ロンドン同時爆破事件から20年、セント・ポール大聖堂や事件現場で追悼式典

セント・ポール大聖堂の内部を上から撮影した写真。手前には満員の参列者が並び、奥には聖歌隊と祭壇が見える。天井から白い花びらが降っている。

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画像説明, セント・ポール大聖堂での追悼式典では、ドーム天井から5万枚以上の白い花びらが降り、同時多発テロで犠牲になった人々の名前が読み上げられた

マイア・デイヴィース記者、ショーン・コクラン王室担当編集委員

2005年7月7日のロンドン同時爆破事件から20周年を迎えた7日、市内のセント・ポール大聖堂で国家追悼礼拝で行われ、犠牲となった52人の名前が読み上げられた。

式典には、遺族や生存者のほか、王族やキア・スターマー首相も参列し、事件から20年の節目を共にしのんだ。また、ロンドン各地で一連の追悼行事が行われ、イスラム過激派による爆破事件の犠牲者が追悼された。

セント・ポール大聖堂のアンドリュー・トレムレット首席司祭は、「私たちの街に対して加えられたテロ行為を思い出す、厳粛な日だ」と述べた。また、「この街の精神、つまりオープンな姿勢、忍耐力、そして憎しみに屈しない揺るぎない意志に感謝する」と語った。

20年前の自爆事件では、ロンドン中心部を走る地下鉄3本と2階建てバス1台で、短時間のうちに爆弾の爆発が相次ぎ、52人が死亡、700人以上が負傷した。

爆破されたロンドンの赤いダブルデッカーバスが、路上に止まっている。屋根が吹き飛ばされ手前の路上に落下し、車内も破壊されている

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画像説明, 2005年7月7日にロンドン中心部のタヴィストック・スクエアで爆破された市バス

政府主催の追悼式典では、緊急サービスの職員が、事件現場となったラッセル・スクエア、オルドゲート、エッジウェア・ロード、タヴィストック・スクエアの4カ所を象徴する4本のろうそくをセント・ポール大聖堂内に運んだ。

その後、遺族や救急隊員らが各地点に関する朗読を行い、タヴィストック・スクエアで爆破された30番のバスを運転していたジョージ・プサラダキス氏も登壇した。この爆破では13人が死亡した。

また、エッジウェア・ロードの地下鉄で息子デイヴィッド・フォークス氏を亡くしたグレアム・フォークス氏も、参列者に向けて語りかけた。

フォークス氏は「ロンドン市民や、彼らが日々迎え入れている無数の訪問者の中にある善意は、憎しみや脅威によって消されることはない。むしろ、その善意は育まれ、それぞれの世代に希望の実りをもたらす」と述べた。

犠牲者の一人、ベーナズ・モザッカ氏の娘サバ・エドワーズ氏は、式典で犠牲者の名前を読み上げる中で母親の名前に差しかかると、涙を流した。モザッカ氏は、グレート・オーモンド・ストリート小児病院に向かうため、地下鉄ピカデリー線の列車に乗車していたという。

母親の死から5年後に行われた検視審問で、エドワーズ氏は、「母のいない現実に耐えられず」、家族は自宅を売らざるを得なかったと述べた。

事件で負傷したセルマ・ストーバー氏も、エドワーズ氏と共に演壇に立ち、天井から無数の白い花びらが降り注ぐ中で一緒に追悼した。

ストーバー氏は事件当時、オルドゲート駅で地下鉄に乗っていた際に爆弾が爆発し、爆風で線路上に投げ出された。列車の下に半ば挟まれた状態となり、ドアの一部が右太ももに突き刺さり、左足はねじれた状態だった。

