イギリス国王とローマ教皇、並んで祈り歴史を作る

動画説明, チャールズ英国王とローマ教皇が並んで祈る 16世紀からの溝を修復

ショーン・コクランBBC王室担当編集委員

イギリス国王チャールズ3世とキリスト教カトリック教会の教皇レオ14世は23日、ローマ教皇庁(ヴァチカン)のシスティーナ礼拝堂で並んで祈りをささげた。イングランド教会とカトリック教会の指導者が初めて、並んで共に祈るという歴史的な瞬間だった。

ミケランジェロが描いた「最後の審判」の厳しいまなざしの下、教皇は「祈りましょう」と呼びかけた。それは国王を含む全員へ向けた言葉で、そして16世紀の宗教改革以来続いてきた溝を埋めるものだった。

礼拝では、自然についての音楽や祈りが続いた。教義上の隔たりを超える内容のものだ。そして、ヴァチカンを公式訪問したイギリス国王夫妻にとっては、国王の弟のアンドリュー王子に対する世間の厳しいせんさくからしばし離れて、穏やかな時間を過ごす機会でもあった。

国王夫妻が国賓としてヴァチカンを訪れるのは、重要な行事だった。それでもメディアの追及から逃れることはできず、米富豪で性犯罪者だった故ジェフリー・エプスティーン元被告とアンドリュー王子の関係について、疑念は収まる気配を見せていない。

白い大理石の建物の前で、赤い衣に白い帽子をつけた教皇と、黒いドレスに黒いベールのカミラ王妃が笑顔で握手している

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画像説明, 教皇レオ14世とあいさつするカミラ英王妃

ヴァチカン内で教皇と対面した際にも、チャールズ国王はカメラの存在について「いつだって危険だ」と述べた。

これに対し教皇は言葉少なに、「慣れるものですよ」と答えた。教皇自身も就任以来、世界の注目を集める立場には世間の強い関心がつきまとうのだと、急きょ学ぶ羽目になっているが、それでも教皇がアメリカ風のくだけた口調で話す姿はいまだに意外な感じがする。

こうした場面で当事者がメディアにいらいらすることもあるだろう。しかし、そもそも報道陣がいなければ、こうした国賓訪問そのものが成立しない。

一般市民は警備のバリケードを越えて見学することが許されていない。それだけに、いかにメディアが印象的な映像を捉えて伝えるかが、こうした行事では大事なのだ。

カメラのレンズが捉える映像と、ニュースサイトに急いで掲載される言葉こそが、こうした瞬間に形と意味を与えている。そうでなければ、ズームなどのビデオ会議で国賓訪問を済ませることもできるはずだ。

大理石と金で彩られた「城壁外の聖パウロ大聖堂」に、大勢が集まっている。半球形のドーム天井には、金色の背景の前にキリストや使徒が描かれている。

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画像説明, 国王は、ローマ市内の「城壁外の聖パウロ大聖堂」でもミサに参加した

国王夫妻にとってごく短時間のヴァチカン訪問だった。それでも、歴史の重みと壮麗な建築がひしめくヴァチカン市国は、あらゆる光景がそのまま絵はがきになるような美しい場所なだけに、国王滞在中に優雅に演出された場面はたくさんあった。

システィーナ礼拝堂では、カトリック教会とイングランド教会の双方の聖歌隊が文字通り同じ楽譜をもとに歌った。調和と統一の表現は、ふんだんに見て取れた。かつて敵対していた両教会は、今や最も親しい友人なのだ。

ルネサンス美術の傑作に囲まれたこの礼拝堂は、西洋文明の偉大な揺籃(ようらん)のひとつだ。芸術や音楽や宗教を愛するチャールズ国王にとって、ここでの礼拝は重要なイベントだったに違いない。

しかし、実際にはその日の後半に、より意義深い瞬間が訪れた。国王と王妃は、さらにプライベートな形で静かな時間を過ごし、祈り、内省を持つことができたのだ。

夫妻はローマ市内にある「城壁外の聖パウロ教会」で階段を降り、キリストの使徒のひとり、聖パウロの墓へと向かった。それはまるでキリスト教の根源へと歩いて降りていくようなことで、夫妻はそこでしばしとどまった。その場では、いくつかの祈りが唱えられた。

教皇と面会する際には黒い服を着ていた王妃は、この時は白い服に着替えていた。夫妻が聖パウロ教会の本堂へ歩いて戻ると、すでにほかの参列者たちが待っていた。国王夫妻は、きわめて簡素で神聖な墓所で、もう少し時間を過ごしたいと思ったかもしれない。

それでも夫妻は再び、壮麗で巨大な大聖堂へと戻った。

ローマ市内の数ある教会の中でも特に壮大なこの大聖堂は、天井はまるでオペラ用の劇場のように高い。その巨大な空間で、聖歌隊の歌声が響きわたった。

赤と白の法衣の教皇と紺のスーツ姿の国王が並んで歩き、その後ろに黒衣のカミラ英王妃が続く。左右に、オレンジと紺の縦じまの伝統的な服を着たスイス衛兵が並んでいる

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画像説明, スイス衛兵の護衛と共にヴァチカン内を歩く教皇と国王

イギリス国王がこの「城壁外の聖パウロ教会」を訪れることには、象徴的な意味がある。宗教改革の前には、この教会はイギリス王室に縁のある場所だったからだ。つまり、歴史上の点と点をつなぐ訪問だったのだ。

この日が終わるころには、国王夫妻とヴァチカンは、この訪問が歴史的な目的を果たしたと満足しただろう。カトリック教会とイングランド教会はすでに、草の根レベルでは親しい関係にあるが、その友情を今回、リーダー同士が確かなものにしたからだ。

贈り物の交換も行われ、教皇レオにはイコン(聖像画)が贈られた。チャールズ国王が、正教会とその宗教画に強い関心を持っていることのあらわれだった。

また、チャールズ国王と教皇レオはお互いに叙勲を交換したが、こうした叙勲の意味合いについては今となっては疑問符がつくかもしれない。

イギリス王室にとっては、かつて教皇フランシスコの健康悪化のため延期された国賓訪問の実現という意味をもつ訪問だった。そして、アンドリュー王子について王室が説明責任を果たすよう求める圧力が高まる中で、ありがたい小休止となったかもしれない。

もしかするとこの訪問のテーマは、和解だったのかもしれない。たとえ何世紀かかるとしても、和解は可能だと。

システィーナ礼拝堂では、イングランド出身でカトリック教徒の作曲家トマス・タリスによる楽曲が穏やかに演奏された。タリスは16世紀の激しい宗教対立の中、南ロンドンで音楽を作り続けた。

それから5世紀を経てタリスの音楽は、争うことをやめて、同じ側に立つ国王と教皇のために演奏されたのだった。