ビートルズ最後のライブの地が記念館に 「ゲット・バック」など屋上で演奏した建物

1964年に飛行機から降りて手を振るビートルズ

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画像説明, 「ビートルズ・ファンのための、ロンドン中心部にできる初の公式目的地」となる記念館では、珍しい関連品が数百点、公開される予定という
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マーク・サヴェッジ 音楽担当編集委員

ビートルズがファンのため、初の公式拠点となる記念館をロンドン中心部に開設することになった。場所は、バンドが最後のライブを行った建物だ。会場では、何百点もの希少なアイテムや未公開資料が7階にわたり展示される予定。

ロンドン中心部にある「サヴィル・ロウ3番地」は、歴史的あるいは建築的な意味を持ち、特別な保護が必要な「第2級」の建物に指定されている。ここは1968年から1972年にかけて、ビートルズの本拠地だった。最後のアルバム「レット・イット・ビー」は、この建物の地下で録音された。

サー・ポール・マッカートニーはBBCに対し、ファンが訪れることのできるビートルズの公式拠点をロンドンに作りたかったのだと話した。

「観光客はイギリスに来て、アビー・ロードには行けるけれども、中には入れない。あのスタジオの前で交通渋滞も起きて、運転手たちは本当にいら立っている」とサー・ポールは言い、「だからこれは、すごくいいアイデアだと思ったんだ」と話した。

ロンドンの空の下、建物の屋上でビートルズが演奏している。黒いスーツ姿のマッカートニー氏のほかの3人はそれぞれコートを着ている。周りでスーツ姿の大勢が見守っている

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画像説明, ビートルズは1969年1月30日の午後0時半ごろから42分間、サヴィル・ロウ3番地の屋上で演奏した

記念館は「The Beatles at 3 Savile Row(サヴィル・ロウ3番地のビートルズ)」という名前の体験型施設となり、2027年の開業を予定している。公式サイトでは11日、メール登録の受付が始まった。

アルバム「レット・イット・ビー」を録音した地下スタジオが再現されるほか、ビートルズの歴史的な「ルーフトップ・コンサート」を、実際の場所で体験できる展示も用意される。

他の詳細は今後発表されるが、どういう施設になるのかサー・ポールは次のように説明した。

「まず1階から入ると、いろいろな展示品が並んでいて、そこから上の階に上っていくと、ここで何があったあそこで何があったっていういろいろな物が見えるようになる。そうやって最上階までたどりつくと、屋上に出られて、ビートルズになったふりができる」

当然ながら建物内には、ビートルズ関連商品の公式ショップも併設される。

「小売りの……でも、みんなそういうのは欲しいはず」とサー・ポールは話した。「ナショナル・トラストでさえそうで、みんなそういうのを欲しがるでしょう。お土産は絶対買わないと」。

緑色のじゅうたんと白い壁の地下室でビートルズの4人と、ピアノ担当のビリー・プレストン氏が演奏している。ヨーコ・オノ氏がジョン・レノン氏の隣の椅子に座っている。床に機材や紙コップなどが置かれ、複数の電源コードが床を走っている

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画像説明, ビートルズは最後のアルバム「レット・イット・ビー」を、「サヴィル・ロウ3番地」の地下スタジオで録音した。記念館では、このスタジオが再現される
屋上ライブの白黒写真。

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画像説明, ロンドンのビジネス街でいきなり始まった無許可の屋上コンサートで、ビートルズは10曲の演奏を敢行したが、結局は警察に中止させられた

1969年1月30日、ロンドンの昼休み時間に行われたビートルズのルーフトップ・コンサートは、4人が公の場で演奏した最後の機会となった。実現しない可能性もあった。

ライブの様子を撮影したマイケル・リンジー=ホッグ監督は、直前になって中止しようと言い出すメンバーもいたのだと話していた。

「ジョージはやりたくないと言い、リンゴも意味が分からないと言い始めた。するとジョンが『ああ、もう(放送禁止用語)、やろう』と言った」のだという。

そこでビートルズは建物の階段を5階分上り、屋上に出ると、ロンドンの中心部で真昼間にいきなり演奏を始めた。何が起きているのか気づく人が次第に増え、ファンが次々と近くの建物の屋上や、少しでもビートルズが見える場所へ急いでよじ登った。周辺は大騒ぎになった。