黄色やオレンジのジャケットを着た救助隊員が近づいてくるのを見たストーバー氏は、「助けて、助けて、生きてる。死にたくない」と叫んだのだという。

ストーバー氏はBBCの取材に対し、「あの出来事に関するすべてを消し去るために、もし永続的な記憶喪失になれるなら、そうしたい」と語った。

ハイドパークで行われた追悼式で、献花台の前で頭を下げるウィリアム皇太子。皇太子は紺色のスーツを着ている。右隣には、黒いボタンが並ぶオレンジ色のドレスを着た生存者の一人、セルマ・ストーバーさんが立っている。周囲にも参列者が並んでいる。献花台には主にオレンジ色のガーベラがささげられている

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画像説明, ウィリアム皇太子はハイドパークでの追悼式に出席した(7日、ロンドン)

セント・ポール大聖堂での式典には、チャールズ国王の代理としてエディンバラ公エドワード王子と妻のソフィー公爵夫人が参列した。

また、同日午後にハイド・パークで行われた追悼式にはウェールズ公ウィリアム皇太子が出席し、献花を行ったほか、セルマ・ストーバー氏を含む複数の参列者と言葉を交わした。

事件当時、ロイヤル・ロンドン病院で勤務していたケミ・ラシシ=アジャオ氏は、式典でウィリアム王子と会話を交わしたと語った。

ラシシ=アジャオ氏はPA通信の取材に対し、事件後に病院を訪問した故エリザベス女王と面会したことを皇太子に伝えたと述べた。

動画説明, ロンドンは「決してテロに分断されない」、同時爆破事件から20年

国王はこの日発表したメッセージの中で、「あの恐ろしい夏の日に、人生が永遠に変えられてしまったすべての人に、今も特別な祈りをささげ続ける」と述べ、「身体的および心理的な傷」を負った人々にも思いを寄せた。

また、救助活動を手伝った人々の勇気と、「あの日の闇の中から現れた、並外れた勇気と思いやり」をたたえた。

チャールズ国王は長年、異なる宗教間の架け橋を築くことや、寛容と尊重を促進する活動に取り組んできた。

「あの悲惨な事件を決して忘れたりしないが、このような出来事を通じて地域社会が連帯し、慰め合い、そして意を強くして団結する様子を、私たちは慰めとすることができる」と国王は述べた。

「この団結の精神こそ、ロンドンとこの国全体の回復を助けてきた」のだとも、国王は強調した。

紺色のスーツに白いシャツを着たグレーのショートヘアのサディク・カーン・ロンドン市長と、眼鏡をかけ黒いスーツを着たグレーの髪のキア・スターマー首相が、白い花輪を持って灰色の石柱の両側を歩いている

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画像説明, 献花台に花輪をささげるロンドンのサディク・カーン市長(左)と、キア・スターマー英首相

この日は爆破事件の各現場でも追悼行事が行われた。

事件の犠牲者の半数が命を落としたラッセル・スクエアにも花束が手向けられた。また、最初の爆発があったエッジウェア・ロード駅では、事件が発生した午前8時49分に合わせて1分間の黙祷(もくとう)が捧げられた。

スターマー首相とサディク・カーン・ロンドン市長も、ハイド・パークにある追悼碑に献花し、最初の爆弾が爆発した時刻に犠牲者をしのんだ。

その後、犠牲者の遺族や緊急サービス職員らが、最後の爆弾が爆発したタヴィストック・スクエアで、午前9時48分に黙祷を行った。

スターマー首相は今回の記念日について、自爆攻撃で命を失った人々、「そして人生が永遠に変わってしまったすべての人々」を、国民が連帯して追悼する日だと述べた。

また、「私たちを分断しようとした者たちは失敗した。あの時も、そして今も、私たちは憎しみに対抗し、自由、民主主義、法の支配という私たちを形づくる価値のために団結している」と語った。

イヴェット・クーパー内相は、事件から20年がたった今でも「その衝撃は少しも色あせていない」と述べ、当時の緊急対応機関や「普通のロンドン市民」の勇気が「今も私たちに勇気を与え続けている」と語った。

最大野党・保守党のケミ・ベイドノック党首も追悼の意を表し、「あの日の痛みを今も抱える人々、そして帰らぬ人となった方々の家族、友人、同僚と、私たちは共にある」と述べた。