【解説】 イギリスとEUは貿易戦争に突入するのか 北アイルランドめぐり緊張
ダルシニ・デイヴィッド、BBCニュース国際貿易担当編集委員

画像提供, Getty Images
英・北アイルランドと欧州連合(EU)加盟国アイルランド間の貿易合意をめぐる対立が激化している。これが貿易戦争の引き金となり、家計や企業が好ましくない代償を払う可能性はあるのだろうか。
イギリスは2021年1月にEUを離脱した際、北アイルランドとアイルランド間の貿易に関して「北アイルランド議定書」をEUと交わした。この議定書では、北アイルランドとEU間の通商に支障が出ないよう、税関など国境管理措置を設けないと定められている。
しかしこれにより、北アイルランドと残りのイギリスとの間にEU法にのっとった税関が必要になっていた。イギリス政府はこれを不服として、議定書の改定を模索していた。
イギリスのリズ・トラス外相は17日、議定書の内容に変更を加える法案を発表した。「不要な官僚主義」や規制を排除するとしている。
EUはかねて、離脱協定の内容に変更は加えられないとしている。また、議定書の内容を無効にする国内法を定めるのは国際法違反だという声もある。
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EU側は、イギリスが北アイルランド議定書の一部を覆そうとした場合には「深刻な」結果が待っていると繰り返し警告している。
EU側の交渉官を務める欧州委員会のマロス・セフコビッチ副委員長はトラス氏の発表を受け、欧州委には「議定書の枠組みの中で共同の解決策を見出すためにイギリス政府と協議を続ける用意がある」と強調した。
昨年11月にはアイルランドのサイモン・コヴェニー外相が、イギリスとEUの無税無枠の貿易を保証する貿易協力協定(TCA)は全面的に、議定書に対するイギリスの態度にかかっていると指摘した。
しかし最近では、ウクライナでの戦争によって生活費の上昇が深刻化し、英・EU間の協力も高まっていることから、コヴェニー氏は態度をやわらげ、EUはまず解決策を見出したいと述べている。半面、イギリスが一方的に動いた場合には「今夏の状況は全く変わるだろう」と警告した。
究極的には、すぐにではないにせよ、EUによって一方的にTCAの一部あるいは全部が破棄される可能性もある。その場合、EUはイギリスからの輸入品に関税をかけられるようになる。
多くの場合、こうした動きには最長1年前から通告と、仲裁プロセスが必要となる。
EUはどんな措置を講じるのか
EUには、別の手段を講じる余地もある。たとえばEUの水域で活動するイギリス漁船の規制などだ。
またEUは昨年、イギリス政府が国境管理の正式手続きを遅らせたのは議定書違反だとして、暫定措置の調査を開始した。その後、交渉を経て調査手続きを中断したものの、これを再開する可能性もある。
こうした動きの副産物は、痛みを伴うものになるかもしれない。
エコノミストらは、EUが対策の影響を最大限にするため、スコットランド産サケのような政治的にセンシティブな製品に関税をかける可能性があると警告している。EUは、アメリカとの貿易紛争の際にこうした措置を取っている。
EUは昨年、3億7200ポンド(約600億円)相当のスコットランド産サケを輸入しており、何千もの雇用を支えている。
EUはさらに、イングランド北東部や中部の一部地域で展開する産業に対して行動を取る可能性もある。この一帯の一部地域は、EUからの関税に過度に頼っているためだ。

もしイギリス製品が他のEU非加盟国と同様の扱いとなった場合、農業製品には10%、乳製品には35%の関税がかけられる。
しかし、イギリス製品に関税をかければ、欧州の買い物客の支払い額も高くなるため、EUが感謝されることはないだろう。
このことからエコノミストらは、全ての対応は「適切」であるべきだという要求とあわせて、どんな動きにも慎重になるべきだと考えている。
EUは貿易障壁を高めて、イギリスからEU市場へモノを売ろうとする企業活動を困難にすることもできる。
実際、イギリス商工会議所の調査では、イングランド北東部の貿易業者の4分の3が、ブレグジット(イギリスのEU離脱)による国境管理で、EUへの輸出が難しくなったと回答している。貿易量は、離脱前の2019年と比べて1割以上、減っているという。
互いに致命的な打撃
一方のイギリス側も理論上は、こうした報復措置に対し、自国への輸入品に関税をかけることで対抗する可能性がある。欧州の製造業者にとっては、イギリス市場での競争がますます厳しくなるだろう。彼らもブレグジット以降、売上高を落としており、ドイツなどの対英輸出は、すでに後退が見込まれている。
だがイギリスはすでに、この選択肢を重要視していない。すでに国民が物価の上昇などで苦しんでいる中で、欧州製の車への追加関税や、主食などの値上がりにつながるかもしれないからだ。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のエコノミストによると、ブレグジットの準備段階から離脱完了までの2020~2021年に、EUからの輸入食品の価格は6%上昇した。
EUとイギリスの経済がすでに非常に脆弱(ぜいじゃく)な状態にある中で、全面的な貿易戦争は互いに致命的な打撃を招く可能性がある。ブレグジット機会担当相のジェイコブ・リース=モグ議員(保守党)は、そのような事態を「自滅行為」と表現した。おそらく、EUがこうしたリスクを取らないと賭けたのだろう。
一方でEUが、北アイルランドをめぐる紛争解決に向けイギリスの譲歩を引き出すため、報復プロセスを開始する必要があると判断する可能性もある。
イギリスでEU離脱をめぐる国民投票が行われてから約5年がたったが、ブレグジットをどう運営していくかという葛藤は、まだ終わりそうにない。









