ゴダール監督、自殺幇助で91歳で死去 仏映画ヌーベルバーグの巨匠

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フランス映画界で革新的なヌーベルバーグ(新たな波)を先導した、映画監督のジャン=リュック・ゴダールさんが13日、死去した。91歳だった。
ゴダールさんは1960年の「勝手にしやがれ」で、映画界で注目を集めた。映画のルールを書き替える、高い評価を受けた作品を次々と生み出し、マーティン・スコセッシさんやクエンティン・タランティーノさんら多くの映画監督に影響を与えた。
家族の代理人によると、ゴダールさんはスイスで自殺幇助(ほうじょ)を受けて死去した。スイスでは自殺幇助は、状況によって合法とされている。
ゴダールさんの法律顧問であるパトリック・ジャンヌレさんは、ゴダールさんが「スイスで法的支援を受けて自発的に旅立った。医療報告書によると、『体の機能を失う複数の病気』に侵されていた」とAFP通信に話した。

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家族は声明で、ゴダールさんが「自宅で安らかに」息を引き取ったと説明。「公式な(葬送の)式典は行われない。火葬される」とした。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、「彼はフランス映画界の幻のようだった。そして巨匠となった」、「毅然として現代的で、強烈に自由な芸術を発明した。私たちは国の宝、天才のビジョンを持っていた人を失った」とツイッターで追悼した。

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フランスで生まれスイスで育ったゴダールさんは、映画評論家として出発し、映画「勝手にしやがれ」で監督に移行した。主役2人のカジュアルな姿を魅力的に映し出したこの作品は、当時としては画期的で、カメラは絶えず動き回り、編集は迅速かつ大胆、せりふは半ばアドリブだった。
ゴダールさんはかつて、「この映画は、女の子、ギャング、車など、それまで映画が扱ってきたものをすべて爆発させ、古いスタイルにきっぱりと終止符を打つものだった」と話した。

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その後、「小さな兵隊」、「女は女である」、「気狂いピエロ」など、100作以上の作品を生み出した。
アメリカのマーティン・スコセーシ監督は、ゴダール作品の「軽蔑」(1963年)を自分が最も好きな映画10本のひとつに挙げ、「あの時代で最も感動的な映画のひとつだった」と評した。さらに、ゴダール監督を「現代の映画界で特に偉大な映像作家の1人」と呼んでいた。
アメリカのクエンティン・タランティーノ監督はゴダール作品「はなればなれに」(1964年)の原題「Bande à Part」から、自分の映画会社の名前「A Band Apart」をとっている。そのタランティーノ氏はかつて、「ルール破りの楽しさと自由を喜びを自分に教えてくれたのは、ゴダールだ(中略)映画にとってのゴダールは、音楽にとってのボブ・ディランと同じだと思う」と話していた。
ゴダール監督は2010年には、米アカデミー賞名誉賞を受けた。「情熱、対決姿勢、映画の新たな種類に対して」とされた。
2018年公開の「イメージの本」が最後の作品となった。キャリアを重ねるにつれ、挑発的な映画作りから、わざと分かりにくい作風へと移行したという評も一部で出ていた。










