プーチン氏を突き動かすものは? その頭の中を西側情報当局が探る

ゴードン・コレラ、BBC安全保障担当編集委員

Russian President Vladimir Putin in Samolva villiage outside of Pskov, Russia. 11 September 2021,

画像提供, Getty Images

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、自ら作り出した「閉じた世界」にとらわれている――。今や西側各国で多くのスパイがこう考え、そして心配している。

西側の情報機関はもう何年も前から、プーチン氏の頭の中に入り込み、その意図をもっと理解しようとしてきた。

ウクライナでロシア軍の戦果は、はかばかしくない。それだけに今こそ、プーチン氏の頭の中を理解することが、かつてないほど重要だ。重圧にさらされるプーチン氏がどう反応するのか、解明しなくてはならないだけに。

この危機がさらに危険な領域にエスカレートするのを避けるには、プーチン氏の考え方を理解するのが不可欠になる。

彼は病気なのではないかという憶測もあるが、大統領は実際に孤立状態にあり、異論を受け付けない状態なのだろうと、多くのアナリストは考えている。

例えば、フランスのエマニュエル・マクロン大統領との会談では、両首脳は長いテーブルの両端に座っていた。プーチン氏の孤立ぶりは明らかだった。

ウクライナ侵攻の開始前夜に行われた、プーチン氏と国家安全保障チームとの会議でもはっきりと表れていた。

プーチン氏の当初の侵攻計画はまるで、ソ連時代の情報機関、国家保安委員会(KGB)将校が考案したものだった――。西側情報機関の関係者はこう言う。

ロシアのウクライナ侵攻作戦は、秘密主義を重視する、きわめて厳選され排他的な「陰謀団」が策定したと言われている。そして作戦は、大混乱という結果を招いた。ロシア軍の指揮官は準備不足で、一部の兵士は自分が何をしているの知らないかまま国境を越えてしまった。

決めるのは1人だけ

西側のスパイたちは、秘密の情報源を通じて、ロシア首脳部の大半の人間よりも、侵攻作戦について詳しく把握していた。しかし今では、新たな課題が西側情報機関の目の前にある。ロシアの指導者が次は何をどうするか、理解することだ。それは簡単なことではない。

かつて、米中央情報局(CIA)で対ロシア作戦を指揮していたジョン・サイファー氏は、「クレムリン(ロシア政府)の動きを理解するのは難しい。ロシア政府で方針決定をするのは、プーチン氏だけなので」と説明する。プーチン氏の見解はしばしば公式声明を通じて明らかなるが、それに基づいて本人がどう行動するのか把握するのは、諜報活動にとって難題だ。

「ロシアのような厳戒体制では、指導者の頭の中がどうなっているのか知るのは、非常に難しい。特に、指導者のほとんどの部下たちが状況を理解していない時は、なおさらだ」と、イギリス情報機関MI6の元長官サー・ジョン・ソワーズはBBCに話した。

Russian President Vladimir Putin chairs a meeting on economic issues at the Kremlin in Moscow on February 28, 2022

画像提供, SPUTNIK / AFP

画像説明, 経済問題を政府幹部と協議した際のプーチン大統領(2月28日、モスクワ)

プーチン氏は自ら作り出したバブルの中で孤立し、外部からの情報、とりわけ自分の考えと異なる情報はほとんど入ってこない状況だと、複数の情報当局者がみている。

「プーチン氏は一部の特定の人間の意見にだけ耳を傾け、それ以外はすべて遮断する。そういう意味で彼は、自分自身が作り出したプロパガンダの犠牲になっている。このことが、彼の奇妙な世界観につながっている」と、英ユニヴァーシティー・コレッジ・ロンドンのエイドリアン・ファーナム教授(心理学)は言う。

近く共著書「The Psychology of Spies and Spying(スパイとスパイ活動の心理学)」が出版されるファーナム教授によると、いわゆる「グループ・シンク(集団思考、集団浅慮)」がリスク要因だ。プーチン氏の周りには、彼の考えをさらに強固にする人間しかいないのだとしたら、これが「グループ・シンク」だ。「もしプーチン氏が集団思考の犠牲者だというなら、彼を取り囲んでいるグループが何者なのか、知る必要がある」。

<関連記事>

プーチン氏が話をする側近の数は、もともと多くなかったが、ウクライナ侵攻の決定について言えば、話をした相手はほんの一握りだった。その相手とは、プーチン氏の考え方や執着を共有する「真の信者」ばかりだと、西側の情報当局者はみている。

プーチン氏を取り巻く内輪の側近の数がいかに少ないかは、侵攻3日前に開かれたロシアの連邦安全保障会議で、あからさまになった。

動画説明, プーチン氏、ウクライナ東部2地域の「独立」承認 現代の皇帝のように

あの場で大統領は、セルゲイ・ナルイシキン対外情報局(SVR)長官を公然となじり、叱責した。ナルイシキン長官に恥をかかせるものだった。その数時間後に国民に向けて行った演説でも、プーチン氏が見せた姿は、ウクライナと西側に執着し、怒っている人のものだった。

ロシアの大統領は、ソ連崩壊後の1990年代にロシアが西側世界から恥をかかされたと感じており、西側がロシアをひたすらおとしめ、自分を失脚させるつもりだと確信している――。そしてプーチン氏は、雪辱を果たすつもりなのだと、彼をじかに観察したことのある人たちは言う。中には、2011年に失脚したリビアのムアンマル・カダフィ大佐が殺害されるビデオを、プーチン氏が取りつかれたように繰り返し見ていたと話す人もいる。

A man looks at TV sets, broadcasting live the annual press conference of the Russian President Vladimir Putin in an electronics store in Moscow. 31 January 2006.

