を求めて連絡を取ったが、以降の証言書で何を述べれば起訴の基準を満たすかを明確に示していなかったという。
「一体誰の味方なんだ?」
キャッシュ氏が議会調査員として接触していたとされるトム・トゥーゲンハート元安全保障担当相は16日、下院での討論の中で、政府が「起訴を成立させるために」できる限りのことをするのではなく、正しい手続きを守ることに執着していると非難した。
トゥーゲンハート議員は政府に対し、「一体誰の味方なんだ?」と問いかけた。
野党・自由民主党のカラム・ミラー報道官(外交担当)は、コリンズ氏の証言書が「さらに多くの未解決の疑問を浮き彫りにしている」と述べ、「この一連の混乱の真相を明らかにするためには、法定の公開調査が明らかに必要だ」と語った。
15日の夜に発表された声明の中で、キャッシュ氏は「自らの潔白を示す公開裁判の機会」が与えられなかったため、「耐え難い状況」に置かれたと述べた。
また、「公開された証言は、裁判で提示されるはずだった文脈が完全に欠落している」と語った。
ベリー氏も声明を発表し、「私は起訴内容に対して無罪を主張し、無罪とされた」と述べた。
また、「私の報告書は中国企業に提供されたが、私はその企業が、イギリスとの貿易関係を構築したいと考える顧客を抱えていると思っていた」と語った。
「報告書には機密情報は一切含まれておらず、公開されている情報と政治的な推測に基づいていた。後に、その多くが不正確だと判明した」
「私は、こうした行為が中国の情報機関への情報提供にあたるとは認めない」
一方、中国外務省の林剣報道官は、「中国の立場は非常に明確だ。中国のスパイ文脈を広め、中国を中傷することに断固として反対する」と述べた。