ビートルズは42分間、演奏した。「ドント・レット・ミー・ダウン」、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」、2バージョンの「ゲット・バック」を含むセットだった。しかし、近隣住民からの苦情を受け、警察が中止させた。

この様子の映像は最近修復され、ピーター・ジャクソン監督のドキュメンタリー「ゲット・バック」に収録された。サヴィル・ロウ3番地には、歴史上の著名人や有名な出来事の場所を表す青い円形の史跡案内板「ブルー・プラーク」が掲げられ、ルーフトップ・コンサートを記念している。

「最高だ」

サヴィル・ロウ3番地は長い歴史を持つ建物で、ビートルズが訪れる前には、かつては1814年にホワイトハウスを焼き討ちにしたロバート・ロス将軍や、1805年のトラファルガー海戦で有名なホレイショ・ネルソン提督の恋人、レディ・ハミルトンが住んでいたこともある。

ビートルズは1970年にバンドを解散した後も、自分たちの会社「アップル・コア」の拠点として、この建物を使い続けた。

ジョージ・ハリスン氏はバンド解散後、ソロアルバム「オール・シングス・マスト・パス」収録の「アップル・スクラフス」で、建物の前に立ち続けたファンを永遠に記録している。「アップル・スクラフス(Apple scruffs)」とは、サヴィル・ロウ3番地やアビー・ロード・スタジオなどビートルズが使う建物の前で、メンバーの出入りを待ち続けた熱狂的なファンの総称。

「もう何年もその辺に立っていたね 僕の笑顔を見て僕の涙に触れたね アップル・スクラフス すごく愛してる」と、ハリソン氏は歌詞にした。

バンドは1976年に建物を売却し、その後はアバクロンビー&フィッチの店舗として使われた。

建物の玄関口でポール・マッカートニーがジャケットのポケットに手を入れながら、笑顔でファンと話をしている。横にカメラを持った男性が立っている

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画像説明, 1969年3月、サヴィル・ロウ3番地の玄関前で待っていたファンと言葉を交わすマッカートニー氏(中)

サー・ポールによると、再びここヘ戻るアイデアは、2025年にアップル・コアの最高経営責任者(CEO)となったトム・グリーン氏が提案したのだという。グリーンCEOはそれ以前には、「ハリー・ポッター」シリーズのさまざまな事業にかかわっていた。

「彼は本当に元気いっぱいで、ビートルズにはどういう意味があるのか、そして最近の人たちが僕たちに何を求めているのか、とても熱心に検討してくれている」のだと、サー・ポールは話した。

記念館についての声明の中でリンゴ・スター氏は、サヴィル・ロウ3番地を再訪するのは「まるで自宅に帰ったみたい」だったと話した。サー・ポールは、「本当に最高」だったと述べた。

「この建物の壁の間には、特別な思い出が本当にたくさんつまっている。屋上は言うまでもない。担当チームはかなり見事な計画を練り上げてくれているので、用意ができたら、大勢に見てもらうのがすごく楽しみだ」とも、サー・ポールは期待を示した。

ファンは今でも、リヴァプールの「ビートルズ・ミュージアム」やその近くの施設「ビートルズ・ストーリー」で、ビートルズに関した展示を見ることができるが、どちらもバンド公認ではない。

リヴァプール市内には、サー・ポールの子供のころの自宅や、名曲の題材になったストロベリー・フィールズ、ハリスン氏の生家などが残り、大勢が訪れる。

どの場所も観光客の人気が極めて高いため、最近では地元住民を守る目的で、ツアーガイドと訪問者向けの行動規範が導入されたほどだ。

他方、サー・ポールとスター氏はそれぞれ、新作の楽曲を発表している。

スター氏の22枚目のアルバム「ロング・ロング・ロード」は先月リリースされ、イギリスのカントリー音楽チャートで2位に入った。

サー・ポールの新作アルバム「ザ・ボーイズ・オブ・ダンジョン・レーン」は、5月末に発表される予定だ。このアルバムでサー・ポールは過去を振り返り、リヴァプールで過ごした子供時代やビートルズ初期の日々を歌っている。