画像提供, DENIS SINYAKOV

CIAのウィリアム・バーンズ長官は、プーチン氏の精神状態について、「不満と野心という、燃え上がりやすい組み合わせが、彼の中で長年にわたり煮詰まっていた」と見解を述べた。その結果、考え方が「凝り固まり」、以前より異論から「切り離されている」と述べている。

ロシアの大統領は、頭がおかしくなっているのか? 西側では大勢が同じ疑問を抱いている。しかし、それは決して有用な考えではないと、多くの専門家は話す。この分野に詳しい専門家の1人は、ウクライナ侵攻のような決定を自分が理解できないからと言って、その決定をした相手を「狂っている」と思い込むのは間違いだと指摘する。

CIAには、外国の政策決定者について「指導力分析」を行うチームがある。これはかつて、ナチス・ドイツの指導者アドルフ・ヒトラーを理解しようとした伝統に由来するものだ。このチームは、機密情報をもとに、対象者の背景、人間関係、健康状態を調べる。

諜報活動で得た情報のほかに、たとえば首脳会談などで、実際に対象者と接触した人の感想も、情報源となる。2014年には、アンゲラ・メルケル前独首相がプーチン氏は「別世界」に住んでいると語ったとも報じられた。最近になってプーチン氏と対面して会談したマクロン仏大統領は、プーチン氏が「以前よりかたくなになり、孤立している」と感じたと報じられている。

Russian President Vladimir Putin meets French President Emmanuel Macron on 7 February 2022 in Moscow, Russia.

画像提供, Anadolu Agency / Getty Images

画像説明, モスクワで対面したプーチン氏とマクロン氏(2月7日)

何かが変わったのだろうか? あまり根拠のない話だが、体調不良や薬の影響があるのではないかと推測する人たちもいる。ロシアを守り、その偉大さを取り戻すという、自分に与えられた宿命を果たすにはもう時間がないとあせっているなど、何か心理的要因があるのではないかとも言われている。

また、新型コロナウイルスが世界的に拡大する中、プーチン氏は目に見えて他人から距離を置いた。このことも、心理状態に影響を及ぼした可能性はある。

かつて米国務省付きの医務官で、現在はジョージ・H・W・ブッシュ米中関係財団の上級研究者を務めるケン・デクレヴァ氏は、「プーチン氏は精神的な病気にかかっていないようだし、彼自身が変わったわけでもない。ただ、近年はより急いでいる様子で、さらに孤立していると思われる」としている。

しかし、プーチン氏を取り巻く閉ざされた空間に、信頼できる情報が今なお届いていないのではないかと、今では懸念されている。ロシアの情報機関はウクライナ侵攻に先立ち、侵攻作戦がどう速やかに展開し、ロシア軍がウクライナでどう受け入れられるかなど、楽観的な見通しのみを提示し、プーチン氏が望まない情報は伝えようとしなかった可能性がある。

さらに最近では、ロシア軍の苦境について西側の情報機関が得ているような情報を、プーチン氏が今になっても知らない可能性があると、西側の情報当局者が指摘している。そのため、ロシアの立場がさらに悪化した時、実情に直面したプーチン氏がどう反応するのか、懸念されている。

狂人理論

プーチン氏が自ら語っている話だが、子供のころにネズミを追いかけたのだという。部屋の隅に追い詰めると、窮鼠(きゅうそ)は文字通り反撃してきて、今度はウラジーミル少年が逃げだす羽目になったのだと。では、今のプーチン氏がまさに「窮鼠」の気持ちでいるとしたら? 西側諸国の政策担当者たちが気にしているのはそこだ。

「今まで以上に残酷な攻撃を繰り広げて戦い続けるのか、使う武器の種類をエスカレートさせるか。そこが問題」だと、西側の政府関係者は述べた。化学兵器や、場合によっては戦術核兵器を使うのではないかという懸念も出ている。

「ボタンを勢いよく押すみたいにして、信じられないほど無謀な行動に出るのではないかという心配がある」と、前出のファーナム教授は言う。

加えて、プーチン氏自ら、「狂人」理論と呼ばれる、有名な戦術を使うかもしれない。これは、核兵器を保有する者が、自分は核攻撃をするかもしれないくらい狂っているんだぞ、人類を絶滅させても構わないほど狂っているんだぞと、相手に信じ込ませて、敵を後退させるやり方だ。

西側のスパイや政策決定者にとって、プーチン氏の現在の意図や考え方を理解するのは何より重要だ。危険な反応を引き起こすことなく、どこまで彼を追い詰められるのか見極めるには、その反応を予測できなくてはならない。

「失敗や弱さを許さない。それがプーチンの自己認識だ。彼は失敗や弱さを嫌悪しているので」と、前のデクレヴァ氏は言う。「追い詰められて弱ったプーチンは、いつもより危険なプーチンだ。クマを檻(おり)から出して森に返した方がいい場合もある」。

Russian President Vladimir Putin carrying a hunting rifle in the Republic of Tuva, 15 August 2007.

画像提供, AFP